BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


20

[夢見る少女じゃいられない(相川七瀬)]

「雪菜、俺はお前と一緒にいることは出来ない・・・ さようなら・・・」
 そう言って結城真吾(男子22番)は背中を向けた。
「待って、真吾! 私を置いていかないで! お願い、真吾・・・」
 沢渡雪菜(女子9番)は目を覚ました。その顔は汗と涙で濡れていた。
 真吾から別れを告げられて数ヶ月経つが、今でもその時の事が夢に出てくる。
 そして目覚めると同時に夢であってくれれば・・・と思ってしまうのだった。
 いつもは、「起きる時にこんな事を考えるのは自分一人なんだろうな・・・」と少しへこんでしまうのだが今日に限ってはクラスメイト全員が同じ事を思ったことであろう。何せ『プログラム』の真っ最中なのだから・・・
 雪菜は布団から起きあがると自分のカバンの荷物をチェックした。するとそれを見計らっていたかのように、扉の向こうから五代冬哉(男子10番)が
「沢渡、起きたか?」と訊いてきた。雪菜は出していた荷物をカバンにしまうと
「冬哉君、起きたわ。ごめんね」と言って扉を開けた。そこには冬哉がいつものクールな表情で立っていた。
「オレの方が先に寝かせてもらっているんだから気にするなよ。それよりちゃんと眠れたんか? 目が赤いぞ」と、雪菜に訊いてきた。
「ええ大丈夫よ。冬哉君こそ、もう一度眠ったら?」と雪菜は冬哉に言った。
 先に寝たとはいえ、2時間も寝てはいないはずなのだ。
 昨夜の出来事のために・・・

§

 午前1:00に「本部」を出発して、その直後に襲撃を受けた。
 その時、目の前で迫水良子(女子7番)が得体の知れない攻撃により死亡するのを見たのだ。遠藤章次(男子4番)のおかげで切り抜けられたが、やる気になっている者が確実に一人いるというのがわかった。
 2人はまず西に向かって進み、ダムから流れる放水川まで行った。その橋の下で支給されたバッグを開け、それぞれの武器を確認した。
 雪菜の武器は刀身が、くの字に曲がった鉈のようなもので、冬哉に支給されたものは少しごわごわしたベストのようなものだった。説明書を読むと、それはクラス3−改という防弾ベストであった。冬哉はベストを雪菜に渡すと
「お前が着けておけよ」と言った。最初は固辞しつづけていたのだが、冬哉が半ば強引に雪菜にそれを着けさせた。冬哉に申し訳なく思いながらセーラー服の下に着けたが、肩のあたりがごわごわしていて少し動きづらかった。
 これからどうするのかを冬哉に訊こうとしたところ
「寄りたいところがある。一緒に行こうぜ」と先に言われた。
 雪菜は、これからどうするのか考えもまとまらず、かといってじっとしている訳にもいかないので冬哉と行動を共にする事にした。
 冬哉の性格ははっきりと分からない。ただ自分の味方と言うか仲間に対しては寛大で、そうでない者には徹底的に冷徹だったようだ。普段から皮肉をこめたような言い方をし、言葉にもかなりトゲがあったようで女子の間でも、親切な割にはそれほど評判が良くなかった。
 だが、真吾を介して話をしている限りでは悪い人物ではなかったし、何より雪菜を助けてくれたのだ。雪菜は冬哉と同行する事にした。
「冬哉君、少しだけいい?」と、雪菜は冬哉に言って自分の荷物を整理した。
 今このゲームに参加している者にとって、水や武器と同じ様に時間も大切なものだったからだ。
 そして荷物の中からロングスパッツを取り出すと、素早く身に付けた。スカートをはいたままだったのであまり格好は良くないかもしれなかったが、別にファッションショーに出るわけでもないし文句は言っていられなかった。
「何でそんなモン履くねん?」
 冬哉が自分の荷物の中から何かをバラバラにポケットに入れながら訊いた。
「真吾に昔言われたの。山道を歩く時は出来るだけズボンにしたほうがいいって・・・」
 少し、悲しそうな笑顔で雪菜は答えた。
 準備が整うと、二人は慎重に歩き始めた。
 先ほど「本部」前で襲撃された時の恐怖心もあったし、暗くて道が分からないためかなりの時間を要した。途中何度かクラスメイトらしき人影を見たが、冬哉と出発前に
「真吾、伊達俊介(男子13番)、御影英明(男子20番)、斉藤清実(女子6番)、小田雅代(女子3番)、中尾美鶴(女子14番)。この6人以外の人物を見ても話し掛けない」
 と約束をしていたので黙ってやり過ごした。この6人以外は信用が出来ないし、だれがやる気になっているのか分からないからだ。
 そうしてたどり着いたのは、地図のG−2エリアにぽつんとあるコテージであった。
 道路から少し離れているために近くに来るまで雪菜には全く分からず、まるで魔法でも使って急にそこに現れたかのように思えた。
 冬哉はそのコテージの周辺を一回りすると、迷わず玄関に向かった。
 雪菜はここが冬哉の目的地であることは理解したが、何故地図にものっていないこんな所に来たかったのか、ここで何をするのか不思議に思った。
 しかし冬哉は当たり前のようにポケットからキーホルダーを出すと、その中の一つを使いドアを開けた。唖然としている雪菜に
「早く入れ。誰かに見られたらどうする!」と小声で言った。
 雪菜が弾かれたように中に入ったのを見届けると、もう一度ドアの外を見回し玄関に鍵を掛けた。不安そうにしている雪菜に
「そんな顔をするなよ、いつもみたいに笑ってくれ」と言った。
 しかしそう言われて「そうですか。じゃあこんな感じでどうでしょう?」と笑えるほど雪菜は豪傑ではなかった。
「ねえ冬哉君、ここはどこなの?」と少し怯えながら訊いた。
 すると冬哉はそんな問い掛けを無視するかのようにずかずかと部屋へ上がりこみ
「沢渡も遠慮なく上がれ。靴は履いたままでいいからな」と言うと応接間のソファーにどっかと腰を下ろした。
 雪菜はどうしようか迷ったが、言われた通り中に入った。コテージは変わったつくりで、玄関から5メートルほど先の正面に応接が見えていた。そしてその応接間も吹き抜けになっていて、二階の部屋のドアが見渡せるようになっていたのだ。
 一体ここはどこなのか。雪菜は応接間で座り込んだ冬哉に
「冬哉君、説明してくれない? 私、何がなんだか・・・」と質問をした。
 急に冬哉が振り向き、雪菜の口を手でふさいだ。雪菜は恐怖のあまり叫びそうになった。
 冬哉はそれを察したのか、
「誰か来た。静かにしてくれ!」と雪菜の耳元でささやいた。
 雪菜は驚いたが耳をすませると確かに誰かの足音が聞こえる。しかもそれは段々近づいてくる様だった。
 雪菜は鼓動が早くなるのを感じた。自分も知らなかったこんな建物に一体誰が来るのか? だがその足音は来た時と同じ様に急速に遠のいていった。
 二人はほっと胸をなでおろした。冬哉が雪菜から離れ手招きをした。
 玄関に通じる廊下の隣に面した壁の所に行くとその一部を触った。
 するとその横に急に入り口が出現した。隠しドアのようなものであろう。冬哉は雪菜を中に入れると紐のようなものをかけ、ドアを閉じた。真っ暗闇で何も見えない所だったが、冬哉の手にいきなり炎が出た。
 そしてすぐ隣にあった燭台のろうそくにその火を移すと部屋の真ん中のテーブルに置いた。
「これでよし。急にあんな事をして悪かったな。オレ様もいきなりだったんでああするしかなかったんだ。ホント悪い」と、冬哉は雪菜を拝むように手を合わせ謝った。
 雪菜はくすっと笑うと
「いいわよ。私も一瞬冬哉君が裏切ったのかと思ったから。アイコね」と言った。
 冬哉はほっとしたようなポーズを大げさにして
「良かった。普通の状況やったら痴漢やもんな。沢渡、ここはオレ様の別荘・・・と言いたいところだけど、本当はオレにマジックを教えてくれたおばさんの別宅さ。最初、あの朝宮とか言う女が地図を広げた時は分からなかったんだけど、あの橋まで来た時にはっきりしたんだ。ここならオレ様が持ち歩けないモノもあるはずだからな」と言った。
 すると冬哉の言葉が合図だったかのように、地鳴りのような音がした。二人は顔を見合わせた。
「何、今の音?」
「分からない。でも、普通じゃあないよな・・・」
 二人は同じ事を思ったが、それは口にしなかった。
 そう、やる気になっている連中がいるのだという事を・・・
 考えたくはないが、自分たちを襲った人物以外にも支給された武器を使って、戦いを始めた者がいるのだ。
 雪菜はもう何も考えたくはなかった。昨日まで一緒にいたクラスメイトが自分の命を狙って襲い掛かってくるのだ。
 そして自分の身を守るためには、そのクラスメイトを殺さなければならない・・・
 恐怖という感情が津波のように押し寄せてきた。
 しかし、そんな雪菜のことなどお構いなく
「沢渡、ここでじっとしていろよ」
 冬哉は入り口に分厚いカーテンを掛けると、そう言い残して部屋を出て行った。
 実際は10分ほどだった様だが、雪菜には一時間にも感じられた。
 戻ってきた冬哉は手にいろいろなものを持っており、それらを丁寧に机に並べるとさらにひとつひとつ点検するようにしていった。
 雪菜は何を持ってきたのか見ようとしたが、冬哉はそれを見えないように隠した。
「こいつは、たとえ真吾にでも見せるわけにはいかないんだ」と笑いながら言った。
 その言葉を聞いて雪菜は急に真吾の事を思い出した。
 ───出発する時に自分の方を見て、少し困ったような顔をしながら微笑んだ真吾。
 ───バスの中で冬哉や俊介とふざけあっていた真吾。
 ───雪菜に別れを告げた真吾。
 今までの思い出に残っている真吾の顔が浮かんでは消えていった。
 そして、真吾の顔を思い浮かべるたびに涙がこぼれ出した。それを見て冬哉は驚いた。
「どうした、沢渡? そんなにこれが見たいんか? ・・・そうか、真吾の事か・・・」と、訊いた。
 雪菜はこくんとうなずくと
「真吾・・・最後の出発でしょう? もし、私たちみたいに待ち伏せされていたら・・・」
 最悪の情景が浮かび、体が震えだした。雪菜はその震えを押さえるかのように、自分で自分を抱きしめるようにした。
 冬哉はなんと言ってやればよいのか分からなかった。なぐさめの言葉と言うものは、いつの時も気休めにしかならないからだ。
「沢渡、オレ様達が逃げ切っているんだぜ。真吾の奴がそう簡単にやられる訳ないって。あいつの事やから、ひょっとしたらあの朝宮とか言う女を人質にしているかも知れんぞ」
 冬哉は努めて明るく言った。実は冬哉も雪菜と同じ事を考えていたからだ。
 雪菜は気を使ってくれる冬哉に「うん」と短く言った。
 その雪菜の顔を見て、点検作業に戻った冬哉が
「沢渡、こんな時真吾ならどうする? どんな行動をとると思う?」と聞いてきた。
 雪菜はこの一言で甦ったような気がした。
「真吾なら・・・ そう、まず信用できる人たちと合流しようとするでしょうね。そして、みんなで脱出する方法を考えると思う」力強く、雪菜は言った。
 その雪菜の表情を見て冬哉は
「お前、まだあいつの事・・・好きなんだな」と訊いた。
 雪菜はまた泣きそうな顔になったが、涙を押さえるようにうなずいた。
「そうか・・・ よし、何とかお前だけはあいつに会わせてやるぜ! まあ、あいつが例の合図を覚えていればだけどな・・・」
 いつものように、にやりと笑うと冬哉は雪菜に言った。
 冬哉のその笑い顔が急に曇った。ガラスの割れる音がしたのだ。
「チッ、おいでなすったぜ。呼んでもいない客が・・・」
 そう言うと冬哉は雪菜に缶切りを渡した。
「支給された武器を聞かれたら、これだって言うんだ。あと、何か聞かれても正直に答えるんじゃあないぞ。いいな」
 そう言うと雪菜がうなずくのを確認する前に、ろうそくの火を吹き消した。
 雪菜は、冬哉に渡された缶切りを握り締めた。

【残り 31人】


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