BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


[DON'T STOP BELIEVIN'(ローリング・ストーンズ)]

 しばらくの沈黙の後、何事も無かったかの様に朝宮は続けた。
「説明を続ける! プログラム自体の説明は必要無いな? 小学校4年生から習う通りだ。概要については特に大きな変更は無い。
 そして先ほども言った通り、お前たちの保護者には連絡をしてある。次にルールの説明だが・・・簡単だ、互いに殺し合いをして、最後に生き残ったものが優勝だ。反則も無い。優勝者だけが家に帰ることが出来、そして総統閣下の直筆色紙がもらえる。副賞といっては何だが生涯の生活も保障される」と表情を変えずに一気に言った。
 そして手元にあったA4サイズの折りたたまれた紙を広げ、それを黒板にマグネットで留めた。それは升目があり縦軸にA〜J、横軸に1〜10まで番号のある妙な地図だった。
 その間に黒スーツの男が部屋の外から山積みになったバッグをカートごと運び込み「ミタさん」と入れ替えるように教卓の横につけた。
「これからお前たちそれぞれにバッグを渡す。この中には若干の食料、水そして武器が入っている。武器はそれぞれに違うものが入っている。出発する順に上から渡していくので誰に何が当るかは我々も分からん。男女の体力差、個人の能力差があるのだから同じような事だと思えばいい。他には時計、磁石、そして地図が入っている。これの縮小版だ。このプログラムが行われる会場のな・・・。住民はもちろん退去させていて一人もいない。今、お前たちがいるのはここだ。ここを本部として使用している」
 と朝宮はその地図のほぼ真中にある丸い印のところを「コン、コン」とノックをするように叩いた。
「この地図を見て分かるように今回の会場は東と南が海に面しており、西と北は山になっている。その間に市街地があるといった感じだ。上陸作戦、もしくは上陸をされた際の戦闘シミュレーションだろう。この地図のように山の方には、ほぼ直線にフェンスがかけてある。高圧電流を流しているので間違っても触らないようにな。そして海には哨戒艇がおり、逃亡しようとした者は射殺する。いいか、分かったな」
 朝宮はここまでをよどみなく言った。
「次にお前たちのつけている首輪について少し説明しよう。その首輪は共和国の技術を結集して作られ完全防水、耐ショックのモノで絶対に外れない。
 お前たちの心臓の電気パルスをモニターし、本部のコンピューターに送る。もちろんお前たちのいる場所も分かる。お前たちはここから出た後はどこに行こうが勝手だ。だが、午前と午後の0時と6時、一日4回、全エリアにこの地図の禁止エリアと言うものを放送する。何時からどのエリアという事をだ。地図をよく見て磁石と照らし合わせ、速やかにそこから出る様に! この禁止エリアはコンピューターがランダムに選ぶから法則性も何も無い。もしその時間以降になってもそのエリアにいた場合、お前たちのその首輪に信号が送られ・・・首輪は爆発する」と言った。
「なぜそんな事をするかと言うと何人かが集まってそこから動かない場合、プログラムの進行が膠着してしまうからそれを避けるためだ。同時に動けるエリアをどんどん狭めていく。建物に隠れてもいいが、ビルの中であろうと穴を掘って潜ろうと信号は届くからな。もちろん、無理にはずそうとしても爆発するぞ」
 ここでさっきから首輪をいじくりまわしていた西村観月(女子15番)や小野田進(男子5番)がビクッとして首輪から手を離した。
「最初に禁止エリアは無いが、お前らが全員出発した20分後にこの本部があるE―5が禁止エリアになる。少なくとも200mは離れろ。いいな。そして禁止エリアの放送と同時にそれまでの6時間で死亡した者の名前も読み上げる。どちらも聞き逃すなよ。最後の一人になった時はその時点で放送をするからな。
 最後に、もう一つタイムリミットについてだ」
 朝宮がそう言った瞬間、部屋の中に「ザワッ」という気配がした。
「このプログラムに時間制限は無い。24時間以内で終了しようが1週間かかろうがだ。しかし24時間以内に誰も死ななかった場合、生き残っている全員の首輪は爆発する。優勝者は無しだ」
 全員がまだ実感も無いまま呆然として説明を受けたが、さすがにこの時は誰かが、はっきりと「無茶苦茶だ・・・」と言った。
 特にとがめる風でもなく、朝宮は教室を見回し最初からずっと前を見据えている伊達俊介(男子13番)や結城真吾(男子22番)を見ると
「そうか? だが誰かが死ねば少なくとも24時間は寿命が延びるということだぞ」
 と、先ほどのルール説明と同じ口調で言った。
 この言葉にはほぼ全員が反応した。
 俊介は『今の一言で心の弱い奴はやる気になったかも知れない・・・。そうでなくとも恐らく誰も信用しなくなる・・・。やりやがるな、このアマ』と思った。
 確かに今まで机に突っ伏していた者や泣いていた者も一旦顔を上げ、そして自分の周りを見渡した。あるものは目をそらし、またあるものは睨み返した。
 俊介の思った通り、もう十分疑心暗鬼になっている様子であった。
 その心を読み取ったかのように朝宮は薄笑いを浮かべると続けた。
「よし、ルールはこんな所だ。次に全員机の中にある紙と鉛筆を出せ。いいか? 出したな? では(私たちは殺し合いをする。)と3回書け。────書いたか? 次に(やらなければやられる。)これも3回書くんだ」
────クソ! ますます奴らの思うツボだ! さすがに毎年やってるだけの事はあるぞ・・・。
 俊介は妙な関心をしながらそう思った。ほぼ全員が青ざめ、落ち着きを無くしていた。
 憤るにしても絶望感に涙するにしてもそれぞれ普段とは違った表情をしていた。
 全く表情が変わらなかったのは藤田一輝(男子17番)、竹内潤子(女子10番)のわが学年不良生徒の2大巨頭と五代冬哉くらいのものだった。────真吾は? と思い危険を承知でゆっくりと振り向いたが、真吾はいつもと同じ表情でそこに座っていた。
 俊介にしてもさっきの朝宮の言葉で、一瞬誰が信用できるか考えたのだ。
 絶対に間違い無いのは真吾だ。後は・・・冬哉。ヤツも土壇場では絶対に裏切らない。さっきも遠藤の奴を、機転を利かせて助けたくらいだからな。だが英明はどうだろう? まあ自分達とやりあうほど腕前も度胸もあるまい・・・誘えばきっとついてくるだろう。
 女子は皆目見当もつかない。ほとんど女子と話などした事が無いからな。
 だが、何とか仲間を集めてこいつらをやっつけたい!
 何年か前に脱出してのけた人間がいるんだ、自分達にだってやってやれない事はあるまい。だから何とか自分の意思を伝えないと・・・。そう思っていた矢先に朝宮は言った。
「さあ、いよいよ出発だ。バッグを受け取ったらこの部屋を出て右手に進むんだ。突き当たりの右手側に出口があるからな。なお廊下でうろうろしている奴は射殺する。いいな。
 さて、誰から出発するかはクジで決まっている。この封筒の中に入っているが、そいつから出席番号順に男子、女子と言う形で出発だ。最後まで行ったらまた1番に戻ってそこから順次同じ要領でと言う事になる」そう言うと朝宮はポケットから封筒を出しそれにハサミをいれ、中の紙を取り出した。「さて、最初に出発するのは・・・女子22番若松早智子だ」そう言った途端クラス中の視線が若松早智子に集中した。
早智子は「ヒッ」と小さく言うと小刻みに震えはじめた。
「どうした! 若松早智子! さっさとしろ!!!」
 それまで黙っていた軍服の男が怒鳴った。
 早智子は「はぃ」と消え入りそうな声で返事をするとゆっくり立ちあがると目に涙を浮かべ前へと進んだ。
 身長は低いがそれが立派な個性だと言えるくらい明るくて優しい子だ。それが今は見る影も無く下を向いて、ただ歩いているだけだった。
「おい、若松。自分の荷物も持って行って良いんだぞ」と朝宮が言った。
 何故か俊介にはその言葉が優しく聞こえたのだが・・・。
 若松はすぐ席まで戻り自分の荷物を持つと政府支給の装備を受け取るために前に出た。すると朝宮が
「装備を受け取ったら、出発前に全員の方を向いてさっき紙に書いた事をここで宣誓しろ」と冷たく言い放った。
 クソ! 何が優しいんだ。どこまでもムカつかせやがって! こいつら・・・!
 大体、女の子が一番と言う事だけで残酷なのに、よりにもよって宣誓までさせるだと!!!
 何人かは俊介と同じ事を思った様だったが、ごくごく少数の様だった。
 ほとんどのものは自分の身を案じる思考能力さえ無くし、若松早智子の方を見ることしか出来なかったからだ。
 それでも若松は「わたし達は殺し合いをする。やらなければやられる」と言い、部屋を出ていった。
「次は2分後に男子1番の相澤芳夫だ」と朝宮は言った。
 この時、俊介は気づいた。
「真吾の奴、いちばん最後か・・・。何とか合流が出来ないかな? それより冬哉だ。あいつの方が自分より先に出る。何とかしないと・・・」
 俊介は自身の頭脳をフル稼働させたが良い案は思いつかなかった。
 そうこうしている内にどんどん出発して行く。
 その時、俊介は見た。女子5番黒田亜季が何か指を動かしているのを・・・。
 彼女はそう言えば手話を習得しているのだ。
 一番前の席で、しかも黒スーツの男が目の前にいるのに、たいした度胸だぜ。────
 ちょっと見た感じだと指の運動にしか見えないが、恐らくそう言う動きで伝えられる言葉を選んだのだろう。彼女のグループは遠藤絹子(女子2番)、迫水良子(女子7番)、広瀬知佳(女子17番)、横山純子(女子20番)そしてもうこの世にはいない笹本香織だった。
 この4人には先ほどの手話で、彼女の意思は伝わっているのであろう。
『自分達もなにか暗号を決めておけばなぁ』俊介は本当に後悔した。だがその時急に思い出した。冬哉と真吾の3人で学校をさぼっていた時の事を・・・。

 今年の夏休み前だ。3人とも期末試験はそこそこ出来たので将来の事を話し合っていたのだ。メリケンパークで日陰をさがして、そこに寝っ転がった。冬哉は出来ればエンターテナーになりたいと言い、俊介はその運動神経が生かせる仕事か、または好きなコンピューターの仕事につきたいと思っていると言った。真吾は「オレは・・・。何も無い・・・」と言ったきり海を見ていた。
 その夜、俊介の部屋で酒盛りをした。酒盛りは時々していたがこの時は何故かいつもより盛り上がり、酔った勢いで「もしプログラムに選ばれたら」と言う話題になった。
 その時冬哉が「この3人がそろえばどんな所からでも抜け出せる!」と言った。
「でも集まれなきゃ同じ事だろう?」とあきれた様子で真吾は言ったが
「じゃあどんなに離れ離れになっても集合できる様にしとうぜ!」とあれこれ話し合ったのだ。

 あれさえ覚えていれば・・・俊介は少し希望の光が見えてきた様に思えた。
 見ていろよ。朝宮め! そう思った時、当の朝宮と目が合った。
 しかし朝宮は気にも留めず、次に出発する者の名前を呼んだ。
「次、男子4番 遠藤章次」
 もうみんな誰が出て行こうと関係無いと言った感じではあったが、さすがにこの時は遠藤の顔を見た。遠藤は息をするのさえも苦しそうにしていた。朝宮が何を投げたのか、俊介の動体視力をもってしても見えなかったが、軽傷でない事だけは確かだった。
 章次は出口ではない方向に歩き始めた。軍服の男が銃に手をかけたが、朝宮がそれを目で制した。
 章次は香織の遺体に近づくとその首に刺さったナイフを抜いた。ゆっくりとその傷口から血液がこぼれ出た。章次は香織の遺体を抱き起こすとそっと唇を重ねた。
 そして彼女がつけていたピアスを外すと穴の開いていない自分の耳に無理につけた。最後にもう一度彼女を抱きしめるとそこに横たえ、他のみんなと同じように前に出た。
 黒スーツからひったくるように装備を受け取り、まっすぐ正面を見据えると
「オレは殺し合いをする。やらなきゃやられる」
 と、はっきりと言った。
 そして朝宮の顔を見ると「必ず帰ってきてお前を殺してやる!」次に左を向くと黒スーツの男に「お前もな!」と言った。
 部屋を出て行く際冬哉の方をちらりと見て、歩くのさえ辛そうに部屋を出て行った。

【残り 41人】


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