BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
23
[悲しみの朝(森山良子)]
6時になる10分ほど前に五代冬哉(男子10番)は沢渡雪菜(女子9番)によって起こされた。意外と目覚めがよかった。
部屋の奥では遠藤絹子(女子2番)と広瀬知佳(女子17番)が抱き合うようにして寄り添い、かすかな寝息を立てていた。
「何も変わった事は無かったかい?」と、雪菜に言った。
雪菜は少し苦そうな顔をし、冬哉にメモを渡した。
『千佳子が純子さんと会えるまで私たちと行動を共にしたいそうよ。どうしよう?』
と、そこには書かれていた。
冬哉もこれは予想をしていなかったので、即答する事は出来なかった。
「少し考えさせてくれ。放送が終わったら交代して眠った方がいい」と、雪菜に言った。
雪菜は頷くと絹子と知佳を起こした。そして、4人が1階に降りた時に放送が始まった。
朝宮と名乗った女が、これまでに死んだクラスメイトの名前を読み上げた。
次々と聞かされるクラスメイトの名前は、理不尽な出来事でこの世から去った人間の最期の叫びのように思えた。
千佳子を含めた手話グループは迫水良子(女子7番)の名前が呼ばれた時に涙を浮かべ、横山純子(女子20番)の名前が呼ばれなかった事で胸をなでおろした。
雪菜と冬哉は、伊達俊介(男子13番)と結城真吾(男子22番)の名前が呼ばれなかった事で安堵した。
しかし、もう8人ものクラスメイトが死んでいる。
自殺したのでなければ誰かがやる気になっているのだ。雪菜達よりも後に出発した者は迫水良子(女子7番)の無残な姿を見ていたのでそれは分かっていたのだが、やはり心のどこかで仲間を信じていたのだ。
それもこの時点で見事に崩れ去った。冬哉が言った通り、自分以外は誰も信じられないのかとそこにいる全員が思った。
「妙だな・・・」
禁止エリアを地図に書き込みながら 突然、冬哉がつぶやいた。
「どうかしたの、五代君?」と、知佳が冬哉の顔をのぞき込むようにして言った。
冬哉は、知佳から少し離れながら
「いや、女子はともかく男子は体育会系の猛者連中と不良どもだけが死んでいる。連中がこの状況を悲観して集団で首をくくったとは考えられない。そうなると一体誰が殺ったんだって事になるんだ・・・」と説明した。
知佳は冬哉の話をいちいちうなずきながら聞いていたが
「そんな事が出来るのって藤田君か結城君くらいじゃあないの?」と言った。
一瞬、その部屋の空気が固まったように思えた。
絹子が「知佳ちゃん!」と諭すように言った。だが、言った本人である知佳は
「五代君には悪いけど、私は可能性の問題を言ったのよ。別に決めつけた訳じゃあないわ」と、むくれるように言った。
冬哉も腹が立ったのは確かだが、青い顔をして唇を噛んでいる雪菜のほうをちらりと見て
「確かにそうだな」と、言った。知佳が『ほら御覧なさい』と言うような表情をしたがそれを無視して
「オレ様は昨日、自分以外は信じない方がいいと言ったが少し訂正する。ここにいる仲間以外は信じない方がいいってな」と搾り出すように言った。
───せめてここにいる連中は信じないと、今のオレ様にはどうする事も出来ない。
冬哉は自分自身に言い聞かせた。
その時、昨夜千佳子達が侵入してきた窓のあたりで物音がした。
全員が一瞬緊張し、身構えた。
誰? 敵? 味方? それとも・・・
全員が迷っている間に、ゆっくりとその人物は窓を開けて部屋に入ってきた。
風に乗ってコロンの様な甘い匂いがした。
───女か・・・誰だ? 冬哉は手に持ったスチール製のカードに手を掛けた。
その手に銃が見えたのでカードを投げようと身構えた瞬間、冬哉の横にいた千佳子が
「純ちゃん? 純ちゃんよね!?」
そう言ってその人物に近づいた。
最初、びくっとして銃を構えたが、千佳子だと分かるとその人物は銃を下ろしその場に座り込んだ。
「千佳子? 本当に千佳子なの?」と、横山純子(女子20番)は半泣きの声で言った。
「よかった、心配したのよ! どこに行っていたのよ!」と千佳子は純子に抱きつきながら言った。亜季や知佳も続いて純子に駆け寄った。
自分の妹や仲の良い友人に出会えたにも関わらず、純子は怯えながら
「怖かった・・・いろんな人に会ったの。でも、みんな怪しい、信用できないと思った。だって、だって今の放送で・・・それに良子があそこで・・・」
そう言うと、急にガタガタと震え始めた。
千佳子と純子はお互いをぎゅっと抱きしめると、その場に崩れ落ちた。
全員が驚いたが、そばにいた亜季が
「気絶しているわ。きっと安心して緊張の糸が切れたのね・・・」と言った。
とりあえず部屋の中央に二人を連れて行き、そこに寝かせた。絹子が2階から先ほど自分が使っていた毛布を持ってくると二人にそっと掛けた。
冬哉はそれを見ると
「沢渡、お前も休め。黒田と2人で・・・」と言った。
雪菜は亜季を促したが、先ほど少し眠ったからと言って亜季が辞退したので一人で2階の部屋へ行き、体を横たえた。
知佳の言った言葉が雪菜の胸に突き刺さっているようであった。
───真吾がそんな事をする訳はないわ。
真吾の事を考えると自分では眠れないと思っていたが、横になると同時に睡魔に襲われたようだ。
それでも眠りは浅かったのか、冬哉が起こしに来てくれるより早く目覚めた。時計は7:30を指していた。
扉の前にいた冬哉は、階下に聞こえないように小声で
「横山姉妹の件は片付いたな。オレ達もやつらにあやかって真吾と合流できればいいけど・・・」と言った。
雪菜は自らを奮い立たせるように力強くうなずいて見せた。冬哉もそれに応える様にうなずき、雪菜の荷物を取ると一緒に1階へ降りた。
純子と千佳子もすでに目覚め、寄り添うようにして朝食の準備をしていた。
2階から降りてきた雪菜を見つけて千佳子は
「おはよう、雪菜!」と、明るく言った。純子や他の面々も同じ様に声を掛けた。
雪菜は笑顔で挨拶を返した。
───今がプログラムの最中なんて思えない。ひょっとしてこれは夢かしら? と雪菜は思った。だが首についている銀色の枷とテーブルに置かれた2丁の銃がそれを否定していた。
雪菜は気を取り直し、手伝いを申し出ると純子が
「知佳ちゃんと一緒にみんなの荷物を整理してもらっていいかしら?」と、丁寧な口調で言った。
純子とはあまり話をしたことがなかったが、彼女は確か真吾に告白した事があった筈だ。
彼女は妹の千佳子とは違って普段からおとなしく物腰も柔らかそうだった。二人は姉妹とは思えないくらい、何もかもが反対であった。
陸上部の千佳子はすらりとした長身で無駄な贅肉もなくアスリートの体型であるのに対し、純子は背も158cmと低く、どちらかと言えば柔道着が似合いそうなずんぐりとした体形であった。学校の成績は純子の方が、千佳子よりもはるかに上だった様に記憶している。とにかく活発な千佳子と違い、純子は印象が薄かったのだ。
そんな純子に雪菜は笑顔で頷くと階段の下で作業をしている知佳の元に行き、手伝いを申し出た。
知佳は冬哉に渡されたロープや使い捨てライターなどをそれぞれのカバンに詰めていたようだ。だが彼女は雪菜の方をちらりと見ただけで、手を休めなかった。
「知佳ちゃん、どうかしたの?」と、問い掛けたがその質問も知佳は無視した。
───私、何か気に障るようなことをしたかしら? と雪菜は思ったが、今は聞ける雰囲気ではないのでとりあえず隣で作業をした。
政府に支給されたバッグに入っている水と食料は約1日分しか無く、いずれはどこかで調達をしなければならない。雪菜は全員の水と食料を点検し、今後の行動を決めるよう伝えなければと思った。
「準備できたよ。食事しよう」と、日本刀を腰に佩いた絹子が呼びに来てくれた。
黙ってダイニングの方に向かう知佳を見送る様にして、雪菜は絹子の顔を見た。
絹子も困ったような顔をして知佳の背中を見ていたが、雪菜のほうに向き直ると
「ゴメンね、雪菜ちゃん。知佳ちゃん悪気があって意地悪をしているんじゃあないのよ。雪菜ちゃんには教えるけど・・・知佳ちゃん五代君のことが好きなの」
と、申し訳無さそうに言った。それを聞いて雪菜はようやく納得した。知佳は冬哉と雪菜が仲良くしている事が面白くなかったのだ。
雪菜が教えてくれた絹子に礼を言おうと向き直ると
「雪菜ちゃん、あの・・・御影君を見なかった?」と絹子がうつむいたまま聞いてきた。
雪菜はピンと来たが、それだけにどのような返事をすればよいのか判りかねた。
「ゴメン。私たち誰とも会わなかったの。でも、さっきの放送でも呼ばれなかったし、大丈夫よ」と言って絹子の肩を抱いた。
小さくうなずく絹子をダイニングに促しながら
───そうよ、御影君も真吾もきっと大丈夫だわ。
心の中で雪菜は繰り返した。
【残り 31人】