BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
49
[それが大事(大事MANブラザーズバンド)]
「雪…菜…雪菜なの?」西村観月(女子15番)は、不意に自分の後ろから思いがけない人間が現れた事に驚いた。その雪菜に続き五代冬哉(男子10番)が姿を現わし、怒鳴った。
「沢渡、やめろアホ」
だが、雪菜はそんな冬哉の言葉など聞こえないかの様に
「もう止めて。お絹ちゃんは『プログラム』に乗って北村君を斬ったんじゃあない、正当防衛よ。だからこんなにショックを受けているんじゃあないの。観月、あなたにはわからないの?」
雪菜は絞り出すように言った。絹子と雅雄の戦いの一部始終を見ていた雪菜には、観月の言葉が耐えがたかったのだ。
観月は神妙な表情になった。だが直後、怒りに満ちた顔になると
「雪菜、あんたに言われる筋合いは無いわ。私を守ってくれそうだった柴田君達はすぐに死んだのに・・・。あんたは何よ。五代やお絹みたいな強くて優しい仲間がいて、守ってもらって、キレイゴト言って・・・そう言えば章次もそうやなあ。どうやって丸めこんだん?
今後の参考に教えて欲しいわぁ」口の端から泡を出しながら一気に捲し立てた。
「そ、そんな事…観月、何でそんな…」雪菜の目から涙がこぼれた。
「ちょっと待て、章次がどうしたって?
出発の時だけやろうが」雪菜と観月の間に割り込むように冬哉が立った。
観月はふんっと鼻で笑うと
「しらばっくれて…私は見ていたんやで。コテージでモメていたときもあいつが外から撃ってあんたらを助けていたやんか」と、言った。そして
「そうか…雪菜じゃあなくて五代、あんたを章次は助けたんか。上手い事やったなぁ、そこまで見越して香織が殺された時に花を供えてやるなんて。なかなか出来へんわ」
立て続けにしゃべる観月に対して冬哉が
「それ以上しゃべるな!」と、怒りをあらわにしながら言った。
「冬哉君待って。観月は少し疲れているのよ、だから…」雪菜がとりなすように言ったが
「止めるな、沢渡。おい西村、オレ様が戦ってやるぜ。安心しろ手加減する気なんて全く無いからな」と、冬哉が雪菜を制した。
そんなやり取りを見て観月がわめくように
「何で…。何で雪菜ばっかりが好かれるの?
私だって雪菜みたいにいろんな人と話しをしているやん。なのに何でやのん!」と言った。
「そんな…」雪菜は否定をしようとしたが、それより先に冬哉が
「お前アホか。沢渡はいっつも相手の事を第一に考えて話をしているやろう。お前は何やねん。『私は、私が』ばっかりやんけ。お前みたいな奴を利用する事はあっても、こんな状況で守る奴なんかおるかい」と、小馬鹿にしたように言った。
「そ、そんな…たったそれだけの事なん?」観月はあまりのショックのためか薄笑いを浮かべながら言った。
冬哉は呆れを通り越し、軽蔑に満ちた言い方で
「お前は人間として大切な事が抜けてるねん。他人の事を考えて、その人のために何かしてやろうって事を『たったそれだけの事』って言うんやからなぁ!」と、駄目押しをした。
冬哉の言葉で時が止まったように観月は動かなくなった。答えを求めるかの様に雪菜の顔を見たがその表情からは何も伺えなかった。ショックを受けた顔のまま観月は誰もが予想しなかった言葉を口にした。
「雪菜…私を殺して……」
これには今まで魂を抜かれたようになっていた遠藤絹子でさえも反応を見せた。
「み、観月…」
雪菜は異質かつ不可解な言葉にショックを受け、ただ観月の名前をつぶやいた。
「何を言うてんねん。死にたいんやったら勝手に自殺せえ。沢渡をまきこむんじゃねえ!」普段はクールな冬哉が明らかに怒りに任せて言った。その言葉が聞こえていない様に
「雪菜は他人のために何かをしてくれるんでしょう?
だったら…私もうダメだもん。私のこの気持ちを汲んで欲しいの」と、言った。
観月の精神は崩壊寸前なのだろう。駄々をこねる子供のように雪菜に同じ事を言った。観月の視線を雪菜から引き離そうと、冬哉が観月の正面に立った。
「それも自分中心の考え方やっていうのが分からんのか?
お前みたいな奴に沢渡が手を汚す必要なんか無い。オレ様が…」そこまで言った時、不意に観月が手に持っていたトンファーを冬哉の右手に叩きつけた。
「っぐあああぁ」右手を押さえてかがみこんだ冬哉に観月は続けて数回トンファーを振り下ろした。
「や、やめてぇ観月ぃ」雪菜は観月を止めようと、その手にしがみついた。
「わかった、わかったから…」雪菜のその言葉で観月の手が止まった。
雪菜は覚悟を決めた。
「観月、私があなたを殺してあげる」雪菜は数歩下がると自分に支給されていたグルカナイフを腰のホルダーから抜いた。観月はその姿を見ると、いびつな笑顔を浮かべトンファーを捨てた。そしてさらに雪菜が刺しやすいようにするためか両手を大きく広げた。
───お父さん、お母さん、お姉ちゃん・・・そして真吾。私は今から人を殺します。
雪菜は自分に言い聞かせた。
体から妙な汗が吹き出し、反対に口の中は乾いていった。冬哉の制止する言葉が先ほどの銃声のように遠くで聞こえる。
グルカナイフを握り締め、もう一度観月の顔を見た。観月は明らかに正気を失っている。
雪菜が一歩観月に近づいたその時、観月の右手が腰に動いた。冬哉が何事かを叫ぶ。それに併せて観月は首を傾げた。いや正確に言うと右前方に首が倒れたのだ。
血の吹き出すしゅうぅうという音はおまけのようなものであった。
血の噴水と化した観月の体が前に倒れると、そこには刀を抜いた姿勢で絹子が立っていた。
「お絹ちゃん、あなた・・・」
雪菜の言葉をさえぎるように絹子は観月の遺体を指し示した。
観月は腰に隠していたもう一本のトンファーで雪菜を襲うつもりだったのだ。
「西村さんはあなたを不意討ちしようとしたの。それに五代君の言う通りよ、沢渡さんがそんな事をする必要はないわ。私は・・・私の剣はもう曇ってしまったの。だって、私の半身を斬ったようなものだから・・・」
「お絹ちゃん、そんな事はないわ。北村君の時は正当防衛だし、今だって・・・」
雪菜はそこから先を言う事が出来なかった。絹子は雪菜を助けるために、観月をその手にかけたのだ。
それを察したのか、絹子は首を横に振り少し微笑むと
「あなたのためにやったんじゃあないわ、私自身のケジメのためよ。西村さんはもともと私に挑んできたの。私はその向かってくる相手を倒しただけだから。・・・でも・・・もう疲れちゃった」
そう言って手に持った刀を自分の首に当てた。
「お絹ちゃん、やめて!」
「やめろ、遠藤」
雪菜はバカなマネを止めようとたしなめるように言った。
ダメージを受け、立つ事さえおぼつかない冬哉も叫んだ。
そんな二人に向かって絹子はほほえみながら言った。
「ありがとう・・・さようなら・・・・・・」
その言葉を言い終わらないうちに、一気に刀を引いた。
前のめりに倒れた絹子の体を抱きしめた雪菜は、ただ泣くことしか出来なかった。
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