BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
44
[Keep your hands yourself(Georgia Satellites)]
広瀬知佳(女子17番)はようやく南おのころ総合病院のそばにたどりついた。
今朝までは彼女のグループと行動を共にしていたが、隠れ家として選んだコテージに先に来ていた五代冬哉と沢渡雪菜と会ったあたりから少しずつ歯車が狂い始めた。
いや、それ以前に彼女のグループではない横山千佳子の同行を許したあたりからおかしくなっていたのかもしれない。とにかくコテージでの仲間割れから、別の襲撃者の接近を許し、結果的に全員がバラバラになってしまったのだ。
そして、その時の攻撃で知佳は右肩と左脇腹を負傷していた。どちらも銃創であった。
腹の方は弾が完全に突き抜けていたが、右肩の方は肩甲骨の辺りで弾が止まる盲貫銃創であった。だが知佳はそんな事など全く判らなかった。ただ、ケガの治療をしたいがために商店街の薬局へと足が向いていた。
商店街に着いたのは9時近くだった。だがそこで知佳が目にしたのは粉々になり、荒らされた後の薬品棚であった。知佳は全身の力が抜けていくのを覚えた。重い体を引きずるようにしてようやくここにたどり着いたのに、治療をするための薬品も何もなかったのだ。
「何で? 一体誰が? ・・・・・・チクショウ!!」 知佳は普段は使わない下品な言葉で悪態をついた。
「雪菜と千佳子のせいよ。あの二人さえいなければ、こんな目に会わずに済んだのに・・・冬哉君が優しいのを利用しやがって!」 しゃべる言葉にも力がなくなっていた。だが、こうして怒りを口にする事で体が動きそうだったのだ。
知佳はバッグから水の入ったボトルと地図を取り出した。周りの警戒もしながら地図を見ると病院が目に入った。
「あとは、ここにいくしかないわ・・・」
そう言うと、ボトルのキャップをむしりとるようにして開けて水を飲んだ。先ほどから妙にのどが渇き、寒気がする。敗血症と撃たれた際のショック症状なのだが、知佳にはそれとは判らなかった。
学校の成績はクラスで一番、学年でも5番以下にはなったことはないだろう。だがそんな成績など「プログラム」ではほとんど役に立たなかった。むしろ3年間続けたテニス部で培った体力の方がモノをいっているようだった。
知佳は脚力が今ひとつだったため、逆を突かれた時にフォアハンドで打つ事が出来ず何度も涙をのんでいた。そのため脚力を鍛えるよりバックハンドの技術を磨いたのだ。
その後脚力も順調に付き、結果的に全体的なレベルが上がる事になった。その時の苦しみがこんな所で役に立つというのも皮肉なものだと思い苦笑した。
知佳は荷物をまとめると、コテージで手に入れたスマイソン6インチを左手でしっかりと持ち、病院へ急いだ。コテージから薬局のある商店街に行くよりも舗装された道路が多いためか、思ったよりも短い時間で到着した。
だが知佳は病院に到着して、またもや絶望感に襲われた。病院の入り口は粉々に破壊されており、見るも無残な状況であった。まるで病院の入り口だけを震災が襲ったようだった。正面のロビーをよく見ると浮浪者が倒れていた。
───えっ、そんな事はありえない。だって今は「プラグラム」が行われているのよ。住民はすべて出て行って、誰もいないってあの朝宮っていう担当官も言っていた。じゃあ、あれは・・・?
知佳の頭の中で?マークが交錯しつづけた。答えはわかっているのだが、理性がそれを拒否しているのだ。
───あれは・・・まさか・・・・・・。
優等生らしく答え合わせをするために、知佳はそれに近づいた。スカートに銃を挿して両手でバランスをとるようにし、床に散らばっているガラスや瓦礫を注意深く避けながら歩いた。そうしながらも、視線だけはロビーに倒れている黒いカタマリから離さなかった。
それが何か判った時、知佳の体はすぐにその場から逃げ出そうとしていた。カタマリの正体はもちろんクラスメイトだった。だが、どのようにすれば人間があんな風になるのか。
四肢はちぎれて先が無く、体の表面は血とススで赤黒く染まっていた。そしてその周りには体から流れ出した血と体液が、まるでフランス料理のメインデッシュにかかっているソースのように死体の周りを彩っていた。不意に知佳の頭に「本部」から出発する際に建物の外で倒れていた迫水良子の顔が浮かんだ。頭に穴の開いた良子の目は、スーパーで売っている魚のようにうつろに開いたままこっちを見ていた。その良子の姿と目の前の無残な死体が重なった。
「っきゃああああああああああ」
知佳は生まれてから今まで発した事の無いくらい大きな声で悲鳴をあげていた。一刻も早くその場から離れようと駆け出した。今来た道を帰らず、山の方へ向かった。頭の片隅で地図に記した禁止エリアのことが浮かんだが、恐怖に支配された体を止める事は容易ではなかった。
ようやく知佳の足が止まったのは禁止エリアを意識したからではなく、体力が尽きたからであった。知佳は木に抱きつくようにもたれ、体重をあずけた。ぜいぜいと荒くなる呼吸を他人事のように聞いていた。頭の芯が痺れ、徐々に意識がかすんできていたのだ。
「あ、あれ・・・あれ何よ! 何であんなものがあるのよ!!」
あの光景を思い出すと胸もムカムカしはじめた。知佳は涙を流しながらえづいた。吐き出すものも先ほど飲んだ水だけで、後は胃液ばかりが胃の収縮で押し出されてきた。遠くの方から銃声が聞こえて、より気分が悪くなった。その時
「意外と足速いんだね、知佳」と声をかけられた。
あわてて振り向くとそこには竹内潤子(女子10番)が金髪に近い色に染められた髪をかきあげながら立っていた。
知佳は青ざめていた顔からさらに血の気が引いていくのが分かった。「最悪」の二文字だけが頭に浮かんだ。
「ケガをしているみたいだね。誰にやられたんだい?」
そう問い掛ける普段はあまり耳にしない潤子の声が、意外と優しい事に驚いた。だが知佳はしゃべらなかった。正確に言うと体のダルさのためにしゃべれなかったのだ。そんな知佳を見て潤子は微笑を浮かべながら
「ひょっとして仲間割れか? あんたたちは絶対に裏切る子なんていないと思っていたけど・・・わからないもんだねぇ」
と、「絶対に」のところを強調して言った。反応の無い知佳を横目で見ながら
「商店街の薬局には行った? あそこをめちゃくちゃに壊したのはワタシ。あそこ以外で薬が手に入るのは病院だけやからね。ケガをした奴は手当てをしたがるから、病院で待ち伏せておけばバッチリだと思ったんだけど・・・その前に誰か病院を爆破した奴がいてさ、えらい迷惑やわ。中も罠だらけで入れなかったからどうしようかと思っていたけど・・・でもクラス一の秀才が来るっていう事は、アイデアとしてはズバリだった様ね」と続けた。
知佳は聞きなれない声と今の状況のため、潤子の言っている言葉があまり耳に入っていなかった。ただ、「仲間割れ」という言葉と「壊したのはワタシ」という言葉だけは理解した。フラフラする体を木にもたれさせると、左手でスカートに挿していたスマイソン6インチを抜き潤子に向けた。必死で身に付けたバックハンドの要領だ。テニスの試合であったならリターンエースを取れるくらい完璧に腕を振れていた。
だが、それよりも早く潤子はスパス12ショットガンを知佳に向けトリガーを引いた。
ドンッという轟音とドゥンという鈍い銃声が同時に聞こえた。同時に銃を向けようとしていた知佳の体が左に回転した。知佳は構わず潤子に銃を向け直そうとしたがそこには銃は無かった。
銃を握っているはずの知佳の左手も。
潤子が撃った弾は知佳の左手を肘の部分で断裂させていたのだ。後から聞こえた鈍い銃声は、肘から先だけになった知佳の手が脳からの命令を実行すべく、腕から切り離されようとも引鉄を引いていたからに他ならなかったのだ。はっきりしてくる意識と同時に湧き上がって来る痛みのために、小刻みに震えながら傷口を見つめ
「わ、わたぁしぃいいいいの腕がぁああああああああ」知佳は絶叫していた。
そして、うち捨てられたマネキンのように山の斜面に転がっている自分の腕を拾いあげた時、潤子がトリガーを引いた。
ドンッという先ほどと同じ音がして知佳の体はまた、くるっと回転した。その際ショックでハンマー投げのように自分の腕を放り投げてしまった。知佳の腹部には自分の頭が入るほどの穴が開いていた。その大きさを確認するかのように自分の体に開いた穴を見ると、知佳の目はくるりと白目をむいた。マット運動の前転を失敗したかのように頭からゆっくりと崩れ落ち、知佳は二度と動かなくなった。
「ちっ。威力がありすぎるな、このスラッグ弾とかいうやつは・・・。知佳のバカ、銃まで放り投げやがって。まあいいか、また病院に来るマヌケがいるだろう。夜まではたっぷり時間もあることだしな・・・」
そう言うと潤子は撃った分の弾を込めながら歩き出した。
【残り 26人】