BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
18
[森の人々(戸川純)]
「ちっ、いったい何人いるんだ? ライフルを持った奴と、さっき隠れていたのは美鶴か・・・ この分だとワタシが考えているより多い人数が山の中にいるみたいだな」
斉藤清実を撃ち殺した竹内潤子(女子10番)は走りながら唇をかんだ。
潤子は男子の藤田一輝と並び称されるほど不良生徒を束ねていた。
彼女の思い通りに動く手下が学校の内外を問わずかなりの人数がいるが、同じ4組には部下になっている女生徒はいなかった。しかし男子には、柴田誠(男子11番)や三浦信彦(男子19番)などの体育会系不良グループがおり、この連中を彼女の手下が売春で稼いでくる金や色仕掛け、弱みを握っての脅し等で思うままに操っていたのだ。
中には石田正晴(男子2番)のように藤田から離れられないまま、色や金の欲望に勝てず潤子の配下に入っているものもいたが、そういった者はごく少数であった。
教師も含めほとんどの生徒は男子の不良生徒は藤田が束ね、女子は潤子が率いていると思っているようだが、それは彼女にとって都合がよかった。体育会系の男子不良生徒のほとんどが潤子の手下で、その連中が起こす事件は藤田が命令しているようにみんなが錯覚を起こしているからだ。
おかげで売春をさせる女子生徒の調達などをあの連中に命じてやらせているが、潤子は全く疑われていなかった。
金はワタシに入ってきて、疑いは藤田が引き受けてくれる。本当に笑いが止まらなかったな・・・ だが今は違う・・・
潤子は忌々しそうに、顔を歪めた。
このゲームもあいつらを使えれば、ワタシはもっと楽が出来たのに・・・ それにしても誰が連中を殺したんだ? いずれもそれぞれの競技には秀でている猛者たちだ。その連中をたった4時間で始末するなんて・・・ 残っているのはレスリング部の堀剛だけだ。あいつだけでもワタシの盾くらいにはなるのにな。──────
潤子はその手に持った武器、スパス12ショットガンをあれこれと触りながら思った。
誰かにやられて倒れていた清実を撃った後、本人は隠れているつもりであろうが、潤子からは丸見えだった中尾美鶴もついでに始末してやろうとスパスの銃口を向けた。
しかし潤子の思惑通りにはいかなかった。
潤子の持ったスパス12の銃口から弾丸は発射されなかったのだ。
何故だ? 潤子はあせった。スパスは他のショットガンとは違い、次弾の装填はポンプを引かずとも自動拳銃のように行われ、引き金を引けば弾が発射されるという事が説明書には書いてあったのだ。それだけは間違いなく確認し、弾も込めていたはずなのだが・・・
危なかった。あの時、弾が出ると思い込んだまま美鶴の前に出ていたら、逆にあの妙な刃物でこっちがやられていたかもしれない。
もし、あの刃物を使えなくしていたとしても美鶴は確か何かの武術を習得していたはずだ。うかつな行動は死を招く・・・ あまり危険を冒すことは出来ない。もう一度あそこに戻って、きちんと使い方を把握しなければ。
今まではみんなが怯えていたり、まだ心のどこかでクラスメイトを信用していた様なので、例えワタシが油断していても、いきなり襲われるような事は無かった。まあ、実際誰かに会うような事は、今まで無かったけれども・・・
だが一回目の放送が終わり、何人かの死亡者がいる事を知らされた今となっては、そんな事は関係なさそうだった。全員が自殺をしたのでなければ誰かに殺されたということだし、何よりワタシより後に出発した者は本部を銃撃した者がいる事と、迫水良子の死体を見ているはずであったからだ。
先ほど見た中尾美鶴は、恐らくあの場に倒れていた女(恐らく小田雅代だろう)を殺している。あの刃物にはべっとりと血がついていたからな・・・ そして、あの変態小野田を撃った奴。少なくともワタシ以外で、2人はやる気になっている。それが分かっただけでも収穫かもしれない。
「あの御方」の為に、あと30人を殺さなければならないが、自分一人ですべてのクラスメイトを始末するには少し骨が折れる。だが、ああいった連中が全員を始末してくれたら、ワタシは最後に残った数人を、相手が弱っている時に狙えばいい・・・
潤子は、先ほど美鶴がしたよりも淫蕩な笑みを浮かべながら、髪型が乱れる事もかまわずに走っていった。「あの御方」の待つ場所に・・・
目的地である教会があるA−5とB−5の境目のあたりで彼女はまた獲物を見つけた。
安田順(男子21番)が潤子の目の前にいたのだ。順にすれば、正に最悪のタイミングであった。
なぜなら順は木陰にしゃがんで大便をしていたのである。
順は、あせった。命を狙われる事よりも、突然現れた人物に大便をしている所を見られたからだ。
多感な時期の男子中学生にとって大便というのは、羞恥の対象であった。
小学校のころからの延長もあるのだろうが、学校で大便をするという事はかなり勇気の要る行為であったのだ。
順は特に過敏性大腸炎の気があり、普段でも少し緊張するとすぐ腹痛が襲ってくるのであった。クラス一のお調子者で通っているのも彼なりの自衛手段であったかもしれない。
何にしても、先ほどの一回目の放送でクラスメイトが十人近く死んでいる事を聞いて、順のお腹は恐怖とストレスに耐えられなくなったのだ。こんなに広いプログラム会場でそうそう人に出会う事も無いと思い、遠慮なくしゃがんで排泄をしていたのだが、そこへいきなり誰かが現れた。
順は自分の尻を隠そうと、ズボンを上げようとしたが焦ってうまくいかなかった。迫ってくる人物を「竹内潤子」と認識したとき、順の左目の視界は真っ赤になった。
潤子が支給武器とは別に、いつも携帯している折畳式ナイフで順の顔を横なぎに切り裂いたのだ。
「ぐええええっ」と、獣のようなうなり声をあげて順はのたうち回った。自分の排泄した大便と顔面から溢れ出す血でぐしょぐしょになっていた。
順は必死で逃げようと試みているが、左目の眼球を切断された痛みと中途半端に引き上げたズボンの為に思うように動けなくなっていたのだ。
潤子はゆっくりと近寄ると、順の腹を思いっきり蹴った。「ぐうっ!」とうめくと順は地面を転げ回った。
潤子はとどめをさそうと近づいていったが、順は最後の力を振り絞って谷側へと転がった。
潤子はそれを見て、あえて追う様な事をしなかった。「あの御方」に会う時に血以外の不潔なものを服につけてはならなかったからだ。
「安田の奴、運が良かったな。それにしても、ナイフというのはかなり接近しないと役に立たないな・・・」
潤子は脅し以外にあまり使った事が無い折畳式ナイフを眺め、それについた血を拭いながら言った。ナイフをスカートのポケットにしまうと、先ほどのように周りに気を配りながら、一気に教会まで走り抜けた。
自分が斉藤清実を殺した事を話したら「あの御方」はほめてくれるだろうか? そんな事を考えつつ礼拝堂を抜け、裏の部屋に入った。恐らくこの教会にいた神父の自室だろう。洋書の並ぶ本棚、ベッドとクローゼット、そして小さなテーブルが置いてあった。だがその部屋には誰もいなかった。
まさか、誰かに襲撃されたのか? いや、それにしては部屋が乱れていない。
潤子は冷静に部屋を観察した。すると、テーブルの上に聖書が置いてあった。潤子がこの部屋を出る時にこれは本棚に入っていたはずだ。無造作に聖書を開き、ページをめくると一枚のメモが挟んであった。
そこには「あの御方」の筆跡で『昼間はカラス、夜にはハト』と書いてあった。
潤子はそれを読み終えるとそのメモが挟んであったページを見てにやりと笑った。聖書を無造作にテーブルに置くと、今度は本棚の洋書の間に隠しておいたスパスの説明書を取り出して何度もそれを読み直した。
今度「あの御方」に会うまでに少しでも他の連中を始末しておく為に・・・
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