BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


[WHILE YOU SEE A CHANCE(Steve Winwood)]

 いよいよオレ様の番か・・・。と五代冬哉(男子10番)は思った。
 今、沢渡雪菜(女子9番)が出て行くところだった。
 彼女は他の女子と同じ様に目に涙を浮かべながら自分の荷物を持ち、装備を受け取ると
「私達は殺し合いをする。やらなければやられる」と小さな声で言った。
 宣誓をしながら真吾の方を少し見たような気がしたが、その表情からは何も読み取れなかった。
『真吾はどう思っているんだ、沢渡の事? まさか殺る気じゃあないだろうし・・・。せっかくオレ様が次に出発だっていうのに・・・。さて、どうしたものかねぇ』
 と、冬哉は思った。いつも真吾、俊介、英明に軽口と共に鮮やかなマジックとを披露しているが今回ばかりは妙案も浮かばなかった。
 持っているトランプで待ち合わせる場所を知らせようかとも思ったのだがやめておいた。真吾にはともかく俊介に知らせるのは難しいし危険だったからだ。
 出発の順番は俊介の方が自分に近いので、トランプを廊下のどこかに置いておけば俊介の目もとまるかもしれない。だが俊介が気づくと言う事は他の奴の目にもつくと言う事だ。もしやる気になっている奴がいたとしたら・・・。自分はおろか、俊介もそいつの餌食になってしまう。ましてや自分のすぐ後は、あの竹内潤子(女子10番)なのだ。
 潤子も含め、後の全員が気づかず俊介だけが気付くと言った方法は今の冬哉には考え付かなかった。だが真吾や俊介達に何としても合流をしなければならない。
 彼もこのクラスで絶対に信用できるのは少なくとも2人だけだと思っていたから・・・。
 やがて2分が経ったのだろう朝宮に名前を呼ばれた。
「五代冬哉。出発しろ」
 冬哉は自分の荷物を持つ際、そっと真吾の方を見た。その表情を見るために・・・。
 真吾はいつもの表情のまま、あごを軽く引くようにしてうなずいた。
 冬哉にはそれが『達者でナ』と言っているようにも見えたが、それだけで十分だった。そして自分のコンパクトにまとまった荷物を持つと、みんなと同じ様に装備を受け取り宣誓をした。
 その時ごつい顔をした俊介の方を見たのだが、自分と同じ事を考えているのが分かった。
 まずは自分が合流する方法を考えなくては、と部屋を出る時に思った。
 危険を承知で出口付近に隠れているか・・・それなら何とかなる・・・。
 歩きながらも必死に頭を回転させたが何か言い争うような声がそれを止めさせた。
『おかしいな? 兵隊同士が言い争ってんのか?』早足で歩きながらそう考えた冬哉は全く予想もしなかったものを目にした。朝宮に言われた通り通路の突き当たりに出口はあった。
 だがそこには銃を構えた兵士と自分より2分前に出たはずの沢渡雪菜がいたのだ。

 沢渡雪菜(女子9番)は涙がこぼれてくるのを必死でこらえた。
 目の前でクラスメイトが無残に殺され、自分はこんなゲームに参加させられ、いつもの日常を奪われたのだ。夢なら覚めて欲しかった。
 出発前に結城真吾の顔を見たが、彼は以前と同じ様に少し困った様に微笑み、うなずいた。
『どうしてそんな顔をするの? 真吾はどう思っているの? このゲームに乗るの? それよりもあなたは他の誰かに殺される確立が高い。最後に出発するのだから・・・』
 雪菜は思った。部屋を出る時にもう一度真吾の顔を見ようと思ったがそれは出来なかった。部屋の外にいた兵士に促されたからだ。
 廊下の電灯が暗かったのですぐには分からなかったが部屋の外には左右の壁にそれぞれ約10人の兵士が等間隔で立っており、各人がMP−5K・クルツサブマシンガンを持っていた。雪菜はその兵士の立つ廊下をゆっくりと歩き始めた。
 何とも異様な光景であった。
 それほど長い廊下ではなかったが雪菜がゆっくり歩いたためか、突き当たりに着くまでに20秒近くかかった。
 突き当たりで後ろを振り返ったが一番出口近くの自分たちとそれほど年が違わない兵士がこちらを見ていたので雪菜はそのまま出口に向かって歩いた。
 すると出口のすぐ外に何か大きなモノが落ちていた。雪菜は最初、犬かしらと思った。
 軍用の犬がいる事も真吾に聞いて知っていたし、こういう特別な事情であるならつれてきているかも知れないと思ったからだ。
 雪菜は少し犬が苦手だったので、そっとその場を通り過ぎようとした。しかしそれは犬などではなかった。
 見覚えのあるかばん・・・あの剣崎なんとかというアイドルのステッカーが張ってあるあのかばんの持ち主は・・・自分よりも2人先に出発していた迫水良子(女子7番)だった。
 雪菜は荷物を出口に置いたまま良子に駆け寄ると「良子! 大丈夫? しっかりして!!」と抱き起こし言った。
 しかし良子は額から血を流し「うぅう〜」と、うなっているだけだった。
 その時、雪菜の髪をかすめて何かが飛んできた。今、出てきた建物に当たり「ガツンッ」という音を立てた。
 雪菜はとっさに良子の脇を抱え半ば引きずる様にして建物の中に運びこもうとしたが、良子は「お母さん」とあだ名がつくほど発育が良く思うようにはいかなかった。
「クッ・・・」雪菜は自分の荷物を持ったまま、渾身の力を振り絞って良子の体を2mほど引きずったが、まだ建物の影に入るには同じくらいの距離があった。
 そこで初めて自分の後ろに先ほどの若い兵士がいることに気づいた。
「お願い! 手を貸して!」
 雪菜はそう言って荷物を下ろし建物に入りかけたが兵士は少し顔をひきつらせ
「そ、それは出来ない。それよりもこの建物に戻れば、う、撃つぞ。」
 と、言った。
 雪菜はこの兵士が何を言っているのか分からなかった。
「あんたこの状況で手を貸さないなんてどういうつもり!? それでも専守防衛軍兵士なの!?」と怒鳴ったが、この状況で兵士に怒鳴るなんて自殺行為でしかない。
 それにプログラムはもう始まっているのだ。
「う、うるさい! さ、さ、さっさとここから離れないと、う、う、撃つぞ!」
 兵士はクルツを雪菜に向け脅すように一歩前に出た。
 丁度その時、廊下の角から冬哉が顔を出したのだ。
「冬哉君!」と、雪菜は救いを求めるように言った。
 冬哉自身、状況は把握できていないものの、この場の雰囲気は読み取ったようで
「なにやってんねん、お前。さあさあ、さっさと行くぞ。ほら、兵隊さんもそんなに怖い顔をしないで明るく行きましょうや、ネッ」
 と馴れ馴れしく兵士に近づき先ほどと同じようにくるっと右手を回すと、またもや小さな花を出した。
「これは仕事熱心な兵隊さんへのプレゼント」と、言うとその花をすっと差し出した。
 その兵士も面食らってはいたが少し落ち着いた様子で
「さ、さっさと行け!」と言った。
 冬哉はとりあえず雪菜を連れ出そうと、入り口の外に落ちている彼女の荷物を拾い上げて腕を引いたが、その時外で倒れている女生徒がゆっくりと起き上がろうとしているのに気づいた。
 むこうを向いていたので冬哉からは顔が見えず、誰なのかは分からなかった。どうしようか迷ったのだがとりあえず助け起こしてもバチは当るまいと思い、建物を出ようとした。だがその時、雪菜を襲ったようにまたもや何かが飛んできたのだ。
 雪菜のときと同様にそれは入り口近くの壁に当り「ガツンッ」という派手な音を立てた。冬哉はとっさに雪菜の腕をつかんだままその場に伏せた。
『銃にしては間隔が開きすぎやな』と冬哉は思ったがその瞬間、次の攻撃はきた。
 冬哉達にではなく、良子の方に・・・。
 良子は「ぐふゅ!」という声を出してゆっくりと前のめりに倒れた。
 襲撃者はおそらく冬哉達を狙ったのだろうが、冬哉達が伏せたのと良子が立つタイミングが偶然重なったのだろう。結果的に良子が冬哉達の盾になったのである。
 その良子の頭部を中心に真っ赤な血が円を描く様にじわじわと広がり始めた。いつもの冬哉なら自分たちの後ろで完全にビビッている兵士に
「ちょっと援護射撃してもらえませんかね? おたくプロだし・・・」
などと言った軽口を聞きそうなものだが、そうはいかなかった。
 とにかくこの状況はまずかった。
「行くぜ!」と短く言うと雪菜の手を引っ張り、右手の植え込みに向かって走った。
 襲撃者はまるで予想していたかの様にそちらを攻撃してきた。その時だった。
「反対側に行け!」という怒鳴り声がし、その声をかき消すように
「ダラララララッ────ダラララララッ────」
 という銃声がした。
 冬哉はその声に反応し急ブレーキをかけたように止まると、今来た道を全速力で戻った。銃声がしたにもかかわらず襲撃者は冬哉達を攻撃した。
 だが先ほどよりも正確さに欠けるようで冬哉達のいる所とは全く違う場所で「ビシッ」「ガンッ」という音がしていた。
 これじゃあ出口付近で隠れて仲間と待ち合わせる計画もおじゃんだな・・・。待ち合わせじゃなく待ち伏せもアリっていうのを計算に入れてなかった・・・。縁があればまた会おうぜ!俊介、真吾。おまけに英明・・・。冬哉はいつもの調子で思った。
 雪菜も冬哉に腕を引っ張られ、同じように先ほどと反対側に駆け出したが建物の出口付近で
「良子も一緒に・・・」と言って立ち止まろうとした。冬哉は握っている腕に、より力をこめると良子の方を見ようともせず走った。
 雪菜からは見えなかったのだろうが、良子は少なくとも一緒に走れる様な状態では無さそうだった。
 倒れている彼女の安否を確認する事も出来たのだが実行は出来ない。それは自分の命と引き換えになる行為だったから・・・。
 あの時声をかけ、援護をしてくれたあいつの好意を無にするわけにはいかなかった。
「サンキュー、遠藤」
 冬哉は義理堅いクラスメイトに心から感謝した。

【残り 40人】


   次のページ   前のページ   名簿一覧   表紙