BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
43
[what’s your name?(少年隊)]
オレは目の前で怯えている人物の名前が思い出せないでいた。クラスメイトなので顔は覚えているのだが、名前が出てこない。
みんなもこんな事あるだろう。ノドまで出てきているけど、なかなか出てこないっていう状態。今のオレがそうなんだ。
そう、オレこと藤田一輝は漁業組合の事務所前でぶつかったクラスメイトの名前を思い出せずにいたのだ。
オレは結城真吾の忠告に従って出来るだけ誰にも会わないように移動し、合図があるまでは身を潜めていようと思ったんだ。
だから行動を共にしている谷村理恵子と相談して、結城の合図があるまではどこかで隠れていようという事になったのだが、世の中そんなに甘くはなかった。
オレが方向音痴だったためにかなり遠回りをしてしまったようだ。周りを警戒していた事もあるが、町まで降りるのに2時間近くかかってしまった。
オレ達が何とか住宅街の近くの商店街までたどり着いたところで一発の銃声が響いた。いきなり物陰から撃たれて、オレ達はあわてて逃げ出した。撃った奴が誰かは分からなかったが、とにかく女子だった。
誰だろうが興味はないが、やっぱりオレはこういう時にイの一番に狙われるようだ。
通りを駆け抜け襲ってきた奴をまいた所でオレは自分が大マヌケの自己中野郎だと思い知った。理恵子の左肩から血が流れていたのだ。
結城にもらった救急箱を見たが、オレにはどれが使えるのか判らなかった。
さっき商店街の中を駆け抜けたとき、確か薬局があったはずだ。オレは一人で戻ってせめて消毒薬を持ってこようと思ったのだ。
しかし、それには理恵子が反対した。何があってもオレについて行くと言うのだ。
あまりの強情さにオレはついに折れた。出来るだけ無理の無いように、理恵子をかばうようにしながら商店街へと急いだ。そして到着すると同時に薬局の中を探したが、そこは誰かが荒らしまわった後だった。しかも、ご丁寧に薬品棚から何から銃で撃っていやがる。よっぽどヘソの曲がったやつが来たのだろう。
仕方なく応急処置として傷口を水で洗い、奇跡的に残っていたガーゼで傷口を覆った。そしていつも腹に巻いているさらしを解き、適当な長さで切るとそれで傷口を縛った。
「大丈夫か?」オレは理恵子に訊いた。弾はかすっただけだったが、大丈夫ではあるはずはない。撃たれたショックもあるとは思うが、顔色もあまり良くはなかった。だが理恵子は気丈にも
「これくらい大丈夫よ、いっちゃん」と、オレに笑顔まで見せた。オレは自分自身が、なんと無力なのだろうかと実感した。不良連中の頭などと言われて一般ピープルには恐れられたオレが、たった一人の幼馴染さえ守ってやれないのだ。
今朝死んだ石田正樹(男子2番)が言った言葉がオレの心に突き刺さる。
『オレたちがおったから威張っていられたんやないか!』
くそっ! 確かにその通りかもな。だがオレはまだ生きている。オレが生きている限りは絶対に理恵子だけは守ってみせるぜ!
とにかく、もう少しマシな治療をしないと理恵子もオレも体力より気力が尽きて動けなくなると判断した。
「病院に行こう!」
普通の生活なら当たり前のセリフをオレは口にした。だが、今ははっきり言って自分の命を賭ける事にもなりかねなかった。外を出歩くのは自殺行為だし、小一時間前に病院の方で爆発が起きていたからだ。だが、理恵子は少しも迷わず
「うん。いっちゃんと一緒なら行く」と、言った。けなげでいい女だ。こんな状況じゃあなかったら抱きしめて・・・。
オレは苦笑いした。こんな状況じゃあなくてもそうしたい。こんな事はこいつに言えないけどな。そんなそぶりを見せないようにしてオレは出発の準備をした。
結城にもらったワルサーPPKは理恵子に持たせ、オレは理恵子に支給されていたWZ63というサブマシンガンを付属のキャリーベルトで首からさげた。十分に周りを警戒しながら病院への道を急いだ。
海岸沿いにある漁業組合の事務所横を通る時に、中から銃声がした。オレと理恵子は顔を見合わせた。理恵子の不安そうな顔を見るまでもなく、オレはこの場を離れようとした。
誰がやりあおうとオレの知った事じゃない。理恵子だけが無事であれば良いのだ。
オレは理恵子をうながしこの場を立ち去ろうとしたその時に名前を思い出せない女子とぶつかった。彼女はオレの顔を見ると逃げ出そうとしたが、その猫の様な目だけはオレから離れずにいた。
オレは彼女に恨みはないが、結城に言われた通り理恵子以外は信用しないと決めていたので彼女にやる気があるのかどうか試した。
「おい、こんな所で何をしている?」
少々凄みを利かせた口調でオレは彼女に訊いた。
だが、彼女が答えるより前に事務所の中からもう一人飛び出してきた。こいつの名前なら分かる。陸上部の小野田進だ。
こいつの興奮しきった顔を見て状況は判った。何でオレはこんな場面ばかりに出くわすんだ? 3年4組の男子は色キチガイの集まりか?
とにかく、こいつを撃っても罪の意識はないが、売られたケンカ以外はやらないのがオレのポリシーなのでいきなり撃ったりはしなかった。小野田はお預けを喰らった犬のような顔をしながらオレをにらむと、いきなり銃を向け引鉄を引いた。
「しまった!!」オレは自分の人生でワースト3に入るくらい後悔をしながら叫んだ。
小野田が撃ってくる事を予想していたものの、ヤツがこれほど躊躇せず抜くとは思っていなかったのだ。オレはとっさに理恵子をかばうように倒れこんだが、いつまで経っても銃声はしなかった。
そう、小野田の銃は弾切れだったのだ。
オレは素早く起き上がると、あわてて銃に弾を込めようとしている小野田の顔に右フックを叩き込み、さらに左のアッパーをボディーにぶち込んだ。声もなく崩れ落ちる小野田のあごに右足でキックをぶち込むと名前を忘れたクラスメイトに
「おい、今のうちに逃げろ」と言った。
「サッチン、こっちに来て!」同時にオレの後ろで理恵子が叫んでいた。
彼女はどうしていいのかわからない様子だったが、オレ達と小野田を交互に見るとオレ達が来た西の方向に向かって駆け出した。
その背中を見送りながら理恵子を立たせると、小野田に用心しながら病院へ向かって歩き始めた。そして、横に居る理恵子に
「なあ、さっきの子の名前・・・何って言ったっけ?」と訊いた。理恵子は少し驚いたような顔をしたが
「若松早智子さんよ。一番目に出発したじゃない」と教えてくれた。
オレはようやくスッキリした気分になり、目的地である病院へと急いだ。
【残り 27人】