BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


34

[奴に気をつけろ(ジョー・ジャクソン)]

 結城真吾(男子22番)はソファーの陰で伊達俊介(男子13番)と東田尚子(女子16番)に非常口から脱出する様に指示を出すと、応戦の準備を続けた。
 俊介達を撃った時に顔が見えたので襲撃者は小野田進(男子5番)だとわかったのだ。
 数時間前に山の中で斉藤清実(女子6番)から銃を奪う所を見ていたし、その前の変態行為も見ていたのだが、やはり先ほどの安田順(男子21番)の事を考えると命まで奪う気にはなれなかった。
 俊介が「すまん、真吾!」の声と共に尚子と一緒に非常口の方へ走り出すのが見えた。
「俊介、余計な事言うなよ。これで小野田のやつに相手が俺だって分かったじゃあないか。まったく、気の利かない野郎だな!」
 俊介が目の前にいたらそう言ってやりたかった。
 普段の頭の回転からして小野田は真吾が銃を持っていないと思っているだろう。何故なら普通こういう状況で銃を持っているのなら、とうに反撃しているからだ。
 実は真吾は銃器を持っているのだ。そう、先ほど手に入れた安田順が持っていたグロスカリバーだ。
 しかし真吾はそれを使わなかった。いや、正確に言うと使えなかったのだ。
 先ほどのニトロの爆発で順の体と共に吹き飛ばされたこの銃は、外見は問題が無くても機構上の強度や精度が落ちている可能性がある。順のバッグの中に入っていた弾の中には相手を殺さないですむようなゴム弾もあったが、それを使う事によって自分も含めた誰かがケガをする事は避けたかった。
 つまり真吾は、『小野田を殺さない、そして自分も傷つかない』という方法を選択しなければならなかった。
「まったく、盛り上げてくれるなぁ。どいつもこいつも・・・」真吾はテレビを見ているかのように独り言を言った。
 小野田は数発撃つことによって練習が出来たのか、段々と狙いが正確になってきた様だった。そして全弾を撃ち尽くした小野田が弾を交換するために排莢したのだろう、銃声が止んで空の薬莢が床に落ちる金属音がした。
「さてと、小野田のヤツも調子に乗っているみたいやし、そろそろいくかな」
 そう言って真吾は右手につけた皮製のグローブを手に馴染ませるように、何度か手を振った。グローブのリストバンド部分から指輪のようなものを引っ張り出すと右手の中指にはめた。よく見るとその指輪には細い鎖がついていた。
 積み重なったソファーの隙間から見ると小野田がちょうど弾の詰め替えを終えたところだった。そしてゆっくりこちらに銃を向けると、間をおかずに二発、発射した。
「ううっ!」と真吾は銃声に合わせて苦痛をもらした。実際には弾は当っていないのだが、小野田をこちらにおびき出す必要があったからだ。
 真吾の声を聞いて小野田はうれしそうに出てきた。弾がどこに当ったのかも確認せず、悲鳴だけでノコノコ姿を現すとは、どこか微笑ましいものもあったが・・・。
 とにかく小野田は真吾の思惑通り、ホールから廊下に向かって歩いてきた。
 ───その後廊下の手前で壁際に寄って、銃口を上に向けてから廊下の方を覗き込むんだろう? テレビの見すぎだぞ、小野田。
 真吾は笑い出したくなるのをこらえながら観察していた。
 小野田が予想通り壁際に寄った瞬間、それが合図だったかのように真吾は右手を左肩の前に持ってくると、小野田のほうに向かってまっすぐにその手を伸ばした。
 ジャッという音と共に真吾の右手から銀色のモノが放たれた。それは小野田の顔の前を通過して玄関ホールの壁に当ると跳ね返り、小野田の銃をかすめて彼の右顔面を直撃した。普通なら側頭部に当るのだが、小野田が自分の顔の前を通過したものを目で追った為に不幸にも顔面に当ってしまったのだ。
「ぶっ、ぐあああぁぁ」
 小野田は銃を取り落とすと苦声をあげながら後退し、顔面を両手で覆ったまま赤ん坊のような格好で倒れた。
 真吾は荷物を背負うとソファーの山を乗り越えるようにしてホール側へ回り込み、小野田とその足元に落ちているリボルバーの銃を見た。 元々それは斉藤清実に支給されたものだったが、小野田が倒れている清実から奪い取っていったのだ。それを見て真吾は
「何や、これ? ブルドックやんか」と呆れたように言った。
 脳震盪でも起こしたのか、小野田はヒビの入ったメガネと鼻血をアクセントにして焦点の定まっていない目を向けていた。命に別状は無さそうだ。
 真吾は少しほっとして、足元にあるブルドックを拾い上げようとした。
 その時、強烈な殺気を感じ、真吾は左へ思いっきり跳んだ。スライディングをするようにガラスだらけの床に着地をすると、後方で「ちっ」と舌打ちが聞こえた。
 そこには中尾美鶴(女子14番)が立っていた。美鶴は少し足を開いた状態で立ち、その両手には奇妙な刃物が握られていた。
 それは一言で言うならアルファベットのAの形をしており、すべてが刀身になっていた。Aの横棒のところがグリップになっており、そこを握っているのだった。
「カタールか・・・」真吾は静かに言った。美鶴の持つ武器の名前を言ったのだろう。
 だが美鶴はそれには答えず
「もう少し近づいておけばよかったのかしら? 結城クン」と言った。
「いいや、攻撃するにはいい距離だったと思うぜ」真吾は面白くも無さそうに言った。
「じゃあ、何故あなたはかわす事が出来たのかしら? 教えてくれない?」美鶴は二歩ほど前進しながら言った。真吾はそれに合わせて二歩さがると
「自分で考えろ」と冷たく言った。
 それを聞いて美鶴はにやりと笑った。クラスでベスト3に入る美しいその顔は、少しばかりの邪悪な笑みで損なわれるような事はなかった。むしろ邪悪なものが、違った形での美をかもし出し、相乗効果でより引き立つ様であった。
「同門の後輩じゃない。少しくらいサービスしてくれてもいいでしょう?」
 美鶴は言った。真吾はそれを聞いて露骨に嫌そうな顔をした。それを無視するように
「小野田の変態野郎を追いかけてきたら、いきなりメインディッシュに当ってしまったわね。まあ、あなたとはいつか決着をつけないといけないとは思っていたのだけど・・・まさかこんなにもすばらしい舞台で戦えるなんて思わなかったわ」
 美鶴は恍惚とした表情で言った。
「斉藤さんの敵討ちは偉いと思うが、勝手に俺を舞台に上げるな! それに、男のケツを追っかけるなんて専守防衛大付属高校に入学するエリートがする事じゃあないだろう? 追いかけるにしても、もう少しマシなのにしとけ。あの本部にいた沼田っていうおっさんなんか、お前にお似合いだぞ」真吾は美鶴から目を離さず、小野田に投げたモノを右手グローブの手首にあるポケットの様なケースにしまいながら言った。
「清実を殺したのは小野田じゃあないわ、別の奴よ。私はこいつみたいな女の敵を始末しておこうと思っただけ。それよりもそれ、あの朝宮とか言う女が使っていたモノじゃあないの? あなたの武器はそれ?」と美鶴が聞いてきた。
 真吾は感心したように
「へえ〜。さすがだな、アレが見えたのは俺だけかと思った・・・」と言った。
 美鶴はふ〜んとうなずく様に首を振っていたが、いきなり間合いを詰め、素早く手を交差させると左右の手に握った武器をふるった。真吾は先に来た左手の攻撃を後ろに下がってかわし、右手の攻撃は自分の右側に動いて避けた。
 二人は玄関ホールのちょうど真ん中で対峙する形になった。
 真吾の後ろには受付カウンター、左手に玄関、右手に2階への階段、真吾の正面で美鶴の後ろにはソファーの山とその横に倒れている小野田、そして二人の間には安田順の遺体という、どこかシュールな状況であった。
「いい攻撃だ! と言いたいけど、やっぱり手の攻撃は苦手みたいだな」
 真吾は美鶴に言った。
 ───ちっ、蹴りなら当たっている間合いだ。この武器に慣れきっていない為に全体のバランスが狂っているという事か・・・
 美鶴は冷静に分析した。そして美鶴は最初に対峙した場所とほぼ同じところに、今自分が立っている事に気づいた。美鶴は一瞬で戦法を変えた。
 いきなり真吾に背を向けると、意識を取り戻して立ち上がろうとしている小野田の方へ走った。
「やめろ!」真吾はそう叫ぶと、美鶴が思った通り追いかけてきた。
 真吾には美鶴が攻撃目標を小野田に変えたように見えたのだろう。だが、美鶴は
「ひいいいぃぃ」と、恐怖のあまり叫びながらしゃがみ込もうとする小野田の事など放っておいて、振り向きざまに右手のカタールを振るった。
 それは真吾の胴体部のどこかを切り裂くはずであったが、美鶴は手応えをあまり感じなかった。真吾は美鶴の攻撃を予想していたかのように、カタールを避けようと直前で自分のスピードを殺そうとしていたのだ。しかし、床一面に散らばったガラスのせいで制動が十分ではなかったようで、右わき腹あたりから左の胸まで真吾の学生服は切り裂かれていた。
 美鶴は、バランスを崩した真吾に襲い掛かった。今度は横に凪ぐような使い方をせず、真吾の胴体を突きに行った。
 それでも真吾の身体を捕らえる事は出来なかった。まるで真吾の立体映像に切りつけているような気分であった。しかし美鶴の二つ目の策は見事に当たった。
 後ろに下がりながら攻撃を避けていた真吾が安田順の遺体につまずいたのだ。
「かかったな!」
 美鶴はとどめを刺そうと、バランスを崩して後ろに倒れようとしていた真吾に突きかかった。しかし真吾は倒れながらも、その右手を前に突き出した。
 ジャッという音と共に美鶴の顔面めがけて銀色の塊が飛んできた。美鶴はとどめを刺す為に真吾との間合いを詰めていたため避けられず、突こうとしていた右手で顔面を防御した。
 金属同士がぶつかり、擦れあう音がして美鶴の右手は弾かれた。前進していたスピードも止められるような凄い衝撃だった。
 美鶴がその攻撃でひるんだスキに、真吾は後方に転がって体勢を整えると病院の外へ走り抜けた。
 美鶴は美しい髪を振り乱し、鬼のような形相で追いかけようとしたが自動ドアの感圧マットのところで立ち止まった。ここを通る際、真吾が不自然にここを避けていったのが気になったのだ。
 ───罠でも仕掛けてあるのかも知れないな・・・。
そう思いながら美鶴はホールの方へ振り向いた。そこには爆発でやられた誰のものか分からない死体があるだけで、小野田の姿は無かった。
「チッ。どっちも逃がしてしまったか・・・」
 美鶴は悔しそうに言うとカタールを握りなおし、自分が入ってきた窓から外へ出ようと歩いて行った。





 静寂が戻ったロビーで動いているのは、壁にかかっている時計の針だけであった。
 それは9時30分を指していた。

第二部 序盤戦 完

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