BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
2
[物は壊れる、人は死ぬ三つ数えて目をつぶれ(ムーン・ライダース)]
『プログラム』
正式名称を戦闘実験第六十八番プログラムと言い、おおよそこの国に住む中学生で、これを知らないものはいない。大東亜共和国の専守防衛陸軍が、防衛上の必要性から行っているシミュレーションで1947年に第一回が行われた。
毎年、全国の中学校から任意に3年生の50クラスを選んで実施される。実験そのものは単純明快、各学級内の生徒を互いに戦わせ、最後の一人になるまでの所要時間等の統計を取るのだ。
だが参加させられる生徒たちにとっては、正に命を賭けた椅子取りゲームなのであった。
3年4組の全員がその場に凍りついたようになった。先ほどの騒ぎがウソのように…。
誰もが同じセリフを思い浮かべたが、誰の口からもその言葉は出なかった。
本当にショックを受けると言葉には出なくなるのだろうか?
『なぜ?』
『ウソだ…』
『どうして私たちが…』
そんな言葉が頭には浮かんでいた。
すると、みんなの思いを代弁するかの様にクラスで主席の広瀬知佳(女子17番)が立ち上がり、
「そんなバカなこと無いわ! 私たちがプログラムに選ばれるなんて!!」と言った。
「そうよ! 大体私のパパがそんなこと許すはずが無いわ! 永井君のお父様だって…。」
と、東田尚子(女子16番)が弾かれたように立ち上がり怒鳴るように言った。
そう、東田尚子の父は専守防衛軍関西方面の本部長であったし、永井達也(男子14番)の父は専守防衛軍の装備に関して輸入、開発、研究を一手に引き受けているヤマテツカンパニーの取締役の一人であった。
永井達也は彼女の言葉にまったく同感といった感じで立ち上がり、うなずいた。
すると朝宮みさきは、先ほどの小野田進の時と同様に書類を見るとゆっくりと顔を上げ
「いいか? プログラムには専守防衛軍幹部のご子息が在籍されていたクラスが選ばれたことがあるし! 専守防衛大学付属の中学が選ばれたこともある! 政府に協力している企業の重役の子供がいてもだ!対象クラスの選抜はすべて公平に行われる。それとも何か? お前ら3人には自分たちは絶対に選ばれないという自信と根拠でもあったのか!!!」と、怒鳴った。
それは先ほどまでの、美しいやり手の秘書さんといった印象とはまったく正反対の、むしろクラスの厄介者の女子、竹内潤子(女子10番)が2年生の時に、それまで誰にも何も言われなかった髪型について注意した新任教師を、授業中にもかかわらず半殺しの目にあわせた時の様なキレかただった。今度は少し落ち着いた感じで
「3人とも座れ。…何か質問か? お前は…御影だな。何だ? 質問なら後にしてくれ」と言った。
が、英明はかまわず「あの…ミタさん…担任の三谷先生はどうしたんですか?」と聞いた。
すると朝宮という女は困ったようにため息をつき、自分の隣に立っている黒スーツの男に向かってあごで合図をした。
すると黒スーツの男は教室のドアを開け、さらに外にいるらしき兵隊に合図をし、教室に黒い色をした寝袋の様なモノをストレッチャーに乗せて運び込んだ。
「これの何がさっきの質問の答えなんですか?」と尚子が先ほどのお礼にと言った感でイヤミったらしく言ったが、黒スーツの男がその寝袋のファスナーを開けるとそれは絶叫に変わった。前方の席の何人かが立ち上がり、順に後ろへと波及した。デキの悪いウェーブの様に…。
寝袋の中からは数分前まで自分たちの担任だった、三谷先生の無残な死体が顔を出した。
右側頭部には彼の拳が入るくらいの大きな穴が開いており、左側頭部には逆に小さな穴が開いていた。
いつも1:9分けにしている寂しいその頭髪も乱れ、テレビで見た落武者のようになっていた。英明は腹部から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
それは胃の内容物なのか、みんなと同じように叫び声かは分からないが…とにかく何故か自分が朝宮に質問したために「ミタさん」が殺されたような気持ちになっていたのだ。
騒然となった教室に静寂をもたらしたのは銃声であった。
軍服の男は腰のホルスターからコルト・ガバメントをすばやく抜くと、撃鉄を親指であげ
「ガン、ガン、ガン!」同じ間隔で3発の銃弾を発射した。
すべて天井に向けて放たれたので蛍光灯を2本割っただけだったが、前から4列目の席に座っていた数人には先ほどの絶叫ウェーブのタイミングと割れた蛍光灯が降ってくるタイミングが重なり、多少切り傷を作っている者もいた。
「全員、席につけ!!!」と、まだ薄く煙を吐き出す銃を持ったまま軍服の男は言った。
「その通りだ。ここにいる三谷教師はお前たちがプログラム対象となることに、実はかなり反対された。最初は冷静に理詰めで反論されていたのだが だんだん感情的になり、かなり反抗されたので、残念だがこういう結果になった」
そう言った朝宮の表情が英明には本当に残念がっているように思えた。
「手前らぁ! まさか…家族にまで!!!」と男子3番の上島裕介が、その平均より小さな体をわなわなと震わせながら、立ち上がって言った。
普段は明るくみんなの笑いを取るのが自分の使命というように思っている裕介は、幼い頃に父親を亡くしていた。自分を懸命に育ててくれている母と、家事をしてくれる姉を特に大事にしている事をクラスのみんなは知っていた。
そしてクラスのみんなを笑わせるのは家族を笑わせる延長だということも…。
そんな裕介を朝宮はまた書類を見ながら
「保護者には伝えている。……上島か、君の所では死者は出ていないな。お姉さんは乱暴されたようだが命に別状は無い。安心しなさい。逆に全員亡くなったのは樋川正義のところだな」と朝宮は言った。
一瞬、裕介は硬直したが弾かれたように朝宮に向かって走った。そして樋川も────
「ぶっ殺してやる!」裕介はそう叫びながらダッシュした。しかし二人とも朝宮の所まで到達することは出来なかった…。
「シャッ」という音と「ガン!」という銃の発砲音がほぼ同時に聞こえた。
伊達俊介(男子13番)は朝宮が突き出した左手から何かが飛んできたのを見た。
銀色のボールか?────俊介は思ったが、その瞬間「ゴズッ」という音が右後方上部で聞こえた。
そして「シャッ」という金属が擦れるような音と「ドサッ」と重いものが落ちる音…。
ゆっくり俊介は後ろを振り向いた。
すると俊介とその後ろの席の堀剛(男子18番)の席の間に裕介は倒れていた。
彼には鼻が無かった。いや、あるのだが眉間の間から始まるはずの鼻の部分から上唇までが逆に頭部にめり込んでいた。朝宮の投げた何かによって…。
裕介は思いっきり目を開いたまま奇妙なダンスを踊っていた。朝宮のいる教卓までダッシュをするという脳からの命令を体中の筋肉が実行しようとしているのだろう。
だがそのダンスもすぐに終った。「ガン!」軍服の男がとどめをさすように裕介の頭を撃ったのだ。
樋川は「ミタさん」と同じ所を軍服の男に撃たれていた。撃たれたショックで、隣の席の笹本香織(女子8番)のか細い肢体に覆い被さるように倒れこんだ。
もちろん即死であった。
「勝手に席を立つんじゃない!! …いいかお前たち、今この瞬間からここにいない家族の事よりも自分の事を心配しろ!! …この2人の様になりたくなかったらな…」
朝宮は冷たくそう言った。
だが普通の中学生が、担任の死体とクラスメイトの死体の出来上がるところを目の前で見て平静でいられる訳が無かった。
特に香織は自分の机の上に、───先ほど覆い被さってきた際、反射的に払いのけた───樋川の頭が乗っかっているのだ。自分のほうを見て…。
香織は樋川の血で頭からぐっしょりと濡れていた。
もともと気の弱い彼女にはもう限界であった。誰かに助けて欲しい…。お父さん、お母さん、そして…
「章ちゃん…。助けて、私、わたしもう……たすけて……。」
そう言って章次の方に歩き始めた。
倒れている裕介の体など目に入っていない様に踏みつけ、自分の愛する者の元に…。
不思議な事に章次の顔を見ると、先ほどからの震えも止まった。
章次が何か怖い顔をして言っている…。
『そんなに怒らないでよ…。すぐそこまで行くから…』
香織の頭にはもう章次の事しかなかった。
「よせ!香織!!! 今は座ってろ!」と章次が叫ぶのとほぼ同時に、今度は黒スーツの男が右手を動かした。
「ザスッ」という音がして香織の首の左側から薄い金属が生えてきた。
いやそれは黒スーツの男が放ったナイフだった。ナイフは首輪の上部に寸分の狂いも無く刺さっていた。
香織はそれでもそのまま2歩、丁度先ほど殺された上島裕介の机のあたりまで歩いた、が
「しょ・う・ちゃ…ん……」と短く言うとその場に倒れた。
「香織!!!」章次は香織の方に向かって歩き、抱き起こした。香織の涙で濡れた目は章次の方を向いたが、そこにはもう章次は映っていなかった。
「てめえぇが─────」裕介や正義と同じように章次は朝宮に襲い掛かろうとした。
朝宮は少し戸惑い、だが先ほどと同じように右手を前に突き出し「何か」を投げた。だが「それ」は裕介の時のように顔面ではなく右腹を襲った。
章次は「ぐあうっ」と、うめくと香織の遺体に覆い被さるようにうずくまった。
「甘いなぁ」と言いながら軍服の男が銃を構えたがそれを制し、朝宮は静かに言った、
「彼女がもう少しだけお前を信じていたら…死ぬことはなかった…」と。
「遠藤、どうする?お前も笹本の後を追って今すぐ楽になるか?」と軍服の男が言った。
それを制するかのように「先生〜」と手を上げた者がいた。
五代冬哉(男子10番)だった。
「何だ、五代?」と朝宮は聞いた。
「遠藤のヤツ、これじゃあ一人で席に着けそうに無いし、オレ手伝ってもいいですかぁ?」
とちょっと気だるそうな声で言った。
『これがダメなら遠藤のヤツ死ぬな…』と冬哉は思ったが意外にも
「よし、許可する!」と朝宮は冬哉の顔を見ながら言った。
冬哉は章次を抱き起こしたが、章次は手を貸してくれる冬哉を振り払うようにして香織の遺体を放そうとしなかった。
冬哉はあまり時間をかけられないと判断し、香織の遺体の目を閉じさせると右手で輪を描くようにして、くるっと動かした。
そこには小さな白い花が咲いていた。
冬哉は得意の手品で小さな花を出したのだ。それを香織の手に握らせると「さあ…」と、章次をうながした。
「余計なことを…」と軍服の男が冬哉に銃を向けようとしたが、それをたしなめるかの様に結城真吾(男子22番)が
「総統閣下も死者には礼を尽くせとおっしゃっている…」
と、静かに言うと軍服の男は忌々しそうに、だが不気味な笑みを浮かべ銃をしまった。
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