BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
42
[PRIDE(今井美樹)]
波の音が心地よく響いている。波の音と母親の胎内で胎児が聞く音は非常に似ているそうだ。
だが、小野田進(男子5番)にはどうでもいい事だった。先ほどから続いているこのツイていない状況を打開する事ばかりを考えていた。
目の前に漁業組合の事務所が見えた。進は何気なくその建物に近づき中を覗きこんだ。
誰かいる・・・。
とっさに頭を引っ込め銃を構えたが、気づかれた様子はなかった。
そして今度はゆっくりと頭を上げ、事務所を覗き込んだ。
そこには若松早智子(女子22番)の姿が見えた。早智子の姿を見た途端、進は一気に興奮状態になった。一番ラッキーなヤツを見つけたと思ったのだ。進は慎重に建物のまわりを一周し、構造を頭に入れた。そして2つある出入り口のうち、裏口に当るドアから入ることにした。そのドアは家庭にあるすりガラスの引き戸であったという事と単純に事務所側にあったからだ。
鍵のかかったドアのガラス部分めがけて手に持った「ブルドック」のグリップを叩きつけた。思ったよりも大きな音がしたがそれに構わず鍵を開けようとした。だが、なかなか上手くいかない。
───くそっ、こんな事でもたもたしていたら逃げられる。
あせった進は銃を構えるとドアに向かって4発、続けざまに撃った。(真吾が桟橋で聞いた銃声はこれだったのだ。)
普通、銃で撃ったからといってそう簡単にドアは壊れない。だがこの時は別であった。
反動を抑えずに撃った弾は全弾引き戸のレールに当たりそれを破壊したのだ。
何かが進に味方しているとしか思えないほど見事にドアは開いた。
進は素早く中に入ると今度は事務所のドアノブの辺りを撃った。これも見事に一発で鍵が壊れ、あっさりと中に入ることが出来た。テレビゲームより簡単だと、進は思った。事務所の中には上手く進入したごほうびの様に早智子が立っていた。
進は怯える早智子の方へゆっくりと近づいていった。その時早智子がすっと手を出した。進には早智子が自分を待ちかねて手を出してきたと思った。だがその手はエスコートのために差し出されたのではなかった。ヒビの入ったメガネ越しにもその手に小型の拳銃が握られているのが判った。
「何だ? それをどうするつもりだ?」進はごく普通に訊いた。
「出て行って!」早智子は進の言う事など聞こえていないように言った。
進も早智子の言った事など耳に入っていない様に前進した。早智子は目を見開き驚いた表情をしたが、すぐに元に戻りトリガーを引いた。
ダンンッといういかにも小型の銃らしい音がしたが、弾は進のはるか後方にある壁掛け時計を破壊した。
早智子は外した事よりも引鉄の重さと銃の反動に驚いた。
無理もない。早智子の持つデリンジャー 22口径のトリガープル、つまり弾を発射するのに必要な引鉄を引く力というのは11kgである。片手で引鉄を引くのならば、人差し指の力だけでスーパーに売っている米袋を持ち上げるだけの力が必要なのだ。小柄な早智子にそんな力がある訳が無かった。
早智子が自分の撃った銃に驚いているのを見て、進はにやりと笑うと智子の足元を狙って撃った。床のアクリル板がはがれ、コンクリートが顔を出した。早智子は恐怖のあまり、反撃も出来ずその場にへたりこみそうだった。
硬直したような早智子に進はにじり寄ると、まるで恋人同士がするように早智子を抱きしめた。早智子は恐怖と生理的嫌悪が入り混じった不快感で進から離れようとした。だが片手に銃を握っているとはいえ進の力は意外と強く、早智子の力では引き剥がす事が出来ない。吐き気をこらえながらなおも抵抗を続ける早智子の耳元で進が
「そんなに嫌がるなよ。オレ知っているんだよ、あの事」と、ささやいた。
早智子は先ほどよりも激しく抵抗した。進の体を力一杯押し、すねを蹴とばした。そうしながらも涙がこぼれ出て、体から力が抜けていく。
そんな早智子に最後の勇気と力を振り絞らせたのは、先ほどまでここにいたクラスメイトの一言であった。
「『死ぬ』よりも怖い事って『自分の誇りを失う』事さ・・・」
早智子の頭の中でこの言葉が何度も繰り返された。
早智子は唇を噛むと、もう一度全身の力をかけて自分の腰や胸を無遠慮にさわりまくっている進を突き飛ばした。不意を突かれた進は足を滑らせ、しりもちを突いた。その瞬間を逃さず早智子は駆け出した。
机の上の荷物をつかむと事務所の玄関の鍵を開け、外に飛び出した。外に出さえすればいくらでも逃げれられると思ったのだ。しかし、そう上手くはいかなかった。
早智子は外に飛び出すとそこにいた人物にぶつかり、思いきり転んだ。すりむいた膝の痛みを感じる間もなく、ぶつかった相手をみて早智子は絶望的な気分になった。
男子の中で最も会いたくなかった人物、不良学生のボス中のボス、藤田一輝が早智子を見おろすように立っていた。
【残り 27人】