BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


≪第三部 中盤戦≫

35

[secret base 〜君がくれたもの〜(ZONE)]

 沢渡雪菜には時間の感覚が無くなっていた。そして空間の感覚も鈍くなりつつあった。

 雪菜は暗闇の中にいた。そう、あのコテージで五代冬哉と最初に隠れていた隠し部屋だった。コテージを外から攻撃された時にとっさに冬哉が雪菜をこの部屋に押し込んだのだ。

 冬哉は毒蛇に右手のひら、小指側の部分を噛まれていた。応急的に手首と肘を軽く縛り傷口から毒を吸い出したものの、投薬などの療法を取れずにいた。血清など、ここにはないのだ。
 雪菜は何か別の方法を取ろうとしたが、いい案は浮かばなかった。
「さ、さわた…り、今…何時だ?」冬哉は苦しそうに聞いた。
「今?
ごめんなさい、時計が見れないの」雪菜は申し訳なさそうに言った。外にはまだ誰かがいるかもしれないし、何より雪菜の腕時計は普通のアナログクォーツだったのでこの闇の中では見る事が出来なかったのだ。
「オレ様の…時計はバッ…クライト付きの高級品だから…分かるはずだ。…どうだ?」
 冬哉はいつもの軽口をきいたが、明らかにキレが落ちている。やはりつらいのだろう。雪菜は治療のために外していた冬哉の時計を見ると
「今、9時少し前よ。冬哉君の手も思ったより腫れていないし・・・少し安心したわ」
 雪菜は笑顔を作った。それは無理な笑顔ではなく本当に出たものだった。姉に聞いた知識からすると、30分経って腫れが引かなければ切開するなどしていろいろな処置が必要になるがこの様子だとそれほど毒は注入されなかったようだ。
 だが、冬哉の様子は依然として好転しなかった。雪菜は冬哉の額に乗せた濡れタオルを取り替えながら
「冬哉君、あなたの熱が下がらないの。ヘビの毒のせいだとは思うんだけど…ここに何か毒蛇に噛まれた時の薬は無いかしら?」と、訊ねた。だが、冬哉は首を横に振った。例えそれがあったとしても、冬哉にはどれがその薬品なのか判らなかった。
「オレ様は…ヘビの毒で死ぬのか?
…全く、し、締まらないよな…」冬哉はつらそうに言った。
「お絹ちゃんが斬ったヘビの頭を見たけれど、多分ハブだと思うの。ハブの毒が効いているのなら時間的にもう冬哉君は死んでいるわ。それとも私はゾンビと話をしているのかしら?」
 雪菜は、冬哉を元気づけようと精一杯のジョークを考えて言った。冬哉は薄く笑うと頷き
「OK…判ったよ。でも、この…体のダルさだけは…どうにかしたいものだな」と言った。
 冬哉の熱を下げようにも、ここには十分な薬も水もないのだ。
 ───どうすれば…真吾、私どうすればいいの……
 雪菜は唇を噛んだ。冬哉にはずっと守ってもらっていてばかりいた。今度は自分が冬哉を助けなければならないのに…。
雪菜は自分自身が歯がゆかった。
───こんな時、真吾ならどうするかしら?

雪菜は考えた。真吾なら自分の持っているものを最大限に使う。そして必要な物がなければ、調達しに行く。
 雪菜は支給された地図を見た。明かりがほとんどないので顔を近づけ、指で一つ一つのエリアを確認しながら見ていった。
 ───ここなら水はある。薬もあるかもしれない。
 雪菜の指が押さえている場所は、黒田亜季たちが集合場所として選んだ、E−2エリアにある水質試験場だった。
「冬哉君、ここから1km位北に行ったところにある水質試験場に行こうと思うんだけど・・・どうかしら?」
 雪菜は、熱を出している冬哉に無理はさせられないので自分だけで何とかしようと思ったのだ。
「よし、1km位なら・・・大丈夫だ。準備をしよう」
 と、冬哉は自分のバッグを引き寄せようとした。雪菜はあわてて
「何を言っているの? 私が行ってくるから一人でも大丈夫かしらっていう意味で訊いたのよ!」と、言った。
 冬哉は少し困惑した顔をしたが
「何を言うてるねん。お前だけで行かせられるか! お前を真吾に会わせるまで危険な事をさせられるかい。大体、女に守ってもらうなんていうのはオレ様の主義に反するねん」
と言った。先ほどより口調がしっかりしてきたのは少し体調が良くなったからだろうか。
 雪菜の返事を待たずに冬哉は自分の小さなリュックを背負った。雪菜は迷ったが
「わかったわ。でも、これだけは約束して」と冬哉の顔を覗き込むようにした。
 冬哉は一瞬どきっとしたが、雪菜に悟られないように口元に薄笑いを浮かべ
「何だい? まさかオレ様にお前の荷物まで持てって言うんじゃあないだろうな、沢渡?」と、言った。雪菜はそんな軽口を無視するかのように
「自分の身を犠牲にして、私をかばうような事をしないで」と、念を押すように言った。
 その言葉を聞いて、もう一度ギャグでもカマそうかと思っていた冬哉は当惑した。そんな冬哉を見ながら
「冬哉君が私をここまで守ってくれた事は本当にうれしかったし、正直助かったと思っているわ。でも、他の人は…違う。さっきの事でよく判ったの・・・・・・」と、雪菜は静かに言った。
「今の冬哉君はケガもしているし、毒もまだ残っている。私をかばおうとすると余計に体に負担がかかるわ。普通のオリエンテーションなら、のんびり行きましょうって言えるけど今回は命がかかっているのよ」と雪菜は続けた。
「命がかかっているからこそ強いものが弱いものを守るべきなんじゃあないのか?」
 冬哉は雪菜に問答を仕掛けるように言った。それを聞いて雪菜は首を横に振った。
「さっきも言ったように、普通ならそうだけど今は違う。私たちは『プログラム』に参加させられているのよ。強い者だろうが弱い者だろうが関係なく襲われるわ。私も自分の身は自分で守らないとダメなのよ。真吾に会うまでは・・・。だから、冬哉君も自分の身を守る事だけを考えて欲しいの」
 雪菜は目に涙を浮かべて言った。冬哉はその涙を見て頷くしかなかった。それは、彼女の決心を表す涙であったからだ。
「よし、分かった。でも、もし襲ってくるやつがいたら・・・その時は絶対に躊躇するな。心を鬼にして戦うんだ。いいな!」と、言った。雪菜はこくりと頷き、涙を拭くと
「わかったわ・・・」と、言った。雪菜はまだ戸惑っているようだったが、それはそれで構わないと冬哉は思った。冬哉は強張った表情の雪菜を見て、薄く笑った。
 ───全く、真吾とそっくりだな。どんなヤツでも傷つけたくないっていうのは・・・。だけど、お前を真吾に会わせるまでは絶対に死なせない。オレ様の命に代えてもな!
 冬哉は心の中でつぶやいた。


 数分後、二人は隠し部屋からリビングをぬけて外へと出た。
 そして、周囲を警戒しながらゆっくりとした足取りではあるが、目的地である水質試験場へと歩き始めた。

【残り 27人】


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