BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
38
[fortune(小柳ゆき)]
若松早智子(女子22番)は、急に腕をつかまれて、パニックになった。
だが、とにかく銃を撃てば早智子の背中側にまわった侵入者も音に驚いて手を離すだろうと思い、夢中で引鉄を引いた。
しかし、何かに引っかかったように引鉄を引く事が出来ない。
───もうダメだ。やっぱり占いは当った。
両手の自由を奪われ、口まで押さえられた早智子の目から涙がこぼれた。
───あの時と同じだ・・・。
忌まわしい記憶がフラッシュバックし、早智子の意思に反して四肢から抵抗する力が抜け、そして今度は硬直するように強張っていった。早智子はそのまま崩れ落ちるように座り込むと、ぶるぶると震え始めた。
侵入者は様子のおかしい早智子に
「どうした? ケガをしたのか? 若松さん」と訊いた。
侵入者は訊きながら、そうなる理由を思い出した。早智子の持つデリンジャーを押さえながら、危険を承知で前に廻った。
早智子の大きく見開かれた目に映ったその人物は結城真吾(男子22番)であった。
「若松、俺はお前に何もしない。やる気も無い。俺を信じてくれ!」と、真吾は強い口調で言った。「大丈夫、大丈夫だ!」早智子の肩を抱きながら真吾は繰り返し言った。
男子は絶対に信用できないと考えていた早智子が、普通に話をする数少ない男子の一人が真吾であった。早智子は徐々に落ち着きを取り戻していった様で、ゆっくりと真吾の方を見上げた。
警戒心が薄らぎ視点が定まってくると震えも止まり、落ち着きを取り戻した。すると早智子は真吾の頬の傷と学生服の腹部に気が付いたようで「どうしたの、これ!?」と訊いてきた。
真吾は普段通りの早智子の言動に安心し、少しはにかんだように
「こっちは朝宮みさきにやられた傷で、こっちは美鶴に斬りつけられたんだ。俺は何にもしていないのにさ。腹の方は皮一枚斬られたくらいで済んだよ、ツイていた」と、幼稚園児が保母さんに報告するように言った。
早智子は、話の内容に反して真吾のその言い方が可笑しくてクスッと笑った。それを見て真吾は敵意が無い事を示すために、自分の荷物を少し離れたところに置くと
「誰かここに来たかい?」と訊いた。
「何人かは来たけど、中に入ってきたのはあなただけよ」と、早智子が言うと申し訳無さそうに
「ゴメン。探し物をしていたからさ。じゃあ、ここは割と安全なんやね」と、少し安心したように言った。お互いにこれまでの事を簡単にだが説明しあった。ちょっとした沈黙の後
「なあ、若松さん得意のタロットカードで俺の今週の運勢を占ってもらえないかな?」と真吾が訊いてきた。
早智子は少し戸惑ったが
「いいわよ。でもいつも言うように悪い結果が出ても恨みっこなしよ」と言ってカードを繰り始めた。そして手に持っていたカードを伏せた状態で扇型に広げると「一枚、選んで」と言って真吾の方へカードを差し出した。
真吾が一枚だけを選び少しだけ引き出すと、それを事務所の机の上に置いた。先ほどと同じ様に、そのカードを真ん中にして十字と縦にカードを並べた。
一枚ずつカードを開いていくと不思議な事に『破滅』を表す「世界」の逆位置と『生』を意味する「死神」の逆位置が出た。
真吾の選んだカードをめくると「太陽」の正位置であった。そしてそれに影響を及ぼす周りのカードを開いていくと「恋人」、「皇帝」、「女帝」そして「愚者」のカードがすべて正位置で出た。
「結城君の運勢は・・・よく判らない。でもこのカードを見る限り、光が見えないわ。周りのカードを見る限りあなたの生死の鍵を握っているのは恋人の沢渡さんね」
早智子はそこまで言って、しまったと思った。真吾の死を口にしてしまった事と、真吾と沢渡雪菜(女子9番)は5月ごろ別れたという事を思い出したのだ。だが真吾は気にした風でもなく
「そっか、じゃあ雪菜になんとしてでも会わんとあかんな。若松さんの占い当るし・・・。なあなあ、俺が『太陽』のカードを引き当てるっていうのもスゴイと思わへん? 自分で言うのも変やけど『ブラック・サン』やし。よほど太陽に縁があるんやなぁ」
と、また子供のように言った。早智子は申し訳無さそうに
「怖くないの? あなたの命の行く末がわからないのよ」と訊いた。
真吾はいつものように微笑むと
「怖いよ。でも、『死ぬ』より怖い事があるからね。そう言う若松さんはどう?」と、いたずらっぽく真吾が尋ねた。早智子は
「死ぬっていう事は怖いわよ。でも、貧乏人も金持ちも、男も女も、子供も大人も、大東亜人も米帝人も、生まれた瞬間から平等に与えられるものが『死』でしょう? 早いか遅いかは個別のものだから仕方ないわ。ただ、私には『命』を自分以外の人間に左右されて、弄ばれる方が頭にくるの。もちろん、私自身も他人の生死に干渉したくない。だから、『プログラム』にはのりたくないの!」と、力強く言った。
早智子は、そうしてきっぱりと言えた事で何かすっきりした。自分の言葉を聞いて頷き、微笑んでくれている人間が居る事が何故か無償にうれしかった。
頬の傷のためか、少しぎこちない微笑を浮かべる真吾に
「これからどうするの?」早智子は曖昧な表現で真吾に尋ねた。
「とりあえず、岬っていうか桟橋のほうに行ってから水質試験場に向かおうと思うんだ。そこに黒田さんたちのグループがいるからね」
と真吾は言った。なぜ黒田亜季(女子5番)達の事を真吾が知っているのかという疑問が頭をよぎったが、間髪いれずに「私も連れて行って!」と早智子は言った。
真吾は即答しなかった。早智子を連れて行くべきかどうか悩んでいるようであった。
しばらく考えた後
「岬には危険だから俺一人で行く。その後ここに戻ってくるから一緒に行こう」と、微笑みながら言った。
「でも、私たちを受け入れてくれるかしら?」早智子が不安そうに言った。
「あのグループには遠藤さんがいるからね。あ、もちろん章次じゃあなくて絹子さんね。彼女とは武術の事で話をしたことがあるんだけど、すごく出来た人だから悪いようにはならないと思うよ」と、真吾は早智子の肩をポンと叩いて言った。そして
「占ってくれたお礼と若松さんの身を守るためにコイツの有効な使い方を教えてあげるよ」と言ってデリンジャーとその弾を受け取った。
持っているナイフの様なもので何やらごそごそとやっていたが、作業が終ると早智子にデリンジャーを渡した。
「弾はこの先っちょにバッテンがついているモノと何にも無い方を一発ずつ込めてくれな。コイツみたいな2発しか撃てない22口径は、頭か急所に当らないと反撃されちゃうから、よっぽどの時以外は使わない方がいい。で、撃つ時だけどさっき俺がやったみたいに引鉄とグリップの間に指を入れられると撃てなくなるからね。持つときはこんな風にした方がいいよ」
そう言って早智子の手に握らせると銃を構えさせた。銃が横になるくらい斜めに倒した状態で右手に持ち、左手は銃と右手を包み込むようにして持たせた。
「引鉄は両手の人差し指で引くようにして、銃自体を両手で押さえ込むようにすればいいよ。脇は締めて肘が腹の前に来るように、足は肩幅に開いてしっかり踏ん張れば当るよ」真吾は事務的に説明した。
早智子は自分が人の命を奪う銃を持っている事と、その使い方を熟知している真吾に恐怖を感じた。その心を読んだように
「怖いかもしれないけど、残念ながらやる気になっている連中がいるんだ。自分の身を守る術は知っておいた方がいい」と、真吾は念を押すように言った。そして最後に
「さっき言った、『死ぬ』よりも怖い事って『自分の誇りを失う』事さ。俺はそんな事あまり大事じゃあないと思っていた。だけど、それを君が教えてくれたんだ。ありがとう」そう言うと、ぺこりと頭を下げた。
早智子がどう反応していいか判らずもじもじしている間に、真吾は自分の荷物を拾い上げ、先ほど入ってきた入り口に向かった。
「結城君・・・気をつけて。すぐ戻ってきてね」早智子が不安そうに言うと
「ここは安全そうだから隠れていてくれ。生きていたら、また会おう」
そう言うといつものように微笑を浮かべ、グッと親指を突き立てて見せた。
早智子も同じように親指を突き立てて見せると真吾は頷き、そして慎重に出ていった。
真吾が出て行くと急に寂しくなった。同時に早智子と真吾の運命を示した不吉なカードの事が頭をよぎった。急に浮かんできた涙と、頭に浮かんだカードを振り払うように頭を振ると
「よし、結城君が帰ってくるまでがんばってここに隠れていよう」と、力強く言った。
しかし、彼女の占い通り「運命の輪」は回り始めていた。
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