BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
11
[LET’S SPEND THE NIGHT TOGETHER(ローリング・ストーンズ)]
空が白みはじめた。時計を見ると時間はもう5:00をまわっている。あの「本部」を出発してから4時間は経過した事になる。
斉藤清実(女子6番)は横で眠っている小田雅代(女子3番)の顔をチラッと見た。雅代はついさっきまで震えていたが少し緊張から開放されたのだろうか、今は寝息を立てていた。
二人は野球部のマネージャーでとても仲がよかった。沢渡雪菜(女子9番)や中尾美鶴(女子14番)も彼女たちのグループではあったのだが雪菜は新体操部に所属していたので休みの日があわず、一緒に遊びに行くほどの付き合いではなかった。何より雪菜は結城真吾(男子22番)と付き合っていたので休みの日は彼と一緒だったのだろう。
雪菜は何か人をひきつける魅力のようなものがあり、また真吾と同じように誰とも分け隔てなく接していたので、清実は彼女と一緒にいて不愉快な思いをした事は一度もなかった。
逆に美鶴は1年生の終わりまで一緒にマネージャーをやっていたのだが、急に武道を始めたとかでさっさと辞めてしまった。それまではまったく気にならなかったのだが、彼女はマネージャーを辞めてから特に人を見下すような態度を取りはじめたのだ。
「木下君って気持ち悪い・・・。ゲームばっかりして将来何の役に立つって言うの?」
「純子と千佳子も恥ずかしいわね。双子でもないのに姉妹で同じ学年なんて・・・。親が無能だと子供も苦労するわ〜」
清実にはその言動がたまらなく嫌だった。雪菜は美鶴を「そんな事言っちゃダメ!」と、たしなめていたが美鶴にはまったく応えていない様子だった。
それまでの美鶴の言動の理由は先日はっきりと分かった。美鶴は専守防衛軍の士官候補生を養成する大学の付属高校に推薦入学が決まったのだ。無邪気に喜ぶ美鶴に対して、清実は吐き気をもよおすような嫌悪感を覚えた。
清実には8歳年上のいとこがいた。家も近かったので子供の頃はよく遊んでもらったし、姉しかいない清実には本当の兄のように大好きなお兄ちゃんだった。今付き合っている3組の本村秀樹も、ちょっとそのお兄ちゃんに似ていた。
だがそのお兄ちゃんも死んだ。プログラムによって・・・。
今でも清実は覚えている。震災に会った直後だったので伯母の一家と清実の当時通っていた講堂に避難をしていたのだが、そこに黒い服の男たちがやってきて一枚の書類を伯母に手渡していったのだ。おばさんはその書類を見ると泣き崩れた。
聞いてはいけない質問だったのかもしれないが、まだ小学1年生だった清実は好奇心に勝てず「どうしたの?」と伯母に聞いた。
伯母は何も答えず、ただ泣くばかりだった。慰める母をそこに残し父がそっと清実を連れ出し
「お兄ちゃんは、もう帰ってこない・・・。死んでしまったんだ」そう言った。
後で分かった事だが、おじさんも13日の夜にお兄ちゃんのプログラム参加を報告に来た防衛軍の役人に食って掛かり、射殺されていたらしい。防衛軍を好きでない、いや憎んでいる清美には美鶴の事が信じられなかった。
そして、自分もお兄ちゃんの命を奪ったプログラムに・・・。
今では本当に信じられるのは横にいる雅代だけだった。
雅代は「本部」の出口の脇にある植え込みに隠れて清実を待っていてくれたのだ。二人で隠れる事が出来ない為、少々死角も出来るが、もう少し右手の丘の方に移動した。雪菜と美鶴も待とうと雅代は言ったが、清実は美鶴については頑なに拒否した。
理由を尋ねる雅代をどう説得しようかと考えた時、出口から迫水良子が出てくるのが見えた。どうやら清実達が移動している間に、不良の神崎秀昭は出ていったようだ。怯えている様子の良子が歩き始めてすぐ「ぐうっ」と言って倒れた。
その後、清実達の右手、かなり前方の茂みから小野田進(男子5番)が顔を出して「やった! ざまあみろ!」と言った。清実達は怖くなり、小野田に気づかれないようにゆっくりとその場を離れた。
今はC−5辺りにあるキャンプ場のそばに来ていた。その中のバンガローの一つに入り体を休めようとしたのだ。
清実達が移動している際、一度ものすごい爆発音がした。場所は分からないが恐らく町のほうであったろう。それを聞いたので町の方へ行くのを避けるようにした。
だが、さっき近くで数発銃声がした。ここにも誰かが来るかもしれない・・・そう思うと清実は気が変になりそうだった。
自分に支給された武器はお巡りさんが持っている様な拳銃だった。説明書には「ブルドック」と書いてあった。月明かりではよく見えなかったが、その説明書には使用上の注意と言うのがあり、弾の込め方や銃を撃つ際の引鉄の引き方が書いてあった。
最後に書いてある『使いすぎに注意』というフレーズは薬を思わせてユーモアがあったがとても笑う気にはなれなかった。
ちなみに雅代の武器は剣山だった。こんな所で花でも生けろとでも言うの! と雅代は怒っていたが・・・。朝宮と名乗った女が不確定要素と言ったが、これはひどすぎると思った。そして今、自分たちの身を守るものはこの拳銃一丁だけだった。
雅代が「うんっ」と小さく言うと起き上がった。
「ゴメン。私・・・寝てた・・・」
「いいよ、気にしないで。眠れるうちに眠っておいた方がいいかもよ」
と、清実は言った。
だがその時、清実達のいるバンガローのそばでざっ、ざっ、ざっと誰かの足音がした。雅代は先ほどまでの寝ぼけまなことは違いパッチリと目を開けていた。
「どうしよう・・・」小声で雅代は聞いてきた。清実は「このまま気づかれなければ放っておこう」と同じように小声で答えた。
だが、この声が聞こえたかのように足音がぴたっと止まった。どうやら中の様子をうかがっているらしい・・・。
清実は荷物を取ると、雅代の手を引っ張ってゆっくりと裏へ移動した。そして窓を開け、そっと外に出た。雅代もそれに続き、二人で周りの様子をうかがった。
バンガローの裏側は下り斜面になっているので、そちら側に誰かいるという事はまずなかった。いるとすれば道に面している入り口側だ・・・。
しばらくしてバンガローの入り口側にある道から出てきたのは石田正晴(男子2番)だった。雅代はそれを見ると安心したように隠れていた建物の影から出た。
野球部員なので安心したのか、それともまだ寝ぼけているのだろうか? 雅代は清実が止める間もなく「石田君!」と呼んだ。
「小田か・・・? ここに隠れていたのか?」と言って石田は近づいてきた。
清実は雅代を引っ張り戻そうとしたが間に合わず、石田の方へと歩き始めてしまった。
「石田君はどこにいたの? 大丈夫?」と、いつもの調子で雅代は石田に近づいた。すると石田は急に雅代に襲いかかった。
雅代は逃げる事も出来ずその場に倒れた。
「やめて! 石田君!! 放して!!」雅代は叫んだが
「うるさい! 静かにしろ!!!」と言って石田は雅代の顔を殴った。雅代は殴られても逃れようとしてもがいた。
「お前、間抜けか? 今どんな状況か分かっているのか? へっ、まあ関係ないか・・・。とりあえず、楽しませてもらうぜ!」そう言うと雅代のセーラー服を破った。
「イヤ! やめて、放してよ!!」と雅代はもがいたが天才と言われた野球部員の腕力にはかなうはずが無かった。
その時になって雅代は思い出した。天才野球部員としてでなく、それを利用している不良学生としての石田の事を・・・。
野球というスポーツ自体がこの国では花形だが、中学生でも例外でなく野球部のレギュラーと言うだけで女の子の人気も急上昇になるのだった。ましてや2年生からレギュラー入りしている石田ともなると、一つ上の学年にもファンがおり彼の周りにはいつも女生徒がいるくらいだった。
だが石田は体育会系不良グループの仲間でそのファンの女の子を食い物にし、金を巻き上げ、果ては売春までさせているという噂もあった。そして他の野球部員の中には
「あいつは野球の試合でも八百長をしている。暴力団から小遣いをもらってな・・・」と、はっきり言う者もいるくらいだった。
だが石田はマネージャーにはそんな姿を一度も見せた事が無かったので、雅代もやっかみ半分の悪い噂だとしか思っていなかったのだ。
石田はいやがる雅代のスカートに手を入れた。
「やめて!! 石田君どうしてこんなことするの!? イヤアッー」
雅代はなおも抵抗した。
「うるさい! 黙れ!! 騒ぐと今すぐ殺すぞ!!!」と石田は先ほどまでとまったく違った口調で言った。
その時、パンッという乾いた音がした。
石田が顔を上げるとバンガローの影から姿を現した清実が銃を向けていた。銃を握った清実は小刻みに震えていたが
「雅代を放して!!」と力強く言った。
石田は不敵にも「フッ」と笑うと
「おやおや。美人マネージャーはおそろいでしたか・・・。まあ、探す手間が省けたな。そんなモノ置いてこっちに来いよ。一緒に楽しもうぜ」と言った。
「ふざけないで! さっさと雅代から離れなさい! さもないと撃つわよ・・・」
清実は精一杯、怖い声を出したつもりだったが石田はまったく恐れずに
「おぉーこわ。分かったよ、小田から離れればいいんだろう? じゃあ先にお前に相手をしてもらおうか・・・。オレ昨日の夜、ヤってないから溜まっているんだよな」
と言って雅代から離れた。が、その言葉どおり今度は清実に向かって歩き始めた。
「近づかないで! それ以上近づくと本当に撃つわよ!!!」
清実は自分が怯えているのがわかった。いやらしい笑いをした石田が近づいてくる。
「撃てるのか、お前に? この距離だと外さないだろう。だけどそれならオレを殺しちゃうんじゃないか、えぇ?」その笑い顔と同じようにいやらしく言った。
『殺す?』清実は急に怖くなった。私が人を殺す? そんな・・・でも・・・そうよ、やらなきゃやられるんだ・・・イヤ違う。それじゃあ専守防衛軍の思う壺だ・・・。
私は・・・私は─────
清実はどうすればいいのか分からなくなってしまった。
殺人への恐怖。野球部の夏の練習。プログラムへの恐怖。彼氏である秀樹への想い。自分の死の恐怖。いろいろなものが頭の中で交錯していた。
ジャリと言う音がして清実は我に返った。目の前には石田がいた。
「いい子だ・・・。さあこんなもの離していいコトしようぜ・・・」
と石田は清実が握った拳銃をもぎ取ろうとした。
清実はもうどうすればいいのか分からなくなり、石田にされるがままに手を離そうとした。
その時、清実達が出てきたバンガローの影から誰かが現れた。石田は目を見開いてその人物を見た。清実もゆっくりと石田と同じ方向を振り返って、その人物を見た。
そこにいたのは石田たち不良のボス、藤田一輝(男子17番)だった。
【残り 34人】