BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
46
[HAND IN MY POCKET(ALANIS MORESETTE)]
沢渡雪菜と五代冬哉はゆっくりと、だが確実に目的地である水質試験場へと近づいていた。冬哉の体調の悪化とクラスメイトの襲撃を避けるために、出来るだけ身を隠しながら慎重に進んだ。
本来は町のほうから水質試験場までは車一台が通れるくらいの林道の様な道があるのでそこを通ればよいのだが、やはり山道の方が見つかりにくいという点と万が一襲われた際に身を隠しやすいと冬哉が主張したためその道は使わなかった。
実際こうして歩いている間にも何度か銃声や爆発音が聞こえた。一度、今まで聴いたことが無いほど近くで銃声がしたため急いで草むらの中に身を隠してそのまま10分ほどじっとしていた。
午後の放送を聞くまではっきりしないが、このままだとかなりの人数が死んでいるのではないかと雪菜は考えていた。
「何人くらい生き残っているんだろうな・・・」
雪菜の心を見透かしたように冬哉がつぶやいた。
雪菜はそれには答えなかった。いや、答えようが無かった。
「あと2、300mで着くわ。がんばっていきましょう」自分にも言い聞かせるように冬哉に言った。雪菜が立ち上がろうとしたその手を冬哉が掴んで元の位置に引き戻した。
「どうしたの、冬哉君?」と、尋ねようとした雪菜を制するように
「静かに、誰かいる」と短く冬哉が言った。
雪菜は姿勢を低くし、周りを見渡した。だが誰も見つける事はできなかったし、誰かがいるような感じもしなかった。
もう一度冬哉の方を見ると、冬哉がゆっくりと雪菜の左後方辺りを指差した。そこには大きな杉の木が立っていたのだが、その陰からゆっくりと遠藤絹子(女子2番)が姿を現した。絹子はスカートの腰の部分に帯を巻き、そこに刀を差していた。それ以外の荷物は持っていないようだ。
彼女とはコテージで別れたきりになっていたのだが、特にケガをした様子も無く雪菜はほっとした。声をかけようかと思ったのだがそれさえ察知したように冬哉が口の前で人差し指を立て、雪菜にしゃべらないようにうながした。コテージでの出来事が彼女に変化をもたらしたかもしれないからだ。
雪菜は周りを警戒するようにゆっくりと山を下りていく絹子の背中を見送った。
───ゴメンね、お絹ちゃん。あなたが御影君に会えることを祈っているわ・・・。
不意に絹子の足が止まった。
───気づかれた?
雪菜は冬哉の方をふり向いた。冬哉は絹子から視線を離さず学生服のポケットに左手を突っ込んだ。何か武器になるようなものを取り出そうとしているのだろう。しかしそれに合せたかのように絹子も腰の刀に手をかけた。
───なぜ? 彼女も真吾みたいに人の気配が分かるのかしら?
雪菜の額から汗がにじみ出してきた。何か自分たちとは違う生き物と同じ檻に入れられているような感覚であった。額の汗がゆっくりと滑り落ちて雪菜のまつげにかかった。反射的に手で拭おうとした時「そこに居るのは誰?」といきなり絹子が言った。
あまりに突然だったので雪菜はビクッとした姿勢のまま硬直していた。冬哉もカードのようなものを取り出した状態で動きを止めた。数秒の時間が何分にも思えるほど緊迫した空気が流れた。
不意に絹子の右側の薮が音を立て、そこから誰かが出てきた。冬哉と雪菜が隠れている草むらからはちょうど絹子の陰になってその人物が見えなかった。体を少しずらせば確認する事も出来たのだが、下手に動くと自分たちのいる位置がばれそうになるので二人とも動かなかった。
二人の疑問は絹子の一言で解消された。
「北村君・・・」 絹子は搾り出すように言った。
絹子の前に現れたのは北村雅雄(男子8番)だったのだ。冬哉と雪菜は安堵の表情を浮かべ顔を見合わせた。雅雄と絹子はお互い剣道部のエース級で争う理由もなかったし、雅雄の温厚な性格は二人とも知っていたからだ。
二人がこの場から立ち去ったら雪菜たちも移動をしようと考えた。
その思いは打撃音と共に吹き飛ばされた。
「北村君、どうして・・・」
雅雄の一撃を鞘ごと抜いた刀で受け止めた絹子の口から悲痛な言葉が漏れた。
ほぼ真上から差し込む木漏れ日が舞台に立った役者を照らすスポットライトのように輝いていた。
【残り 26人】