BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


33

[shellshock(ニューオーダー)]

 真吾は玄関ホールのソファーを二人の遺体がある廊下に運んでくると、そこに達也と相沢の遺体を乗せ、3階の病室から持ってきたシーツを掛けた。
 俊介は気を失ったままの尚子の介抱をしていたが突然静かになったので、真吾の方を振り向いた。
 真吾は唇をかみしめ、達也の遺体の前に立っていた。俊介は真吾の震える肩に手を置いた。
「お前のせいじゃあない・・・」と、なぐさめる様に俊介は言った。
 真吾はその言葉を聞いて俊介の方へ向き直ると
「いや、俺のせいだ・・・」と言い、もう一つの死体の方に行ってその体や荷物を調べた。
「何故だ?」と聞いた俊介の言葉が耳に入っていない様に、真吾は襲撃してきた人物を安田順(男子21番)だと言った。
 そして、彼の持っていたH&K グロスカリバーMZP−1と弾薬を大して興味もなさそうに持ってくると
「俺はここに永井だけを残して山のアンテナを調べに行く時、いくつか罠を仕掛けて行ったんだ。その中で一番強力なのがここに仕掛けたニトロだったんだよ・・・爆発力のテストが出来る状況じゃあなかったけど・・・こんなモノまで使う必要はなかった」と言った。
 俊介は、さっき玄関が爆発したのは襲撃してきた安田の武器の暴発だと思っていたので、その話しを聞いて驚いた。しかし真吾の知識を持ってすればニトログリセリンの調合などたやすい事だろうと思った。
「俺はこのゲームに乗る気は全く無かったけど、これじゃあ同じ事だ・・・」と真吾は続けて言った。
 俊介はその言葉にどう答えていいのか判らなかったが、安田が罠にかかって死に、永井がそれに巻き込まれた事で真吾が間接的にでも殺人を犯し、良心が痛んでいるのは判った。俊介は自分がもっと上手くしゃべれたらと思った。
 こんな時に真吾に喝を入れられる人物は二人だけだ。一人はこのプログラムに参加している沢渡雪菜、そしてもう一人は真吾の武術の師である鄭秦雲老師であった。しかし二人はここにはいない。
 俊介は言葉を選ぶようにして
「なあ真吾、樋川がトレーニングのやり過ぎで入院した時に、自分が無理なトレーニングメニューを渡したせいだって落ち込んでいた事があったじゃあないか? あの時にお前は老師様のおっしゃった事を自分に聞かせて慰めてくれたよな? あの時と同じだ。こんな時に鄭老師は何とおっしゃる?」と真吾に問い掛けた。
 真吾には十分気持ちが通じたようで、大きく頷くといつものように少し微笑んだ。俊介はそれを見て
「落ち込むのは生き残ってからだ。さあこれからどうする? もうここには居られないぞ!」と、次にとる行動について、あえて強く真吾に聞いた。
 真吾は落ち着きを取り戻すために少し目を閉じ、深呼吸をした。そしてゆっくり目を開けると
「俊介、ありがとう」と言った。照れくさそうにしている俊介を見ながら
「とりあえず、冬哉を探そう。それから何とか生き残った連中を集めよう。出来るだけたくさん…」と言った。
「でも、例の合図を知っているのは自分達以外では冬哉だけだぞ。沢渡も一緒に居るみたいだからそれでも5人だ。やる気になっている奴や、もう殺人を犯した連中は味方にはならないだろうし・・・」と俊介はグロスカリバーを真吾のバッグに入れながら言った。すると真吾が
「いや、藤田と谷村さんにも何かあったら教会で会おうと約束した。緑色の煙が合図なんだ。他にも黒田さんのグループが集まっているはずだ。お前も見ただろう? 手話で会話をしていたところを」と、言った。
「藤田達は分かったけれど、黒田のグループはやる気になっていないのか? 第一どこにいるか判らないだろう?」と俊介は「本部」での状況を思い出しながら言った。
 俊介の意見を聞いて真吾は
「黒田さん達のグループで殺された人がいないって事で、全員ではないにしても合流できたと考えられる。それにあのグループの迫水さんと笹本さんが死んでいるんだ。彼女たちの分も生きようと、前より結束するさ」と言った。
「ちょっと待て。それじゃあ、まさか・・・不良グループを襲ったのは・・・」と俊介が言った時、真吾は俊介の両肩をつかんで目を見た。
「俊介、それは違う。彼女たちは生き残ろうとしてそんな大それた事が出来る人たちじゃあない。彼女たちの名誉の為に言っておくが、不良グループを襲ったヤツは別にいるんだ。それに俺は彼女たちが集合したところを知っている」真吾は俊介に言った。
 その場所を聞こうとした時、尚子が意識を取り戻した様でゆっくりと起き上がった。まだ覚醒しきっていないのか、頭痛を振り払うように何度か頭を振った。駆け寄った真吾と俊介の姿を見ると
「何が・・・あったの? 永井君や・・・相沢君は?」と、聞いてきた。
 俊介は彼女に何と言っていいか分からなかった。唯でさえ女性と話す事が苦手なのに、こんな状況で上手く話せる訳がなかった。
 すると真吾が尚子の体を支えながら
「あそこにいる。二人とも死んでしまった・・・」と言い、遺体の置かれたソファーが見えるようにした。
 尚子はその言葉の意味が理解できなかったように真吾の顔を見たが、不意に体が震えだすともう一度確認するように
「永井君と・・・相沢君は・・・」と言った。
「二人とも死んだんだ・・・」真吾はそう言うのが精一杯だった。
 尚子は自分の体を支えてくれている真吾の手を振り払うように立ち上がると、まだしっかりとしない足取りでソファーに近づき遺体にかけられたシーツをじっと見据えた。
 シーツに手をかけたものの、それを外していいのかどうか迷っている様子だった。
 意を決したようにしっかりとシーツを掴むと、ゆっくりとそれを外した。
 達也の顔が見えた瞬間、尚子の目から涙があふれだした。
 尚子は達也の遺体にすがりつくようにして泣いていた。尚子の脳裏には達也と出会った時の事、休み時間に交わした他愛の無い話、二人の父親の事、先ほどまでコンピューターに向かっていた達也の顔。その思い出がすべて涙となって出てくるようであった。
 真吾は達也の荷物の中から携帯電話とフロッピーディスク、そして達也のパソコンを取り出すと自分のバッグに移し始めた。それを見て俊介も同じ様に荷物をまとめた。
 真吾は、泣き続ける尚子に
「東田さん、もうここにはいられない。さっきの騒ぎを聞きつけてここに来るヤツがきっといるハズなんだ。だから・・・」と促すように言った。
 尚子は首を振り、真吾の言った事を拒否した。俊介は尚子の気持ちが良く分かった。しかし、達也の為にも尚子を守ってやらなければと思ったのだ。
「なあ東田、永井のヤツお前には死んで欲しくないと思うからお前を守ったんだと思うぞ。だからもっと自分の命を大事にしたほうがいい・・・」俊介が言い終わらないうちに
「何でそんな事が分かるのよ! あなたたちは永井君と仲が良かったわけじゃあないでしょう! どうしてそんな事が言えるのよ!」
 尚子は「本部」で朝宮に食って掛かった時の様な勢いで俊介に言った。
 それを聞いて真吾が「分かるさ・・・」と静かに言った。俊介も尚子も真吾の方を向いた。
「永井は死ぬ前に言ったんだ。東田に好きだと伝えてくれって・・・だから・・・」
 真吾は搾り出すように言った。尚子は達也の遺体に視線を戻すと、優しく抱きしめるように遺体にすがりついて泣いた。
 そして達也の顔を数度なでると自分の荷物をまとめた。俊介と真吾はその様子を見ていたが尚子の準備が整うと
「これは東田さんが持っていてくれ。多分、永井もそうしただろうから」と言って『ソロモン』を手渡した。
「これは簡易レーダーだ。この首輪から出る電波を拾って表示してくれるらしい。本当は会場全体と周囲100mの表示が出来たんだけど、さっきの爆発で自分のいるエリアだけの表示しか出来なくなったみたいだ。それでも身を守るためには十分使えるから」と説明した。
 尚子は黙って受け取ると、もう一度達也の遺体のところまで行き、
「ありがとう永井君。私、がんばる・・・あなたの分まで・・・」そう言ってシーツをかけた。
 また涙があふれてきたが、こぼれ落ちないようにしばらく上を見ていた。それが収まるとぎゅっと『ソロモン』を握り締め、真吾達の方を向いていつものように
「さあ、これからどこに行くの?」
 と凛とした言い方で聞いた。真吾は尚子に微笑み、うなずくと
「とりあえずここを出て、南・・・」と言った。それをさえぎるように尚子が
「ちょっと待って!
結城くん、このレーダーは死んでいる人は表示が変わるのよね?」と『ソロモン』の画面を見ながら聞いた。
 俊介も真吾も眉をひそめた。尚子の言っている意味が理解できなかったのだ。
「まさか、もう・・・」俊介はそう言うと、尚子に掛けより『ソロモン』の画面をのぞきこんだ。そこには光点が7つあった。
 黄色の光点が4つと赤い色の光点が3つ。赤い光点は死亡した3人。3つ重なり合うようになっている黄色い光点は自分達であろう。
 だが、その側にあるもう一つの点は・・・。
 俊介が真吾に注意を促そうと振り向いた時、不意に攻撃を受けた。
 爆竹を鳴らしたような乾いた音と共に、俊介のすぐ横の柱がはじけた。俊介と尚子は、玄関ホールからは死角となる達也達の遺体を安置している廊下の方にすばやく身を隠した。だが真吾は山積みになったソファーの陰に身体を伏せただけだった。
 三人をもてあそぶかの様に、数回銃声が玄関ホールに響いた。
「俺にかまわず行け!」真吾は言った。俊介達の隠れた廊下の突き当りには非常口がある。そこまでは12、3メートルほどだ。それを使って外へ逃げろと言う事だろう。
 しかし真吾が言った言葉は、昼休みに学生食堂の席を取る為に言ったのとは訳が違うのだ。それに時間を稼ぐにしても真吾の武器は銃ではない。俊介は自分の武器であるVP−70を渡そうとした。しかしそれを見透かしたように銃撃が俊介達の隠れている廊下の壁を襲った。
「すまん、真吾!」
 そう言うと俊介は尚子と一緒に非常口へ向かって駆け出した。俊介達が非常口から外に出る時、背後でまた銃声が聞こえた。
「クソッ! 一体誰なんだ?
こんな・・・」俊介は苛立ちと恐怖の混じった声で言った。
「今、逃げる時に廊下の陰から見えた感じだと、小野田君か安田君だわ」と、尚子が言った。俊介は病院の方を振り返りながらも、足を止めずに
「じゃあ、今襲ってきているのは小野田だ・・・」と、尚子に言った。
「何で小野田君だって判るの?
安田君だってお調子者で、不良グループの使いっ走りだったからひょっとしたら・・・」
 と、俊介に問い掛けた。俊介は 話すべきかどうか迷ったが
「相沢や永井を殺したのが安田だ。まあ、その後あいつも死んだけどな・・・」と言った。
 尚子はそれを聞いて驚いた。
 確かに小野田は女子の間では評判が悪い。別に素行が悪いとか勉強が出来ないとかではなく、生理的に嫌いだと言う事なのだ。 
 先ほど真吾に小野田がやる気になっていると聞いていたが、実際襲われるとこれまでの評判も含めて、クラスメイトがとてつもなく凶暴なケダモノのように思えた。
 尚子は走りながらもう一度病院の方を振り向いた。
 今はただ、真吾が無事に脱出できる事を祈るばかりであった。


【残り 27人】


   次のページ   前のページ   名簿一覧   表紙