BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


10

[STAY WITH ME(エイス・ワンダー)]

 薄気味悪い三日月が、空に浮いていた。
 さっきから銃声に加えて爆発音も聞こえる。誰かがやる気になっているのだ。そして、恐らく何人かの命はそのクラスメイトによって奪われているのだろう。だが、玉置郁世(女子12番)にはそれが我慢出来なった。────クラスメイト同士で殺しあうなんて・・・。そう考えるだけで涙が出てきた。
 誰か助けに来てくれないかしら。テレビのドラマとかなら、ここで主人公があっと言わせるような逆転の一手で、私みたいな一般市民を鮮やかに救ってくれるのに・・・。
 現実はそれほど甘くはなかった。
 郁世は背が低く、顔もそれほどでもない。学校の成績も平均でスポーツをしても普通という、はっきり言って面白くもなんともないごく普通の女の子だった。
 だが、彼女の友達は誇れるものだった。彼女のグループは、背格好はほぼ同じであったし、それぞれが個性的な事もあった為か仲がよかったのだ。
 新井真里(女子1番)は女子にしては珍しく化学や物理に強く、コンピューターも自在に使いこなせた。くりっとした目は、少し潤んでいて、まるで少女漫画の主人公の様だった。
 北川美恵(女子4番)は女子柔道の軽量級で、全国大会でも上位にランクされるような猛者であった。顔は少しごつい感じだったので好みは分かれるであろうが十分魅力的であると思えた。また小さな事を気にしない豪快な性格であったので、郁世にはそれがうらやましかった。
 最後に東田尚子(女子16番)だが彼女はお姫様の様にかわいらしかった。背は郁世達と同じように157cmと低いものの、足は長くスタイルはすばらしくよかった。父親の影響もあってか、普段は上品で理知的だった。だが言うべき時には先ほどの様にプログラム担当官にさえ、はっきりとものが言える性格であった。
 なぜ自分の様な普通の女の子に、こんなに良い友達がいるのか不思議だった。この3人のうちで誰かと一緒にいられれば・・・郁世は思ったが、それは叶わなかった。
 そして悩んだ末に郁世の心は決まった。この場で命を絶つ、と・・・。おあつらえ向きに、というか郁世の支給された武器と言うのは登山家が使うザイルであった。
 時計を見ると午前3時30分を少し回ったところだった。出発前に支給された(私たちは殺し合いをする。やらなければやられる。)と書いた紙の裏に、家族に向けて遺書を書いた。それが届くかどうかは分からなかったが・・・。あとは枝振りのよい木を探すだけだ。
 郁世はまさか自分の人生がこんな風に終わるなんて思ってもみなかった。普通の女の子の様に進学、就職して普通のサラリーマンと結婚し、そして子供を産んで育て、ごくごく普通に死んで行くと思っていたのだから・・・。だが実際にはこんな山の中でろくでもないプログラムに参加させられ、その途中で首を吊って自らの命を絶つのだ。
 郁世にはこの怒りをどこにぶつければよいのか、それさえも浮かばなかった。涙だけがとめどなく出て頬を濡らした。
 そんな郁世の右手の茂みで何かの気配がした。
─────誰かいる。
 郁世は、恐怖のあまりそこから目をそむける事が出来なかったが、体は反対方向に駆け出していた。今までずっと我慢していた叫び声をあげながら・・・。
「ぎぃやぁああああああああああーーーーーーーーーー」
 郁世は後ろを向いたままの状態で走りつづけた。正にパニック状態になっていた。
 突然その胸にドンッという音と衝撃を感じた。正面を向くと、そこには郁世がずっと会いたかった3人の友人の1人、北川美恵がいた。
「美恵ちゃん。会いたかった・・・」そう言った郁世の口から言葉と一緒に血が滴り落ちた。美恵は青ざめた顔で郁世を見ていた。
「そ、そんな・・・い、郁ちゃん・・・郁ちゃんだったなんて・・・」
 美恵は自分の手に握ったワルサーPPKをその場に取り落とし、崩れ落ちようとする郁世の体を支えた。
「郁ちゃん、ごめんね・・・。私、怖くて隠れていたの。そしたら急に・・・叫び声がして・・・私、怖くなって撃ったの・・・。だって、殺らなければ殺られるって。でも、まさか・・・郁ちゃんだったなんて・・・」
 美恵はそう言って泣き崩れた。自分が撃った郁世の胸は真っ赤なバラが咲いたように紅く染まっていた。だが郁世はそんな事はどうでもよかった。
「そうか・・・美恵ちゃんも怖かったんだ・・・」そう言ったつもりだったが、ほとんど言葉になっていなかった。
 泣いている美恵の頭を、赤ちゃんをあやすようになでると
「美恵・・・ちゃんに・・・会えて・・・よ・・かっ・・・た」 最後にそう言って、郁世は眠るように目を閉じた。
「イヤァッ。郁ちゃん、しっかりして!!! 私を一人にしないで!!!」
 美恵は郁世の体から抜けていく力を逃すまいとするように、抱きしめた。だが郁世は二度と目を開く事はなかった。
「私・・・なんて事を・・・こんな・・・どうすればいいのよ!!!」美恵は郁世の体を抱きしめたまま言った。
「じゃあ、死ねば!?」その声と同時にザズッという音が聞こえた。
 美恵はゆっくりと後ろを振り向いた。
 その頭だけが・・・。
 美恵の首についている首輪のちょうど下にその刃は入っていた。郁世の体を抱いたまま、美恵の体もその場に倒れた。彼女の頭だけが自分を殺した人間が誰なのかを確認しようとするかのように、背中の方を向いていた。
 美恵を殺した人物は彼女と郁世の荷物を探ろうと、重なった二つの遺体をどけようとした。
 ちょうどその時複数の誰かがその場にやって来る様な音がしたので荷物はあきらめた様だった。
 だが立ち去る際、美恵を殺した凶器を一振りしてこびりついた血と脂を落とすと、その人物 中尾美鶴(女子14番)はもう一度遺体の方を見てにいっと笑った。
 まるで空に浮かぶ三日月を、そのままその顔に貼り付けたようだった。

【残り 34人】


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