BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
21
[GROOVE TO MOVE(CHANNEL X)]
「こっちは大丈夫よ。それより・・・気をつけて・・・」
「・・・・・・」
横山千佳子(女子21番)は、右の壁面から頭だけをのぞかせている広瀬知佳(女子17番)に返事をせず、ただうなずいた。
───そりゃあ、あんたは大丈夫でしょうよ。そんな風に壁を盾に出来る所にいればね!
そう言ってやりたかったのだが、とりあえず心の中にしまっておいた。
気を取り直して窓ガラスに向き直ると少し躊躇しながら、しかし力をこめて右手に持ったリボルバー式拳銃 スマイソン6インチの銃把を叩きつけた。
窓ガラスの割れる音が、やけに大きく聞こえた。
テレビドラマだとちょうど手を入れるだけの穴が開くのだが、現実は違っていた。
───もうイヤね。誰かがこの音に気づいたらどうするのよ!
その苛立ちを窓ガラスにぶつけた。今度はぽっかりと穴が開いた。
ガラスで手を切らないように注意しながら、鍵を開けようと手を入れた時 遠藤絹子(女子2番)が左の方から近づいてきた。
───今さら何をしに来たの? 危ない事は私に押し付けて・・・
そう思ったが絹子は千佳子の耳元で
「一人で入ると危ないから私も行くわ」と小さな声で言った。
千佳子は少しうれしかった。絹子とは2年生の時から同じクラスだが、あまり話をした事は無かった。彼女は“姉の友人であるクラスメイト”という認識しかなかったので、このような言葉を聞くとは思ってもみなかった。
千佳子は感謝をしながら絹子に分かる様に大きくうなずくと、鍵を開けた。
ガラスを割るよりも小さな音しかしなかったが、闇に支配された山の中ではその音さえも大きく響いた。
ゆっくりと手を抜くとスマイソンを握りなおし、サッシに手をかけた。もう一度絹子の方を向いてうなずくと、音を立てないようにゆっくりと窓を開けた。
部屋の中はカーテンが掛かっているので見えない。千佳子はゆっくりとカーテンを手繰り部屋へ入った。絹子もそれに続いて入ってきたようだ。
部屋のつくりは変わっていて、左手に見える玄関へ続く廊下を入れるとこの部屋は四角ではなく、六角形になっている様だった。さらに 天井を見ると2階までが吹き抜けになっている。二階部分をぐるりと見渡すと四つのドアが見えた。
───とりあえず誰もいないみたいね。じゃあ、彼女たちを呼ぶとしますか。
千佳子は窓のところで腰の刀に手をかけている絹子に、両手で大きく丸を作って見せた。
絹子はそれを見て、外にいる二人に合図を送ったようだ。
足音を立てない様に注意しながら、外にいた連中が入ってきた。
彼女たちが部屋に入るのを見届けると、絹子が顔だけを外に出し周りを見渡してから窓を閉めた。全員がほっと息をついた。
「ようやく、息を抜く事が出来るわね」
と、さっき千佳子をこのコテージへ突入させた黒田亜季(女子5番)が言った。
───よく言うわよ。人に危ない橋を渡らせておいて・・・
千佳子はそう思ったが、とりあえず心の中にしまいこみ手の汗をふいた。
先ほどコテージに入る際の緊張で指はこわばり、手のひらは皿洗いをしたかのように汗でびっしょりと濡れていた。
「そうね・・・これからどうする?」と、広瀬知佳が一人用のソファーに腰をおろしながら言った。みんな自然と部屋の中央にある応接セットに集まり思い思いの場所に腰掛けた。
しかし、先ほどの知佳の問いかけには誰も答えようとはしなかった。
本当なら今ごろはボランティア実習の宿泊施設で、見回りに来る先生の目を盗みながら今日の実習はどうだったとか、将来どこの高校に行ってこんな職業に就きたいとか、お互い自分の好きな男子の告白大会とかで楽しい夜を過ごしているはずであった。
その時に同じ質問が出れば、みんなが話をするテーマを出して盛り上がった事だろう。
しかし、今の状況では誰もこれに答える事が出来なかった。
───私はむしろクラスで一番の成績を誇るあなたに、逆に質問をしたいぐらいよ。
千佳子は、天井の点きもしないシャンデリアを眺めている知佳に対してそう思った。
中学3年生になる前に友人同士で「もしプログラムに選ばれたらどうする?」と冗談で話をすると言う事は誰にでもあることであった。
『プログラム』に参加させられて、どうしたらよいのかというのも妙な質問ではある。
生き残りたければクラスメイトを全員殺して優勝すれば良いのだし、どうしてもそれが出来ないのなら自殺をすればよいのだ。
しかし実際この状況に置かれるとゲームにのる事も、自殺をする事もすぐに決断出来なかった。
どちらを選ぶにしても、かなり勇気のいる事であるのだから・・・
「このまま、隠れていようか? ここならちょっと見た限りじゃあ分からないし、誰か来ても追い払えるかもしれないわ」と、亜季が言った。
「でも・・・もしここが禁止エリアになったりしたら出て行かなくちゃならないし、それに藤田君のグループとか竹内さんが来たら・・・」
絹子はうなだれるように下を向いて言った。
───そうそう。夢みたいな事を言わないでよね。
千佳子はがっかりしている亜季の顔をチラッと見て思った。絹子の言う通り、ここが禁止エリアにならないと言う保証はない。
それにあのクラスの中で、最もこのゲームに乗ると思われるのは、いま絹子が言った藤田一輝(男子17番)と竹内潤子(女子10番)だろう。この二人が襲ってくれば、説得する間もないままここに居る全員がこのゲームから退場する事になるだろう。この二人を躊躇無く殺せるのなら話は別だが・・・
「じゃあ、どうすればいいの? 何か助かる方法はないの?」
亜季が少しヒステリックになって言った。
───ちょっと、大きな声を出さないでよ。誰かに聞かれたらどうするの?
呆れた顔をしながら千佳子は思った。どうせ月明かりだけでは見えないだろうから・・・
そう考えた時、絹子が
「どうすればいいか分からないけど・・・香織や良子ちゃんの分まで私たちはがんばらないと・・・」と言った。
───気持ちは分かるけど、何をどうがんばるのかを言わなきゃ。
つくづく関西人だ、つい突っ込んでしまう・・・
千佳子は荷物から水を取り出して飲んだ。「本部」で殺された笹本香織(女子8番)と、「本部」を出たところで死んでいた迫水良子(女子7番)が頭に浮かんだ。
この二人と自分の姉である横山純子(女子20番)を入れたこの女子グル−プの人数は、3年4組で最大のものになるのであった。
特に共通点もなく、気の合う仲間の集まりで千佳子の目から見ても誰がリーダーという事もなかった。休み時間に話をしたり、お弁当を食べたりするだけの集まりに思っていたのだ。しかし、そうではなかった。恐怖というものもあるのだろうが、香織があの黒スーツの男に殺された際、このグループの全員が涙を浮かべていた。
そしてグループの結束を示すように、姉の純子を除いた全員が亜季の手話を読み取って集合場所であるE−2の水質試験場に来たのだ。
集合場所に純子が現れず、千佳子が銃を持って現れた事に他の三人は色めきたった。
手話を読み取れる人間が、自分たちのグループ以外でいることを考えていなかった様だ。姉の純子に教えてもらった事を説明し、自分は純子と一緒にいたいだけだと説明したが、銃を持っている千佳子はなかなか信用してもらえず、追い払われそうになった。
逆の立場なら千佳子もそうしたであろう。このゲームで一番危険な事は、自分以外の人間を信じる事なのだから・・・
千佳子は、せめて一度純子に会ってから今後の事を決めたいと主張し、その場に居残った。
───銃を出していたのはマズかったな・・・
千佳子は支給武器であるスマイソン6インチを見ながら思った。その場は絹子がとりなしてくれたおかげで、とりあえず純子を待とうと話がまとまった。
その時、近くで銃声が二発聞こえた。それは木下国平(男子9番)が神崎秀昭(男子7番)を撃った音だった。
唯でさえ同じグループの仲間が二人死んでいるのだから、彼女たちの恐怖心はより倍増されたのだろう。純子の到着を待たずに出発しようと亜季が言い出したのだ。
だが、千佳子の反対により、もう少し待つ事になった。
約20分後、先ほどの銃声とは違う爆発音がした時、我慢の限界だった。
亜季達は移動の準備を始めていた。
───どういう事? あなた達、やっぱりその程度の仲だったの?
千佳子は怒りを覚えたが、亜季は単純に恐怖心からこの場を離れようとしたのではなかった。
私物の中からバインダーと金属製の定規のようなものを取り出すと、ノートを一枚破ってバインダーにはさんだ。その紙を上下から定規のようなもので挟み、ペンで定規を押し始めた。千佳子はそれを見てようやく分かった。点字を描く道具だったのだ。
亜季は千佳子の顔を見て
「ゴメンね。もしもの時のために、決めておいたことなの。全員が集まるまでにそこにいられない場合は移動するって・・・ でも、見捨てるんじゃないわ。こうやって移動場所は知らせるから」
と、申し訳無さそうに言った。
千佳子は軽いショックを受けた。純子は手話を教えてくれたのに、この事はまったく千佳子に教えてくれていなかったからだ。
「ここから南に行って最初に目に付いた建物にしておくけれどいい?」と亜季が聞いてきたが、千佳子はうつろに返事を返しただけだった。
亜季は私物の裁縫セットからマチ針を数本取り出すと、試験場の壁になるべく目立つように針で留めた。
亜季は自分の武器の日本刀を絹子に渡した。剣道部の絹子の方が上手く使えるからだ。
変わりに絹子の武器である中華包丁を受け取った。知佳はと言うと、自分のバッグから出てきた武器を見て、わなわなと震えていた。知佳の武器はメンコにビー球、そしてゲームに使うコインだった。
「こんなモノでどうやって闘えって言うのよ!」と、叫びそうになる知佳を全員でなだめた。そして、周りを警戒しながら南下して行ったのだ。
───このまま行けば、確か街に着くんじゃあないの?
千佳子はそう思っていたのだが、1kmほど進んだところにコテージを見つけた。
これが最初に目に付いた建物だったのだ。
『プログラム』の実施中とはいえ、もちろんコテージに鍵はかかっていた。
入るためには、もちろんどこかを壊さなければならない。かくして一番強力な武器を持った千佳子が泥棒の真似事をする羽目になったのだ。
千佳子はもう一度水を口に含んだ。
───純ちゃん、無事でいてよ。お願いだから・・・
祈るような気持ちだった。それを見て絹子が
「千佳子さん大丈夫? 何か・・・いい考えないかしら?」と聞いてきた。
千佳子は三人の顔を見た。暗くてよく分からなかったが、みんなの不安そうな様子はわかった。
「私は・・・ とりあえず、この首輪を外さないとどうしようもないんじゃあない? 逃げる事は出来ないって、あの朝宮とかいう女が言っていたしね。とにかくゴメン、今は純ちゃんに会える事だけしか考えられないの・・・」と言った。
「そうよね。いくらなんでも純子ちゃん遅いわよね」
と絹子が言った。それを受けて亜季が
「まさか、さっきの銃声って・・・」と不吉な事を言い始めた。
「なんて事を言うの! あなた達、純ちゃんと友達なんでしょう? そんな事を言うなんて・・・ひどいじゃない!」
千佳子は怒りに任せて思っている事をぶちまけた。
それに応じて知佳が
「そうよ、友達だから待っていたのよ。あんなに人の集まりそうな危険なところで待つなんて友達じゃあないと出来ないわ! 亜季だってそんなつもりで言ったんじゃない。心配しているのよ。そんな事も分からないの!」と言った。絹子が
「ちょっと、二人とも落ち着いて。あんまり大きな声を出すと危ないわ」と、たしなめた。
だが、知佳の怒りは収まらない様で、
「そんなに純子ちゃんの事が心配なら、あそこに戻ればいいでしょう!」と怒鳴った。
「あなたは出て行くことも出来ないわね、そんな役にも立たない武器なんだから」
千佳子も負けじと言い返した。
一気に緊張感が高まり、今にもつかみ合いのけんかになりそうだった時、四人のいる部屋にゴトンという音と低い声が響いた。
「出て行け・・・」
千佳子はその声を聞いて、とっさにスマイソンを握り締めた。
───死ねない、純ちゃんに会うまでは・・・
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