BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


13

[BOY MEETS GIRL(trf)]

 せめて最後は美しいものを見て死にたい・・・。
 谷村理恵子(女子11番)の頭の中はその想いでいっぱいだった。
 彼女は女子の中でも人数の多いグループに属していたのだが、出席番号ではバラバラだったのでよほどの偶然でもない限り出会うような事はなかった。
 理恵子自身は他人を殺してまで生き残るような事はしたくなかったし、例えやる気であっても彼女自身が喘息で体が丈夫ではなかったので優勝などは夢のまた夢であった。
────私はこのゲームには乗らない! 誰かの手にかかって死ぬと言う事はこのゲームに乗ったのも同じ事ではないの? それなら私は自分でこの舞台から降りる・・・。お父さん、お母さん、お姉ちゃん、信二ゴメンね。私にはどうしても友達を殺して生き延びるなんて出来ないの。
 そしてどうせ死ぬのなら、今見る事のできる美しいものを見ながら死にたいと思ったのだ。
 プログラムの開始が夜中だったので花や景色も見ることが出来ず、それならとすべてを観る事が出来そうなB−2辺りにある山頂を目指して歩いていたのだ。
 山頂で朝日が照らす景色を見ながら幼馴染の男の子にもらったハーモニカを吹いて、そしてこの世とサヨナラしよう。理恵子はポケットに入った─────いつも肌身離さず持っている────ナチス連邦共和国製ダブルリード・オクターブチューン・ハーモニカ、リーベリンゲ24を握り締めた。
 幼馴染のいっちゃんがお引越しの時に理恵子にくれたものだった。
 このハーモニカはボディーが木製でマウスピース部分が本体側に軽くカーブを描いており、大東亜共和国製とは音階の配列も違っていた。
 そしてその音色も国産品とは全く違っていたのだが、理恵子の感性にはぴったりでお気に入りの品だった。
 理恵子が使いこなすまでにはかなりの時間を要したが、もともとピアノは習っていたのでそれほど苦にならなかった。
 きれいな景色を眺めながらお気に入りのハーモニカを吹き、一生を終える。そう思うと人生で最後の山登りも楽しく感じ、いつものように喘息も出ず、額から出る汗もむしろ心地よかった。
 このキャンプ場からもう少し北西に行けば山頂だ・・・。そう思った時、理恵子の頭上左手の斜面でババババババババッという規則正しい銃声がした。
 誰かいる・・・ 早く逃げないと・・・ だが理恵子は恐怖ですくんでしまった。すると同じ斜面から「うおおおーーーーー」という声と共に誰かが転がり落ちてきた。
 ちょうど道のど真ん中、しかも理恵子の目の前に・・・。
「ヒッ」理恵子はそう言って自分に支給された銃を向けた。
 誰、この人? 私は誰もいないところで静かに死にたかったのに・・・ 私の最後のささやかな願いさえも叶わないの?
 理恵子はそう思うと怒りと悲しみが込み上げてきた。
 だが良く考えると斜面から転がり落ちてきた人は追われてきたのだ。この人も被害者だと思うと急に気の毒になり、銃は構えたままだったがその人物に近づいた。
「ううぅ〜」苦しそうにうめきながら顔を上げた人物を見て理恵子は驚いた。
「いっちゃん!」理恵子は叫んだ。
「いっちゃん! 大丈夫!? どうしたの?」
 理恵子は一輝が立ち上がるのに手を貸しながら言った。
 そう、藤田一輝こそが、今や理恵子のお守りとなっているハーモニカをくれた幼馴染「いっちゃん」なのであった。
 一輝は最初、理恵子の事が誰だか分かっていない様だったが、立ち上がって一度だけ深呼吸をすると「理恵子か・・・ 久しぶりだな・・・」
 一輝はいつも自分にそうするように片方だけ口を吊り上げてにっと笑った。それを見ると理恵子もつられて微笑んだ。
 母親同士の仲がよかったため、幼い頃はいつも遊んでいた。
 二人でおままごとをしたり、テレビのヒーローごっこをしたり・・・。そんな一輝が理恵子に笑顔を見せる時は、決まって今のように片方の口を吊り上げているように微笑むのだった。どうもテレビの主人公の真似をしているらしいと、一輝の母に聞かされたことがあった。
 理恵子は一輝の母にピアノを習っており、ピアノの練習もだが休憩時にいただくお茶とお菓子が楽しみなのであった。一輝の母は本当は女の子が欲しかったらしく理恵子の事をかわいがり、小学校の4年生の時だったろうか「一輝と結婚してここに住みなさい」などと言っていた。
 さすがにその頃は一輝と遊ぶ事も無くなっていたが、急にそんな事を言われて困ってしまった事を覚えている。
 本当に幸せそうだった一輝の家庭が崩壊したのはちょうどその頃だった。
 一輝の母はその夫、つまり一輝の父親に殺されたのだ。後で聞いたのだが一輝の父は別居状態にあり、そこで別の女性と家庭を築いていたそうだ。離婚話のもつれからの凶行だったようだが、この後さらに悲劇が待っていた。
 一輝の父親がその妻を殺して住まいに戻ったところ、同居していた女性とその交際相手のチンピラに殺害されたのだ。
 大人の話を聞かせたくないと言う母親の一言で一輝は近所の理恵子の家に来ていたため、難を逃れた。
 だが一輝はこの事が我慢できずに自分を責めた。
「オレが母さんを守ってやれなかったんだ・・・」お葬式の終った後、火葬場で一輝は理恵子だけに言った。
 それから一輝は施設で生活する事になった。
 一輝の父親は現職の警察官であったため、マスコミの取材攻勢や後難を恐れた親戚たちが誰も一輝を引き取ろうとしなかったのだ。
 施設に入る時、一輝は理恵子に
「これ、母さんが大事にしていたんだ。お前にやるよ」と言ってハーモニカをくれた。理恵子は
「そんな大事なものはもらえない!」と、返そうとしたのだが一輝は首を振り
「それ、母さんが世界で一番好きな人に最初に買ってもらった楽器なんだって。だから、オレが結婚してお嫁さんをもらったら、その人にあげるんだって言ってた・・・ でもオレはそれをもっていたくない。母さんには世界で一番好きな人かも知れないけど・・・ オレには世界で一番嫌いなヤツが買った物だから・・・ でも・・・ でもオレにはこれを捨てるなんて出来ない。だから悪いけど・・・ 理恵子が持っていてくれないか・・・」
 一輝はそう言うと初めて泣いた。それはお葬式の間でさえ見せなかった涙であった。それまでずっと溜めていたかの様に、涙は一輝の顔を濡らした。
 理恵子はその顔を見て「うん。私、持っている。でも・・・ でもいっちゃんに好きな人が出来て結婚する時がきたらいつでも言って。私どこにいても必ず駆けつけて、おばさんのかわりにこれをお嫁さんに渡すから」と泣きながら言った。
 その言葉を聞いて一輝は涙で濡れた顔を手の甲でごしごしこすると、片方の口を吊り上げるようににっと笑い「ば〜か」と言った。
 それ以来、転校していった一輝と話す機会がなくなっていたのだ。
 中学生になって同じ学校に通うようになったのだが、一輝の住む施設が理恵子の家とまったく反対の方向で、学校の帰りに一緒になることもなかったし、何より施設に入ってから彼の周りに素行のよくない連中が集まり始めた様なのだ。
 中学3年生で同じクラスになったが、理恵子も他のみんなと同じように一輝に話し掛けるような事はしなくなっていた。
 理恵子にしてみれば一輝は以前と変わらぬ幼馴染だが、その周りに集まっている連中は何をするのか分からないので怖かったのだ。
 だから先ほど一輝の言った「久しぶりだな」というセリフは理恵子には責められている様な気がした。
 だが理恵子には、とりあえずこんな状況でも一輝に会えたのは幸せな事であった。
 一輝の傷だらけの顔と体を見て
「どうしたの? 大丈夫?」もう一度、理恵子は聞いた。
「心配すんな。そんな事よりここから逃げるぞ! もたもたしているとヤバいんだ・・・」
 一輝がそう言ったとき彼が転がり落ちてきた方とは反対側、理恵子から見て左手側の斜面から誰かが登ってくる音がした。
────いっちゃんはすぐに動けない。私ががんばらないと・・・
 理恵子は勇気を振り絞って、幼馴染を守ろうと彼の前に立ちふさがり銃を構えた。
「誰!? そこにいるのは! 手を上げて出てきなさい!!!」
 草のすれる音がした辺りに狙いをつけたまま、精一杯怖いと思われる声で言った。
 だが、誰も出てこない・・・ 気配もしなくなった・・・ と、その時理恵子は自分のすぐ後ろで「大丈夫か?」という声を聞いた。
 驚いて振り向くとそこには一輝以外の男子生徒がいた。
「あんた!誰よ!!!」と理恵子は恐怖で裏返った声で聞いた。
 一輝に肩を貸しながらゆっくりと立ち上がったその人物は、結城真吾(男子22番)だった。


【残り 33人】


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