BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


45

[WELL COME TO THE JUNGLE(GUNS N' ROSES)]

 伊達俊介(男子13番)は背中のバッグからペットボトルを取り出すと一口水を飲んですぐにしまった。
 横にいる東田尚子(女子16番)は手に持ったレーダーをじっと見ている。俊介は尚子の肩をポンと叩き進むように促した。尚子も無言で頷き、それに従った。
 南おのころ総合病院から逃げ出した2人は、自分たちを逃がすために敢えて残った結城真吾(男子22番)と合流すべく再び病院へと戻ってきたのだ。
 病院を脱出した二人は北に向かって駆け出していた。尚子の持つ簡易レーダー『ソロモン』のおかげで誰にも会わずに済むのだ。B−9を北上していた2人であったが、ある時『ソロモン』のディスプレイが赤く点滅をした。
「どうしたのかしら、これ」そう言いながら尚子は俊介に画面を見せた。俊介は画面を覗き込むとしばらく考え
「これ画面の左端に小さな三角が出ているな。さっきまでは無かったように思うんだ。そうすると・・・ちょっと待ってくれ」
 そう言って自分の首から提げている防水ポーチを見た。そこには支給されたプログラムの会場の地図が入っているのだ。
 二つを見比べるようにしていた俊介は
「わかった! これ禁止エリアだ。左の三角は自分達がB−8に近づいたから出たんだ! 画面の赤い点滅も禁止エリアに入りそうになったから注意をしろっていう意味なんだ」と、興奮気味に言った。
 尚子もそれを聞き、自分の地図で見比べた。確かに禁止エリアに近づいていたようだ。だが、尚子は疑問に思った。
「ねえ伊達君、この機能ってなぜついているのかしら? 今は壊れていて見られないけれど、もしこれが全体図とかでも有効だったらこの『ソロモン』を手に入れた人はほとんど地図なんていらなくなると思うの・・・」と、自分の考えを俊介に言った。
「そういえばそうだな。それに後になればなるほど有利だぞ。何しろ自分が隠れてさえいれば、最後に残った一人を待ち伏せたりして倒す事が出来るんだからな」と俊介も首を傾げた。
 通常の簡易レーダーには禁止エリアへの警告は無いのだが、今年度のものに限ってこの機能が装備されていた。ヤマテツカンパニーの電子機器部門担当重役である永井洋蔵が、自分の息子である永井達也(男子14番)を陰で守るために細工をしたのであった。
 息子のいるクラスが選ばれていると判った時にその作戦に参加する専守防衛軍の師団に属する構成員を調べた。そして口が堅く階級も上の兵士に金を握らせ、何とか息子の達也に「ソロモン」が支給されるように手配もしていたのだ。これがあれば達也の性格からして最後まで逃げ回り、最終的に優勝すると踏んでいたのだ。残念ながらその思いもむなしく達也はその命を散らせてしまったが、その息子の最後を看取った俊介と尚子の命を「ソロモン」は救ったのであった。
 そのような想いを2人は知る由もなかったが、この機能をつけてくれた設計者に感謝の気持ちでいっぱいだった。
 2人は相談した結果山側に当るB−8を迂回せず、海岸沿いを通って病院に戻る事にした。
 途中何度もレーダーで確認を取りながら病院への道を急いだ。
 ちょうどB−9と10・C−9と10がそれぞれ交差する辺りに来た所で銃声がした。海岸の方から聞こえたようだったが、これが2人の足を鈍らせた。
 さらに少し間を空けて今度は軽い銃声一発と重い銃声が二発、西の山の方から聞こえた。
 体力的にもそうだが、精神的な疲労が大きかったため銃声に対しても「死」を連想させ、非常に敏感になっているのだった。
 このため先ほどよりも慎重に進むようになっていた。病院へのアプローチもC−10から直進するのではなく、一度D−10まで南下してからD−9へ入るようにした。
 真吾が無事に逃げ出したのなら、病院で口にしかけた南へ向かっているはずだったからだ。ただしD−9から病院へ続く道を避けた。見通しが良すぎるため、小野田も含めたクラスメイトに発見される恐れがあったのだ。病院への道を視界に入れながら薮の中を進んでいった。そこを進んでいよいよ病院のあるC−9エリアに入ったとき二人は落胆した。自分たち二人を示す以外の光点はレーダーの画面に映っていなかったからだ。
「どうしよう、まさか結城君・・・」尚子は最悪の状況を考えた。
「違う! 落ち着け東田。赤い光点は4つで自分達が逃げ出した時と同じ数だ。つまり真吾はここにはもういないんだ・・・」
 俊介もそう言いながらがっくりと膝をついた。このゲームの最中に特定の人物とだけ会うなどという事は不可能に近かったからだ。「ソロモン」が無事ならそれも可能だったのだが今となっては正に「あとの祭り」だった。
「どうする、これから?」
 尚子もしゃがみこむようにして腰を下ろした。かなりの時間を休む事無く歩き回ったので疲労も蓄積されていた。
 うつむいていた尚子の視界に何か動くものが入ってきた。
 ───人間だ。
 そう思う間もなく体は反応していた。支給されていたグロック17を素早くそちらに向け、トリガーガードにかけていた人差し指をトリガーへと移動させた。
 尚子は父に習った知識を思い出しながら銃を構えた。その尚子の反応を見て俊介も自分に支給されたH&K VP−70を構えたようだ。尚子は素早く標的となる人物を目視した。
 ───相手も2人・男子と女子・女子はケガをしている・こちらには気づいていない。
 最初の目視でそれだけを読み取り銃口を少しずらした。銃が草を払うような形になり、わずかだが音がした。
 しまったと思う間もなく女子がこちらを向いた。続いて男子も・・・。
 ───谷村さんと・・・藤田君・・・。
 尚子はまたも反射的に銃を向けた。そしてこちらに気付いた谷村理恵子(女子11番)も鏡に写した様に手に持った銃を向けた。
 その時、尚子の横に居た俊介が大きな体を滑り込ませるようにして入ってきた。それはまるで豹や虎のような大型猫科動物の動きであった。俊介は尚子の銃を下ろさせて
「待て! 自分だ、伊達俊介だ。自分達はやる気は無い。銃を下ろしてくれ」
 と、あまり大きな声をあげず言った。
 一輝達もこちらが誰か判ったようで手を大きく上げて合図をした。そして俊介と尚子に手招きをした。俊介は一瞬迷った後
「自分だけが行く。真吾の言った事だから間違いは無いと思うが、万が一という事もあるからな」そう言って、尚子を残して一輝たちのいる道路に出ていった。俊介は一輝たちと3mほどの間を置いて立った。
「藤田、谷村さん何処に行くんだ?」と、静かに聞いた。一輝が額の汗をぬぐいながら
「病院だ。理恵子が撃たれからな。それよりもお前の事を結城のヤツが探しとったぞ」と、言った。
「真吾には会ったよ。だけどなアクシデントがあって・・・」俊介が言いかけたとき、後ろから尚子が声をかけた。
「伊達君 誰かこのエリアに来たわ。病院に向かっているみたい、どうしよう」
「真吾かな? いや、そんな訳はないな・・・東田、悪いけど近づいてくる様だったら教えてくれ。藤田お前はどうする?」俊介は自分で決めかねて一輝に質問した。
「オレの目的は病院でこいつの治療をする事だ。誰が居ようと関係ない」一輝は言った。だがその言葉を聞いて俊介は真吾の言った言葉を思い出した。一輝の隣でつらそうに立っている理恵子に近づき、軽く会釈をすると俊介は彼女の傷をざっと診た。
「藤田、悪いが病院には行かない方がいい。多分今このエリアに入ってきたヤツはやる気になっているはずだ。病院に来るヤツを待ち伏せしているんだ」と言った。
「なんやとぅ」と、低い声でつぶやくと一輝の顔に怒りが充ちてきた。今にも飛び掛りそうになった時、一輝の上着の裾を理恵子が引いた。
「いっちゃん、結城君に言ったように伊達君は信じようよ、ねっ」理恵子は微笑みながら言った。
「でも、お前…お前の傷はどうするねん」一輝は駄々をこねる子供の様に言った。
「落ち着け藤田、まずこっちの薮に来てくれ。ここで話をするのは危険すぎる」そう言うと俊介は尚子の待っている薮の方へと一輝達を促した。
 怒りが収まらない一輝を理恵子が押し出す様にして二人は俊介達のいる薮の方へと進んだ。尚子がすぐに手を差し出し、理恵子が転ばないように誘導してくれた。
「伊達君、バッグの中に結城君が入れてくれた薬箱があるからそれをちょうだい。まず谷村さんのケガを治療しないとね」そう言って尚子は理恵子を座らせた。2人はクラスであまり話した事はないのだが、一年生の時に同じクラスだったので全く知らない仲ではなかったのだ。その様子を心配そうな顔で見ている一輝に
「真吾からお前達に会ったという話は聞いている。もちろんやる気が無いっていう事もな」と俊介は言った。一輝はけげんな顔をしながら
「何で結城と分かれたんや。それよりどうやって合流した?」と俊介に訊いた。
 俊介はこれまでの事を大まかに話した。病院内でのクイズ、永井達也の死、安田順と小野田進の襲撃、そして真吾が囮になって自分たちを逃がしてくれた事。
 理恵子は涙を浮かべ、一輝は唇を噛みながらそれを聞いていた。
「くそっ、小野田の野郎にはさっき会うたんや。そうと判っているんやったら、もっと念入りにぶちのめしておけばよかった!」一輝が悔しそうに言った。
「小野田は無事だったのか? …まさか真吾はやられたのか」俊介は独り言のように言った。一輝は首を横に振り
「分からんけど、ケガくらいはさせられたかもな。でも小野田なんかに簡単に結城がやられると思うか? あいつにケガをさせるだけでも結構大変やぞ」と、一輝が治療を終えた理恵子と尚子の顔を見ながら言った。理恵子も一輝の考えを肯定するように頷き
「きっと大丈夫よ、結城君は。万が一の時は結城君と会う方法もあるし」と、優しく言った。
「えっ、谷村さん・・・結城君と会う方法を知っているの?」と、尚子が目を丸くして訊いた。理恵子は少し驚きながら
「ええ、どうしても困ったらこの発煙筒を焚くようにって。彼も脱出の準備が出来たら・・・」
と言いかけた。俊介が人差し指を口に当て理恵子の話を中断させた。一輝がけげんな顔をしながら
「どうした伊達。何かあったのか?」と、訊いてきた。俊介は一輝にも同じ事をして見せ、一輝の手のひらに指で『首輪にマイクとカメラ』と書いた。一度では伝わらなかったので、それを2度繰り返した。一輝も理恵子も驚き、思わず首輪に手をやった。それを見て
「会話は必要最小限にした方がいい」と俊介は二人に言った。二人ともうなずいた。
「真吾とは確か教会でおち会うんだったよな。先にそこまで移動しないか? 横は墓地だし気味が悪いから近づくヤツもそんなに居ないだろう。どうだ?」
 俊介はみんなに聞いた。反対するものは居なかった。
「谷村さんの傷はどう?」と、俊介が尚子に訊いた。
「血も止まっているし、かすっただけだからしばらくは大丈夫だと思うの。谷村さんどうかしら?」理恵子に確認をするように訊いた。
「大丈夫よ。私のことは気にしないで」理恵子は力強く言った。
「こんな事になるんやったらキャンプ場にあった車をかっぱらってくればよかったな。まあ、襲ってくださいって言うようなモノやけど・・・。よし、じゃあ墓地だけにボチボチ行くか」一輝が言った。3人ともあっけにとられた顔をした。それを見て一輝が「なんや、面白くないか?」とすねたように言った。
「い、いや少し驚いたんだ。お前がそんなギャグを言うと思っていなかったから・・・」俊介は動揺を隠すようにして荷物を抱えた。
「私もいっちゃん・・・藤田君の冗談を聞いたのは久しぶりだわ」理恵子は吹き出しそうになるのをこらえながら言った。
 尚子は3人の中で一番驚いた顔をしていた。
「ごめんなさい、藤田君ってもっと怖い人だと思っていたから・・・」と言いながら俊介と同じ様に荷物を持ち、レーダーを確認した。さっきレーダーに入った人物は病院から動いていないようだった。
 一輝はみんなの感想が聞こえないフリをして
「オイ伊達、もし結城より先にオレに会っていたら・・・お前、オレを撃ったか?」と、訊いた。俊介の顔から笑顔が消えた。尚子や理恵子も顔を曇らせ一輝の方を向いた。一輝の質問の意図は判らないが、その真剣さだけは伝わったからだ。
「正直言って判らない。でも、出来るなら自分はクラスメイトを撃ったりしたくない」と俊介は言葉を選んで言った。
「オレが誰かを殺している所に出くわしてもか?」一輝がさらに訊いた。
「若松さんの一件を自分も真吾に聞いている。お前がそんな事をするのにはそれなりの理由があるんだろう・・・自分は、いきなり撃つような事はしたくない」今度は俊介が少し怒ったように返答した。
「甘いな、伊達・・・」と一輝が俊介の肩を抱いた。俊介はそれを振りほどきながら
「よく冬哉に言われるよ。真吾よりはマシらしいけどな」と少し嫌そうに言った。一輝はポンと俊介の肩を叩き
「やっぱりお前たちは変わっているよ。だけど・・・最高だ」と言うと俊介の厚い胸をドンと拳で突いた。
「じゃあ、本当にぼちぼち行こう」苦笑いを浮かべた俊介が一輝に突かれた胸を摩りながら言った。

【残り 26人】


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