BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
17
[堕ちた天使(J.Geils Band)]
B−7エリアには斎藤清実(女子6番)と小田雅代(女子3番)がいた。
先ほど不意に現れた藤田一輝(男子17番)に危ないところを助けられ、石田正晴(男子2番)から逃げたのはよかったが、清実の撃った銃声を聞きつけたのか、別の襲撃者に襲われたのだ。
銃声がしないため、どこからの攻撃か分らないがその破壊力は銃に匹敵する様であった。清実達に当らなかった攻撃が、木に大きな穴を開けているのを見たのだ。
雅代は清実の左手にしがみついていた。清実も支給された武器、「ブルドック」というリボルバー式の銃で反撃をしようとしたのだが、襲撃者の位置がわからないのでどうしようもなかった。
二人はその場を動けなくなっていた。
「清実、逃げよう!」雅代はどこから襲ってくるのか分らない攻撃に怯えを隠せなかった。だが、清実は今動くのは危険だと判断し、その場に留まっていたのだ。
「敵がどこにいるか分らないのよ!」清実は雅代にそう言った。
清実は自分自身の言葉に震えた。
敵? 敵ですって? クラスメイトじゃあないの? 昨日はあんなに仲良くバスに乗って、ボランティア実習に行くところだったじゃない。
いや違う。クラスメイトならいきなり撃ってきたりしない! 雅代を襲ったりしない!
敵?
友達?
クラスメイト?
清実は先ほどの石田とのやり取りから、正常な思考能力を失いつつあった。一度も休まる事の無かった神経が、更なる緊張感で今にも切れそうだったのだ。
そんな事を考えている間も、絶え間なく攻撃がやってくる。石やコンクリートの破片のようなものが飛んできているらしい。どうすればいいの? 清実が唇を噛み締めた時、
「イヤ! ここにいても同じ事よ。私、行く!」そう言って雅代が急に立ち上がり、駆け出そうとした。
この言葉で、清実の張りつめていた神経はあっさりと切れてしまった。
すっと「ブルドック」を雅代に向けると
「何よ、雅代。あなたまで私の敵に回るの? 夜も寝ずに見張りをして、さっきも石田君から守ってあげたのに・・・ それなのに私から離れていくのね・・・ そんな事ダメ、許さない。私とあなたは一緒にいるのよ。ずーっと一緒に・・・」
雅代は清実の目が、いつもと違う事に気が付いた。いつもは切れ長の、美しい瞳だったが今はその切れ長の目が釣り上って、まるで別人のようだった。
「でも、ここに居たら二人ともやられちゃうのよ!」雅代は清実を刺激しないように、諭すように言った。
だが清実の耳に、その言葉は届いていない様だった
「私たちは一緒よ。いつも・・・」ぶつぶつと、つぶやくように言いながら雅代の方に近づいてきた。銃口は雅代のほうを向いているので、いつ発射されてもおかしくは無い。
「清実に撃たれるなんて・・・」雅代の目から涙がこぼれた。
先輩マネージャーからしかられた時、同じクラスの遠藤章次(男子4番)に告白して振られた時、ダイエットに成功した時。
いつも清実は自分の事のように喜び、そして悲しんでくれた。
それなのに・・・・・・
雅代は悲しくて仕方が無かった。そして清実をこんな風にした『プログラム』が憎かった。
ゆっくりと近づいてくる清実が涙でゆがんで見えた。
その時、辺りに荘厳な雰囲気の音楽が流れた。清実も一瞬ビクッとして立ち止まり、周りを見まわした。
午前六時の第一回目の放送だった。
雅代には、その放送で清実にかかっていた邪悪な魔法が解けたように思えた。清実が銃を下ろし、目に涙を浮かべていたのだ。
「雅代・・・ごめんね。私、どうかしていた・・・ 雅代に銃を向けるなんて・・・」
そう言って、その場に立ちすくんでいた。
雅代は清実を抱きしめようと近づいたが、その時、清実の頭が勢いよく右に傾いた。
先ほどから二人を襲っていた攻撃が清実に当ったのだ。清実はその場に棒のように倒れた。
助け起こす為に駆け寄ろうとしたが、今度は雅代のほうを狙ってきた。
────さっき清実が石田君から私を守ってくれた。今度は私が清実を守る番だ。
雅代は襲撃者を清実から引き離そうと、反対の方向に向かって自分の姿が見えるように走った。
木々の間を縫うようにして100メートルほど駆け抜けた後、木に隠れるようにして後ろを振り返った。
放送はまだ、ワーグナーの「神々のたそがれ」を流している。そのせいか、追ってくる足音は聞こえない。聴覚に頼れないため、じっと目を凝らして自分の走ってきた方向を見たのだが、襲撃者の姿は見当たらなかった。
─────まさか私を追わずに清実の方に行ったのでは?
そう思い、あわてて戻ろうとした雅代は、意外な人物から呼び止められた。
「雅代? 雅代なの?」薮の中から現れた長身の人物は、中尾美鶴(女子14番)だった。
「美鶴! そこに居たの? 大丈夫?」雅代はうれしそうに言った。
「お願い! 清実が誰かに襲われたの、一緒に行って助けて!」
雅代は美鶴に頼んだ。美鶴は全く慌てていない様子で雅代の指差す方向を見ると
「雅代の武器は何?」と、5cmは低い雅代の顔を見下ろすように近づいて聞いた。
雅代は清実が心配で、あせりながらも
「剣山よ! 清実は銃だから、もし敵に奪われたら、私たち逃げ回るしかなくなるのよ!」と、最後は叫ぶように言った。
美鶴はにやりと笑うと、後ろ手に隠し持っていた武器を雅代の右脇腹に突き刺した。
雅代は「えっ?」と言ったが、自分の右脇に深々と刺さったモノを見ると、それが合図だったかのように口と鼻から大量の血を吐き出した。
息をする度に咳き込み、血を吐き出した。
「どうして・・・」と、美鶴に倒れかかるようにしてつかみ掛かったが、あっさりと突き飛ばされた。
「私が優勝するからよ」美鶴は当然といった感じで、そう言った。
雅代はその場から逃れようと歩き始めた。だが雲を踏んでいるかの様に両足の感覚は無く、呼吸も数百メートル走ったかの様に荒くなっていった。
そんな雅代を横目で見ながら、美鶴はバッグから地図を取り出した。朝宮が禁止エリアを言うところだったのだ。
美鶴は朝宮の言う地図上のエリアに印をつけると、丁寧に地図をたたみバッグに戻した。そして武器を握り締めると、まだふらふらと歩いている雅代に近づいて行った。
「意外と人間って丈夫なのねぇ」感心したように言うと、しばらく雅代について行った。
雅代に意識があるのかどうか分らないが、どうやら清実の居る方向に向かっている様だし、今度同じようなケースがあったときに、とどめを刺さずにどれくらい人間が動けるかを見ておきたかったからだ。
だが意外にも雅代は清実の倒れている場所の近くまで歩いた。
美鶴は清実を見つけたが、そのそばにしゃがみこんでいる人影を見てとっさに薮の中に身を隠した。
──────あれは・・・ 小野田か?
美鶴はいつも自分の胸ばかりを見て話す、気持ちの悪い男子生徒がこちらを見たような気がした。実際は薮に隠れたので見えてはいないようだが、美鶴は小野田進(男子5番)の行動を見て鳥肌が立った。
小野田は倒れている清実にまたがり、セーラー服の上からその胸に頬擦りをしていたのだ。
美鶴は自分がそうされているかの様に怒りと嫌悪を覚え、小野田を殺してやろうと思った。
美鶴が怒りのままに武器を持ち、飛び出そうとした時に雅代が力尽きてその場に倒れた。朝宮が「本部」でモニターを見ている際、死亡を示した光点は雅代のものだったのだ。
雅代の倒れる音を聞いて小野田はその方向を向いた。が、同時に小野田の足元の地面が、銃声と共に直線に弾けた。
再び、ババババババッという音がして今度は小野田の後方の地面が弾けた。
小野田は清実の銃とバッグを拾い上げると、すばやく薮の中に隠れた。
美鶴は小野田を撃ったのが誰か確認しようとしたが、木々の間に隠れているようで、わからなかった。
─────銃にはかなわないか・・・。清実その命、預けておくよ。
先ほど雅代にそうした様に、美鶴はにやりと笑い、ゆっくりとその場を離れようとした。
それとほぼ同時に、清実を中心にして美鶴のちょうど反対側で、一瞬だが誰かの移動する気配がした。
小野田を狙ったヤツか? それとも・・・
美鶴が警戒をしながらじりじりと後退していくとドンッドンッと、先ほどとは違う銃声がして、清実の腹部が風船のように弾けた。
美鶴は清実が撃たれた事よりも、新たな襲撃者が現れた事に驚いた。
今は撤退だ! 何人ここにいるか判らない・・・
それにしても清実、あんた私が見逃してやったのにツイて無いね。
美鶴はもう動かなくなった清実に同情しながら音を立てないように慎重に、そして速やかにその場を後にした。
【残り 31人】