BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


19

[モーニングコーヒー(モーニング娘。)]

 福田拓史(男子16番)は、空が明るくなってくると、少しはこの悪夢から逃れられるような気がした。
 いつもは一緒にいると自分がまるで畑の真中に立っている案山子のように貧相に見えて不愉快になる相沢芳夫(男子1番)の巨体が頼もしく思えた。
 拓史は夜中のうちに隠れ家を探そうと東町の住宅街を歩いている時、偶然に相沢に出会ったのだ。
 拓史には、はっきり言って友達と呼べるような人物はいなかった。
 ひ弱な体なので運動神経も良くなく、頭がいい訳でもない。わずか10分ほどの休み時間に話をするほど話題が豊富で話術が達者でもないし、放課後は所属している写真部の暗室にこもっていたからだ。
 男子で話かけてくるのは、カツアゲをしてくる時の不良生徒くらいのもので、女子に至っては、誰にでも優しい沢渡雪菜(女子9番)か、おしゃべりの西村観月(女子15番)だけであった。
 そんな中でも、今一緒にいる相沢とゲームオタクの木下国平(男子9番)は家族以外では唯一、言葉を交わす人間であった。こういう事態の中では、その程度の仲であっても一緒にいるだけで心強いものだと思った。
 二人はとりあえず、東町住宅のちょうど真中辺りにある一軒の家に入った。もちろん玄関には鍵がかかっていたので、仕方なく裏口近くの窓を壊して入ったのだ。
 ガラスを割る時なかなかうまくいかず、────テレビドラマとは違うものだなあ。等と変な感心をしていた。そういった事を経て何とか落ち着いたのだが、相沢は拓史に会うまでにかなり怖い目に会ったらしく、家に入っても明け方近くまで震えていた。
 ようやく落ち着いてきた頃に第一回目の放送があった。出発してからそれまでの約6時間の間に殺されたクラスメイトの名前が読み上げられると、相沢はまた発作でも起きたかのように体が震え始めたのだ。
 電気が通っていないため日が昇るまで判らなかったのだが、相沢の後頭部には血がこびりついていた。クラスメイトの誰かに襲われたのだろうが、何が起こったのかは首を横に振るだけで話そうとはしなかった。
 とりあえず手当てをしようと、家の中を探し回ったのだが救急箱はおろか、救急バンソウコウさえ見あたらなかった。
 この家は包丁で指を切っても救急車を呼ぶのか? と、拓史は思った。
───救急車? そうだ! たしか、病院があったはずだ。そこなら手当ても出来るし、隠れる場所もある。万が一、襲われるような事があっても十分対応できそうだ。
 拓史は事情を相沢に話して移動しようとした。相沢はまだ恐怖心があるようで、一言もしゃべらず、ここから動く事を嫌がっていたが、ケガの治療の為と納得させた。
 拓史は自分の武器、ブローニング・ハイパワーの弾が装填されている事を確認し、相沢と一緒に外に出た。
 午前7:30過ぎという時間と、街のつくりが自分たちの住んでいる神戸に似ている為か、今から学校に行くような感覚であった。病院に行くには商店街を抜けて道なりに行けば、3kmも無かった。拓史は、身長はほぼ同じだが体重は自分の倍はある相沢に肩を貸しながら歩いた。
 念のため交差点では拓史が先行し、安全を確かめてから相沢を呼ぶようにした。こういったテクニックは木下国平のオタク知識から得たものであったが、まさか自分がやる羽目になるとは思ってもみなかった。
 住宅街を抜け、商店街の中を通過しようとした時、どこからか微かにコーヒーのいい匂いがしてきた。────こんな時に、一体誰がコーヒーなんていれているんだ?
 拓史の疑問は尤もな事であった。拓史にしても相沢にしても、この時まで空腹を覚えた事は無かったし、食事をするなどとは思いもつかなかったのだ。
 しかしこうなってくると急にお腹がすいてきた。
「なあ、よっちゃん、お腹空いてへん? 僕、このコーヒーの匂いの所に行ってみたいんやけど。どうやろう?」
 拓史は相沢に相談したが、相沢は答えようともせず顔を背けた。
 拓史は少し苛立ってきた。─────よっちゃんの為に家に忍び込み、今もまたよっちゃんの為に危険を冒してまで病院に行こうとしているのに、この態度はないやろう!
 そう思うと何かバカバカしくなってきた。
「じゃあ、僕だけ行ってみるわ! よっちゃんも行きたい所に行ったらエエねん!」
 そう言うと、香りの元を探しに歩き始めた。
「電気もガスも止まってるんやから、コーヒーを作れるのは・・・喫茶店か!」
 そう独り言をつぶやくと周りを見渡し、一番近くの喫茶店を探した。すると、相沢がこちらにやってきたので、拓史は無視するようにしてゆっくりと移動をした。二人は「幸(みゆき)」と、書いてある喫茶店の前まできた。
────誰かがコーヒーをいれている・・・
 入り口の窓の外からアルコールランプの炎がゆれているのが見えた。
 その時、ふと拓史は考えた。────何て言って入っていけばいいんだろう? 『こんにちは』かな? それとも『僕にも分けてください』かな? それより、もしもこれが罠だったら・・・ いろいろな考えが頭をよぎった。
 そう思うと急に恐くなり、回れ右をしてこの場を離れようとした。
 その時、相沢がビクッと震えた。同時に拓史の後頭部にゴツンッと何か硬いものがあたった。振り向こうとすると「動かないで!」と、即座に言われた。
 拓史はテレビや映画でそうするように、さっと両手を上げた。横目で見ると相沢も同じようにしている。右手に握っていたブローニング・ハイパワーを奪い取られて初めて拓史は『しまった!』と、思った。
「相沢君、先にドアを開けて中に入りなさい。妙な真似をすると撃つわよ!」と、言われ相沢はそれに従った。相沢が喫茶店の中に入ると「あなたもよ!」と、拓史は頭を小突かれた。二人は喫茶店の中で、後ろ向きのまま身体検査をされた。
「前を向きなさい。手はそのまま上げておくのよ!」
 その言葉通り、そおっと振り向くと東田尚子(女子16番)の美しい顔があった。
「東田さん・・・あの・・・」
 そう言っている間にも尚子は相沢のほうを終え、拓史の学生服のポケットやズボンのベルトなどを触って、武器を持っていないかを確認した。
 ポケットに入っていた相沢のメリケンサックを取り上げ、拓史がブローニング以外の武器を身に付けていない事を確認すると、急に力が抜けたようにイスに座った。その左手に先ほど拓史から奪ったブローニング・ハイパワーが、右手にはグロック17というオートマチックガンがそれぞれ握られ、拓史と相沢の胸をポイントしていた。
「何しにきたの?」と、尚子はしごく、もっともな事を尋ねた。
 拓史はどこから話そうかと迷ったが、とりあえず相沢と会った所から話した。
 尚子はその間ずっと銃を構えたままだったが、拓史たちに敵意が無い事が分かると少し安心した様だった。そして拓史がコーヒーの香りに引かれてきた事を話すと、思い出したようにカップにコーヒーをいれた。
 そして、二人のほうを見ると「あんたたちも飲む?」と、聞いてきた。
「はい!」と拓史は答え、相沢のほうを見た。相沢も下を見るようにしてコクンとうなずいた。
「ちょっと待ってて・・・」そう言うと、尚子は隣のサイフォンで二人のコーヒーをいれてくれた。もう銃を向けはしなかったが、その手から離すことはなかった。
 尚子がいれてくれたコーヒーは武器と共に支給されたペースト状の食料を、一緒に口に入れる事が罪に感じるくらいにうまかった。
「おいしい! 東田さん、とってもおいしいよ」
 拓史はお世辞ではなく尚子にそう言った。あまりコーヒーを飲む習慣がなかったので本当においしいのかどうかはよく分らなかったが、とにかく空きっ腹だったし、何より母親以外の女性にコーヒーをいれてもらった事がうれしかった。
「ありがとう。でもこの入れ方だと、コクがなくなって水っぽくなるのよ。プロっぽく見えるけど・・・」
 尚子はそう答えた。
「家では、よくコーヒーを飲むの?」と、愚にもつかない質問を拓史はしたが
「いいえ、パパが好きなの。朝は必ずコーヒーを飲んで出勤するから・・・ うちでいれる時は水出しコーヒーって言ってね、一晩かけてゆっくり抽出するの。私が夜のうちに準備をしておいて、朝それを暖めるの。手間はかかるけど、こんなものと比べられない位おいしいわよ!」と、姉が弟に教えるように尚子は答えた。
「東田さん、お父さんが大好きなんだね・・・」拓史は素直に思った事を言った。
 尚子は少し照れを隠すかの様に顔をしかめたが、すぐ
「そうよ、大好き。将来結婚する相手は、パパみたいな人がいいと思っているの」と、子供のように言った。
「東田さんはこれからどうするの?」拓史は全くしゃべらない相沢を尻目に思いつくままに質問をした。自分から女の子に話し掛けるなんて、何年ぶりだろうか?
「私はどうしても家に帰りたい!」尚子は叫ぶように言った。
「でも・・・でも、クラスメイトを殺すなんて私には出来ない・・・ どうすればいいの・・・」目に涙をいっぱい溜めたまま言った。
 いつもは本当にお姫様のように気品があり、ともすれば高慢な感じのする尚子であったが、今は正に普通の女の子と言った感じであった。
 尚子は涙を見られまいと、朝日の入る窓の方を向いた。拓史はとてもその表情が強く、そして美しく思えた。
「良かったら、僕たちと一緒に行かないか? 病院に行けば防御はしやすいし、やる気はないけどケガをした連中が来るかも知れない。そんな連中で集まればここから脱出する事が出来るかも知れないじゃない」拓史は言った。
「でも、あなたにそんな人たちをまとめられるの?」尚子は尤もな事を言った。
 確かに、いじめられっこの部類に入る自分の言う事を素直に聞いてくれる者なんている訳がなかった。だが・・・
「そう、僕にはそんな事できっこない、もちろんよっちゃんにも。だけど東田さんは違う! 東田さんにならそれが出来るんだよ。だから・・・一緒に行ってもらえないかな?」
 拓史は精一杯、勇気を振り絞ってそう言った。
 尚子は二人の目を見ると、その形のよい唇をきゅっと引き締め、手に持ったブローニングとメリケンサックをそれぞれに返すと
「分ったわ。行きましょう!」と、いつものように凛々しく宣言した。

【残り 31人】


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