BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


32

[サバイバル・ホスピタル 後編(山本麻里安)]

 南おのころ総合病院の玄関ホールには右手に伊達俊介(男子13番)や東田尚子(女子16番)達が進入してきた部屋があり、左手に薬局があった。薬局の前には待ち合いの為にいくつかソファーが並んでおり、五人ともそこに座り込んだ。
 これからの事を考えられないくらい精神的な疲労があった。
 全員がしばらく黙っていたが真吾が最初に口を開いた。
「福田は気の毒だったけど、これからは生き残る為に気をつけないとな・・・。小野田はやる気みたいだ。斉藤さんの武器を奪っていった。あと女子にも一人やる気になっている奴がいる・・・。そう言えば藤田と谷村さんに会ったよ。二人ともやる気は無かった。生きているうちに墓地で会えればいいけどな。あと藤田に聞いたんだけど冬哉と雪・・・沢渡も一緒だそうだ。」
 俊介はびっくりして
「冬哉と沢渡が! どこに行ったか判らんのか? 大体・・・何であの二人が一緒に?」と真吾に言った。真吾は首を振り
「今何処に居るかは判らん。でも冬哉が出た後マシンガンの銃声がしたやんか? あれが絡んでいるのは間違いない。あいつらの出発順は並んでいたからな」と言った。
俊介はそれを聞いて複雑な気持ちになったが、尚子がようやく口を開いたので彼女の話しを聞いた。
「私は相沢君と福田君にしか会っていないの。でも、女子にもやる気になっている子がいるなんて・・・」尚子は信じられないという思いで言った。
「自分も女子を一人見た。ちょうど重いホルスターを捨てた時かな、音を聞かれたかと思ったけど大丈夫だったみたいだ。真夜中だったから相手も誰か判らなかったけど・・・たぶん背格好からして若松早智子(女子22番)か横山純子(女子20番)だと思う」と、俊介は自分の持つ情報を話した。真吾はそれを聞いて
「相沢、ちょっと先にごめんな。おい俊介、お前の武器ってなに?」と言った。
 俊介がベルトに差した銃を出して真吾に見せた。
「やっぱり、VP−70か。俊介、お前どこでホルスター捨てたんや!?」真吾は問いただすように言った。俊介は不思議そうな顔で
「なにを怒っているねん。えっと多分海岸沿いの・・・漁業組合のそばだったと思う」と言った。
「アホ! それが大事なんやぞ。拾ってこい、ポチ!」
 今度はあきれたように真吾が言ったが、納得のいかない俊介はなおも食い下がるように反論をしようとした。全員が二人のやり取りを聞いて和やかな気持ちになった。
 それに惹かれるように相沢がその重い口を開いた。
「結城君は、その・・・やる気じゃあないの?」真吾と目をあわせず、怯えた様に言った。俊介は怒りのあまり相沢につかみかかろうとしたが、達也と尚子に止められた。
 真吾は一瞬悲しそうな表情をしたが、しっかりと相沢の目を見て
「俺はやる気になんかならないよ」と言った。俊介が何か言いたそうだったが達也がそれを代弁するかのように
「相沢、結城はそんな奴じゃあないよ、オレが保証する。こいつは人の為に死ぬ事はあっても自分の為に人殺しが出来る奴じゃあない」
 そう言って相沢の肩を叩くと、さらに続けて
「オレの知り合いで『人を信じるというのは本当に難しい』と言った人がいるけど、オレはそうは思わない。何故なら結城に出会えたからさ。世界中の人間がこいつみたいなやつだと争いごとも起こらないじゃあないかと思う」と言った。そして尚子も
「そうよ。結城君がやる気になっているのなら、さっきのクイズだって私達だけ置きざりにしているはずよ。相沢君が生きてここにいられるのは結城君のおかげなんじゃあないの? 結城君や私たちの事が信じられなくてもいいわ。でもあなた自身が生きていると言う事実だけは信じてもいいんじゃあない?」と言った。それを聞いた相沢は涙を流した。
「ぼく・・・ぼく・・・・・・」と、相沢はソファーから立ち上がって真吾に謝ろうとした。
 その時、正面玄関のガラスが割れ、中に何かが飛び込んできた。
「逃げろ!」真吾が叫ぶのと同時に爆発が起きた。
 達也は尚子をかばうように床に伏せ、真吾と並んで座っていた俊介もすばやく反応した。
 しかし、その俊介に覆い被さるように相沢は倒れこんできた。
「相沢!
おい、しっかりしろ!」真吾は自分の倍はありそうな相沢を抱き起こすと肩にかつぎあげ、玄関ホールから死角になる廊下につれていった。俊介も這ってそこまで来ると
「相沢・・・。クソッ! 真吾、どうなんだ相沢は?」と聞いた。真吾は相沢の背中や手首、頭を看たが首を横に振った。
 俊介が見ても判るくらい相沢の背部には無数の穴が開き、特に頭部からは壊れた蛇口のように絶え間なく血が流れ出ていた。
 俊介は、あまりのあっけなさと悔しさで流れ出そうになる涙を押さえようと硬く目を閉じた。
 真吾は相沢を俊介にまかせると表の様子をうかがいつつ、動かない達也と尚子の所へ身を隠すようにしながら行った。
 尚子は気絶していたが大きなケガをしてはいなかった。達也はとっさに尚子をかばったのだろう、背中をひどく負傷していた。早く手当てをしないと命に関わる。しかし真吾はそこから動けなかった。
 襲撃してきた人物が病院内に入ってこようとしていたからだ。
 それは安田順(男子21番)であった。



§



 安田順は竹内潤子 (女子10番)に切り付けられた右目のケガを治療しようとしてこの病院にやってきたのだった。
 ちょうど病院の玄関前にきた時、中に何人かいるのが見えた。順は潤子に襲われた時の恐怖がよみがえってきた。
「やられる前にやらないと・・・」
 順は背負っていたバッグからH&K グロスカリバーMZP−1を取り出すと対人炸裂弾を装填した。グロスカリバーは手榴弾や暴動鎮圧用のゴム弾など状況に応じた弾を発射できるような迫撃銃で、一対一よりも一対多数の場合にその能力を発揮するのであった。射程距離も長く、この状況には最適であった。
 今、病院の中にいる人間を攻撃するには少し角度が良くなかったが、そんな事を気にしている暇は無かった。先に攻撃を仕掛けないと、残った左目どころか命を無くすことになるのだ。順は少しもためらう事無く撃った。
 遅延式の信管は入り口のガラス戸を2枚とも貫通すると、玄関ホールで破裂し無数のベアリングを撒き散らしたした。
 小さな爆発音とガラスの砕け散る大きな音が重なった。順はそれが収まるのを待ってから武器を持ち直すと
「これで大丈夫だ。いきなり撃たれる事は無い」そう言って、粉々になった正面玄関から病院に入ろうとした。
 入り口のところで警戒しながら中をうかがった時に左の方で何かが動いた。順はあわててグロスカリバーを構えようとした。だが慣れない動作と半分になった視界のため、玄関のサッシの部分に銃をぶつけてしまった。
 まるで意志があるように銃は順の手から地面に落ちると、病院の中へと転がっていった。
 順はあわてた。
 自分の身を守るモノを少しの間でも手放すのは命取りだと身をもって覚えたからである。
 入り口の左手に誰かいることも忘れて玄関から中へと駆け出した。
「待て! そこで止まれ」と誰かが叫んだが、その言葉は今の順にはむしろ逆効果だった。
 順が病院のホールにある玄関マットを踏んだ瞬間、辺りが白く光った。



§



 先ほどの爆発よりも大きな音が衝撃と共に来た。
 俊介は驚いて、その場にひっくり返った。何が起こったのか全く分からなかった。誰かが玄関ホールに飛び込んできた瞬間、カメラのフラッシュを焚かれたように辺りが光り同時に衝撃が襲ってきたからだ。
 しゃがみこんだ姿勢のまま、もう一度玄関ホールをのぞくと先ほどとは全く違う景色になっていた。
 天井は穴が開き、床にはススと攻撃してきた者の遺体で作られた赤黒いシミが広がっていた。襲撃者は爆発で一度天井に吹き飛ばされ、その後地面に叩きつけられたのだろう。
 何もかもが破壊されたその光景は7年前に起こった大震災を思い出させた。
 俊介は急に我に返り、真吾達を探した。達也や尚子が最初に座っていたソファーの辺りに行くと、そこはソファーがいくつか山積みになっていた。爆風で積み重なったのだろう。
俊介の頭に最悪の事態が浮かんだ。だが、そのソファーの山の中腹辺りから声が聞こえた。
「俊介、悪いが手をかしてくれ。俺一人の力じゃあ動かない・・・」真吾の声だった。
 急いで上のソファーをどけると真吾が顔を出した。尚子と達也の顔も見える。
「大丈夫か?」俊介は真吾に聞いた。だが真吾はいつものように微笑を返してはくれなかった。
「東田は大丈夫だが、永井は・・・動かす事は出来ない。だがここから早く離れないと今の騒ぎを聞きつけて、やる気になっているヤツも来るしな・・・」
 真吾は悔しそうに言った。とりあえずソファーの山から達也と尚子を助け出し、相沢の遺体がある廊下へ寝かせた。すると達也が、すぐ意識を取り戻した。横にいる尚子を見て
「無事・・・なのか?」と聞いた。真吾が頷くのを見ると、安心したように口元に笑みを浮かべた。そして真吾に
「バッグにフロッピーと・・・携帯電話が・・・お前達なら・・・例の・・・トラッ・・・プ・・・『本部』を・・・攻・・・撃・・・」と言いかけて急にエビのように体を折り曲げた。大量の血を口から吐くと呼吸も荒くなり、汗が吹き出していた。
 俊介は何も出来ず、ただ達也の手を握り締めた。真吾も達也を抱き起こし額の汗をぬぐってやるばかりであった。
「東・・・田に・・・・・・好き・・・だ・・・って・・・・・・」
 そう言うと不意に達也の体から力が抜けた。







 達也は美しい所に立っていた。
 そうかオレ、ダメだったんだな・・・。みんなで逃げ出せると思っていたのに・・・。
 そう考えながら達也は光の集まっている方に顔を向けた。そこには福田拓史と相沢芳夫がいた。
 拓史は申し訳なさそうな顔をし、相沢は達也の方を上目遣いで見ながら立っていた。達也は彼らの背中をポンと叩くと、肩を組んで一緒に歩き始めた。
 さらに光に近い所に誰かが立っている。
 よく見ると達也にプログラムの資料を託してくれた父の秘書であった。彼は達也をねぎらうように笑顔を見せた。
 そしてもう一人の人物は彼の甥だろう。確か章吾という名前だったはずだ。達也は会った事もないのに、ずっと前から章吾の事を知っているような気がした。そして彼に向かって
「章吾さん、人を信じる事はそれほど難しくはないですよ」と言った。
 章吾は口元に微笑を浮かべると
「ああ、知っているよ」と、答えた。
 達也はそれに答えるように頷くと、後ろを振り返らず光の中へと歩いていった。



【残り 27人】


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