BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
47
[無言劇(THE ALFEE)]
北村雅雄(男子8番)は 頭部の激痛と共に覚醒した。
湿った土が服に付き、独特の匂いを放っている。それに混じって金属が錆びたような匂いが鼻をついた。それが自分の頭部から流れ出る血の匂いだと、まだ霞がかかったような頭でぼんやりと考えた。
ガンガンする頭をなるべく動かさないように右手で押さえながら立ち上がった。その手には大刀の木刀を握っていた。そして左手には小刀の木刀を同じ様に握っていた。背中には何かリュックのようなものを背負っている。肩ベルトの部分を見ると桃の形をした刻印があった。政府支給のものだという証明だ。バッグの中身を検めようともせず雅雄は元のようにそれを背負った。そこで雅雄は初めて思考が戻ったようだった。 そして最初に頭に浮かんだのは
───ここは何処だ?
という言葉だった。そして次に浮かんだ言葉は
───オレは誰だ?
であった。
昨日の夕食が何だったかすぐには思い出せない様なもどかしさが、自分の名前を思い出そうとすると起きるのだ。痛む頭を抱えるようにして何が起こったのかを思い出そうとした。ゆっくりと昨日からの出来事を順序立てて記憶を手繰っていったが思い出せたのは『誰かに頭を殴られた』という事と、最後に『遠藤絹子』という名前だけであった。
自分が背負っているバッグの中を見れば自分の名前ぐらいは判るのだが、今の雅雄にはそんな簡単な事も思い浮かばなかった。そして失った記憶を取り戻そうとするかのようにふらふらと歩き始めた。
頭上から照り付ける日差しが頭痛をより増幅しているように思えた。数歩歩いては立ち止まり、立ち止まっては歩くといった感じだった。痛みのあまり立ち止まり、大きな楡の木に寄りかかった。ふと辺りを見渡すと、とても美しい風景が広がっている。やや紅葉の始まった緑あふれる木々、それを育む土、澄んだ海から漂う潮の香り、そして光に満ちた風。頭痛さえ一瞬忘れるようなすばらしい美しい風景だった。
その穏やかな気に満ちた世界を一陣の風が切り裂いてきた。風に喩えたがそれは殺気であった。雅夫は訳も分からず、だが本能のままに目の前の薮に身を隠した。
そこに現れたのは一人の女生徒であった。雅雄は彼女の顔に見覚えがあった。『こいつは誰だ?』と思う一瞬前に別の記憶が甦った。
───オレは今プログラムに参加させられている。
雅雄の体はそれを思い出した瞬間から殺気を放ち、頭の中は目の前の女生徒を倒す事だけを考えた。
プログラムについては、小学生の頃から嫌でも知識が入ってくる。殺すか、殺されるかだ。
近づいてきた所を不意討ちしようと手のひらの汗をズボンで拭い、木刀を握り直した時女生徒は立ち止まっていた。
───もう少しこっちへ来い。オレの間合いだ、一撃で仕留めてやる。
その考えを見透かしているように彼女は腰に手をやった。雅雄はそこで初めて彼女が刀を持っていることに気が付いた。雅雄は思わず舌打ちをしそうになった。プログラムでは自分も武器を支給されて持っているが、当然相手も同等かそれ以上のものを持っているのだ。少なくとも飛び道具でないのが雅雄には救いに思えた。
「そこに居るのは誰?」
強い口調で彼女が言った。雅雄はカマをかけてきたのだと思ったが彼女の目はこちらの方を向いている。不意討ちをしてはいけないと雅雄の中で誰かがささやいたような気がした。雅雄は呼吸を整えると薮の中から彼女の前に姿を現した。
「北村君・・・」彼女が言った途端、雅雄の頭部に激痛が走った。その痛みと彼女の言葉が雅雄にきっかけを与えた。雅雄は躊躇せず彼女に向かって右手の大刀を振り下ろした。
───やった、決まった。
雅雄は思ったが大刀は彼女の額の前で受け止められていた。雅雄は彼女の技量に驚嘆した。タイミング的には完璧に彼女の面を捉えていたはずなのだ。それが受け止められた。しかも自分より10cmは身長の低い女子に・・・。驚いている雅雄に向かって彼女が口を開いた。
「北村君、どうして・・・」
青ざめた顔で自分を見つめる彼女の言葉を聞いて、何故か頭ではなく心が痛んだ。
───何なんだコイツは。一体誰なんだ?
雅雄は素早く後ろに下がり彼女との距離をとった。そして左手の小刀を中段に、右手の大刀を肩に担ぐように据える二刀流上段の構えをとった。体が自然とそのように動いたのだ。
それに応えるように彼女は中段に構えた。雅雄から見ても隙のない見事な構えだった。ただ一点普通でないのは鞘のまま刀を構えていることだった。
───何かの作戦か? それとも別の意図があるのか?
雅雄はいぶかしく思ったがそれを頭の隅に追いやった。少しの油断で自分が命を落す事になるからだ。何より相手が刀を抜いていないのは自分にとってはラッキーだ。例え自分の木刀で受けたとしても鞘がついていれば万が一にも斬られる事はないからだ。
雅雄はゆっくりと彼女との距離を詰めた。彼女は雅雄のそれに合わせるように下がった。二人の距離は変わらない。
雅雄は左手の小太刀を小刻みに動かした。何故かそうしなければならないと思ったのだ。その小太刀の動きが相手の動きを牽制しているようだった。彼女はじっとしたまま構えていた。雅雄は少し左に動き、すぐに右斜め前に踏み込むと右手の大刀を振り下ろした。相手が刀身で受け止めた刹那左手に握った小太刀で逆胴を薙ぎにいった。
二天一流 勢法二刀合口 一の型を攻撃に使ったのである。
だがその動きを読んだかのように彼女は大刀を弾き返し、その反動で後ろに下がると小太刀もかわした。
雅雄はその動きに仰天した。構えからして経験者だとは思ったのだが、まさか二撃目もかわすとは思っていなかったのだ。雅雄の中に恐怖心が膨らんできた。
───このままではこっちがやられてしまう。
雅夫は息を吸い込むと一気に相手を倒そうと連続で打ち込んだ。自分でも不思議に思うくらい澱みなく攻撃をする事が出来た。大刀と小太刀がまるで別の生き物のように違う軌跡を描きながら相手に襲いかかる。 だがその攻撃がことごとくいなされ、避けられていった。雅雄はかわされる事よりも当てることの出来ない自分に対して腹が立った。
「北村君、もうやめよう」彼女は絞り出すように言った。
だが、相手にこんな同情の言葉をかけられるとは雅夫にとって恥の上塗りだった。雅雄は相手に正対していた構えを解き、左半身に構えた。左手を前に出し右手の大刀を胸の前に置く 二天一流 右脇構であった。
「き、北村君本気なの?
本気で私を…」驚いた表情の後、彼女の目に涙が浮かんだ。
その顔を見ると、また雅雄の心が痛んだ。同時に、自然と構えを解いていた。
───ちくしょう、なんでこんな気持ちになるんだ? こいつは一体誰なんだ。
雅雄の頭の中でまたも同じ疑問が浮かんだ。だがそれは激しい頭痛となって雅雄の理性を奪っていった。
条件反射のように雅雄は先ほどと同じ右脇構えをとった。その顔は頭の痛みと理性の消失のためか怒ったような顔のまま歪んでいた。体からはオーラのように殺気が吹き出していた。
それを見た相手は、左手でぐいっと涙を拭うと刀を腰の帯に差した。
一度大きく息を吸うと静かに刀を抜いた。
そしてそれを中段に構える。彼女の体にも気は満ちていた。
雅雄は相手との距離を測った。
───彼女の腕からすると確実に自分はケガをするだろう。いや、持っているのは竹刀でなく日本刀だ。へたをすれば殺られてしまうかもしれない。だが刀は木刀よりもはるかに重い。当たらなければ竹刀も日本刀も同じだ。
雅雄はじっと相手の目を見た。彼女も本気になっているのがわかった。先ほどからと同じ切ない痛みが雅雄の胸に浮かんだ。
その痛みを振り払うかのように雅雄は踏み込んだ。左手の小太刀が相手の右小手を襲う。彼女は中段から振りかぶる事でそれをかわした。小太刀と同時に攻撃動作に入っていた右手の大刀が相手の左面をめがけて打ち下ろされた。
だが彼女は振りかぶりながら一足分後ろに引いていた。
雅雄の一撃は空を切った。まるで木刀が体をすり抜けたようだった。
その右手を激痛が襲った。右手の甲にみるみるうちに内出血が広がる。相手の抜き小手が当たったのだ。右手が切り落とされていないのは彼女が峰撃ちをしたからであろう。激しい痛みの為に雅雄の意識が一瞬遠のいた。体勢を立て直し、もう一度相手に正対した。
雅雄の頭にかかっていたモヤが晴れたような気がした。
───なんだ? オレはこれと同じことを経験している・・・。今こいつの事が頭をかすめたんだ。
思い出そうとしたが、この状況で隙を見せる訳にはいかなかった。雅雄は再び右脇構えを取ると一呼吸置いて飛び出した。
───勝負!
一気に間合いを詰めて小太刀を振るった。相手は先ほどのようにかわさず、刀で小太刀を払った。雅雄の胴に隙が出来る。頭の中で閃光が走った。
不覚を取ったという思いと同時に全ての記憶が甦ったのだ。そのため相手の左面を狙っていた雅雄の大刀での攻撃がわずかに遅れた。無常にもその隙を逃さず相手の刀は雅雄の胴を薙ぎ払っていた。軽い衝撃の後、手に受けたものとは比べ物にならない痛みが腹部ではねた。それをこらえながら雅雄は体をひねった。どうしても会って、自分の想いを告白したかった彼女の顔を見るために・・・。
彼女と目が合った。
その目に涙を浮かべながら彼女は一撃を雅雄に加えた。左肩からみぞおちの辺りまで袈裟がけに斬られていた。雅雄は木刀を取り落とすと彼女の肩を掴んだ。血液と共に急激に体から力が抜けていき、膝から崩れ落ちるようにして地面に倒れた。
───ち、ちょっと待ってくれ。せ、せっかく会えたのに、まだ・・・。
雅雄の頭に今日出会った人物が浮かんでは消えた。
『お前もお絹にちゃんと告白するんだぞ!』華瑛が微笑んだ。
『自分が優勝するために他の人間を殺すのが普通やろう!?』国平が不思議そうな顔をしている。
『き、北村君本気なの?
本気で私を…』目の前に居る雅雄の想い人 遠藤絹子(女子2番)が涙を浮かべていた。
───オレ・・・オレ、君の事が・・・・・・。
【残り 25人】