BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
37
[CAT’S EYE 〜デリンジャー〜(刀根麻理子)]
時計の針は10時少し前を指している。
若松早智子(女子22番)は、極度の緊張によりこわばった体を揉みほぐすように摩った。
ボランティア実習に行く前夜に行った「タロット占い」では、「塔」のカードが出た。これは「旅の中止」や「事故」を暗示するカードなのだが、正にぴたりと当ってしまったのだ。
「どうしてこんな事になっちゃったんだろう?」
3年4組の生徒の誰もが思っているセリフを口にした。早智子自身も昨夜から何度も頭の中を駆け巡った言葉だった。
早智子は「和田さん」や「渡辺さん」がいない限りいつも出席番号が最後だったので、色々と不愉快な思いをしてきた。視力がよくないのに後ろの席だったり、プリントが一枚足りなくて自分で教卓まで取りに行ったりとくだらない理由ではあったが、とにかく早智子には低い身長よりも姓がコンプレックスだったのだ。
だが「プログラム」の出発の時に限って一番になるとは…。
早智子は谷村理恵子(女子11番)、鄭華瑛(女子13番)、藤川恭子(女子18番)そして本田洋子(女子19番)と仲が良かった。出席番号順であればグループの仲間と合流する事も容易だったのだが、自分が最初の出発であった為それは全く不可能になった。
早智子は、とにかく一番目の出発という利点を活かそうと思った。待ち伏せの心配がないというのは、かなり有利に思えたのだ。
「本部」を出発してまっすぐ東町住宅の方に向かった。住宅街なら隠れられる場所も多いと思ったのだ。だが、どの家も鍵がかかっており進入するにはどこかを壊す必要があった。
早智子にはその度胸が無く、仕方無しに海岸沿いを移動して、今隠れている漁業組合の事務所にたどり着いたのだ。
ここはそれほど大きな建物ではないものの、漁業の組合だけあって事務所の横には機材置場があり、いろいろな道具が置いてあった。
早智子は最初事務所に隠れていたのだが、同じ事を考えて夜中の内に数人が訪れたので、怖くなって事務所の奥にある集会場に移動した。ここには2ヶ所出入り口があったので万が一の時にはどちらからか逃げられると計算したのだ。
侵入者は心配なかったが、夜中にすぐ近くの海岸で爆発が起こり事務所のガラス数枚にヒビが入った。そして1時間ほど前に病院の方で同じ様な爆発があった。山の方から銃声は聞こえてくるし、6時の放送でも発表があった通りかなりの人数が死んでいる。やる気になっている者はいるのだ。
早智子は気づかないうちに自分の武器であるハイスタンダード22口径 デリンジャーを握り締めていた。
「プログラム」が始まった時には感じていなかったのだが、今は違う。
───誰かが私の願いを叶えてくれている?
早智子は6時の放送を聞いたときにそう思った。死んだ男子は全員、早智子が殺してやりたいほど憎んでいた連中だったからだ。
───だけど、一体誰が?
早智子の頭の中にはクエスチョンマークがいくつも踊っていた。
少し余裕が出てきたのか、自分のカバンから愛用のタロットカードを取り出すとカードをテーブルに並べ始めた。これからどうすればよいのかを占ってみようと思ったのだ。
数枚を抜き出し縦と十字に並べ、次々と開いていった。
タロットカードで占う場合、そのカードがどちら向きかで意味が変わってくる。
上下が正しく出た場合は正位置といって、カードに描かれた絵のもつ意味をそのまま解釈すればよいが、上下が逆さまに出た場合は逆位置といい、絵の持つ意味と逆の解釈をするのだ。
例えば、「世界」のカードは正位置ならば『勝利・調和』などを表すが、逆位置であれば『敗北・破滅・終末』などを表すのだ。
早智子はいつもと同じ様に気持ちを落ちつかせると、まず自分に影響を及ぼす者を意味するカードを開いた。
そこには「魔術師」の逆位置と「戦車」の逆位置、「運命の輪」の正位置と「太陽」の正位置が出た。
次に自分の運命に関するの部分のカードを開くと、『闇』を現す「月」の正位置と「死神」が正位置、そして「世界」のカードが逆位置で出てきた。
早智子は自分の死を覚悟した。
もちろんこのクラスの「プログラム」で優勝するなど考えられない事だったが、ずっと隠れていれば誰も殺す事無く優勝してしまうのでは? という淡い思いはあったのだ。カードを念入りにシャッフルして数回占ったが、何度やっても仕掛けがあるように『終末』を意味する「世界」の逆位置と『希望』を意味する「太陽」の正位置が出てくる。
そして全体的な意味も最初に占った結果とそう変わりは無かった。
早智子は、これから自分はどうするべきかを考えた。
このまま隠れているか、それとも外に出てその時の状況に身を委ねるか…。
しかし、早智子が結論を出す前に事態は動き始めた。事務所の方で何か音がしているのだ。早智子は全身に鳥肌が立つのを覚えた。
───大丈夫、鍵はかかっているわ。今までみたいにすぐ立ち去るはずよ。
自分に言い聞かせた。
だが、今までよりも長くドアの所にいる気配がする。ネズミが家の柱を齧るような音も微かだが続いている・・・。しばらくしてそれは止んだ。
───いつまでこんなことが続くの・・・
早智子の目に涙が浮かんだ。その時ガチャリという音がして事務所のドアが開いた。
早智子は、奥二重で猫の目のように目尻の切れ上った瞳をくるくると絶え間なく左右に動かし、誰が来たのかを確認しようとしたが、侵入者はドアの外側を触ると素早く中に入って鍵を閉め、事務所の机の下に隠れた。
誰かは判らなかったが、とりあえず学生服を着ていたので男子だという事は確認できた。
早智子は覚悟を決めた。
───男子には容赦しない、誰であろうとやっつけてやる。
そう思い、デリンジャーを握り締めた。
ゆっくり入り口の方に近づき、ひと呼吸置くと一気に入り口の前まで行き支給されていたデリンジャーを突きつけた。
だが、先ほど侵入者が隠れた机の陰には誰もいなかった。早智子が不思議に思って周りを見回そうとした時、横から腕が伸びてきてデリンジャーごと早智子の手を掴んだ。
【残り 27人】