BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
50
[白い炎(斉藤由貴)]
「ようやくペースが上がってきたみたいだなぁ」
専守防衛軍兵士、沼田重三はデータログを見ながら言った。E−5にある「本部」の制御室である。一回目の放送より少しばかり人数が減っているのは交代の時間なのであろう。
「ええ、通常の『プログラム』よりは進行が早いようですね」と、陣が書類から目を離さずに言った。
「へえ、陣が興味を持つとはねぇ。・・・おいおい、まさか」
そう言うと沼田はがたがたと自分の座っている椅子を陣のデスクまで移動させ、正面にどかっと座った。
「おい陣よ、お前さんも・・・賭けているのか?」
胸ポケットからタバコを取り出しながら訊いた。防衛軍支給品のオイルライターで火を点けると、うまそうに一口吸い込んだ。
陣は自分の方に吐き出される紫煙を露骨に手であおぎ「えぇ」と短く言った。
その答えを聞くが早いか、すでに目の輝きが変わっている沼田は身を乗り出してきた。
「なあ、専守防衛軍のエリート様は誰に賭けたのか、参考のために教えてもらえんか」
陣は質問そのものより沼田と話しをするのが嫌な様で、無視をするようにちらりと壁にかかっている時計を見た。その仕種を気にも留めないように、沼田は
「まだ正午の放送まで時間はあるじゃあないか。なあ、教えてくれよ。あぁ、オレが賭けた奴を先に言わないとな。オレが賭けたのは藤田一輝と竹内潤子だ。本命中の本命だぞ」
と、得意げに言った。
陣は諦めたようで、手を止めると
「そうですか・・・私は運動能力や知能、家庭環境などのデータも考慮に入れて鄭華瑛を本命にして中尾美鶴と藤田一輝へも100万ずつ流しましたよ。オッズもそこそこ良かったですしね。中尾に関してはのるかどうかフィフティー・フィフティーだったのですが、良い方に転んでくれて助かりました」と、大して面白くも無さそうに言った。
「やっぱりデータ、データの世代だな。賭けの醍醐味は解かっているようだが・・・。それにしても100万ずつとは豪勢な事だ」沼田は首を横に振りながら言った。
調子に乗ってその時ちょうど横を通ったみさきにも同じ質問をした。
「みさき、お前も買ったんだろう? プログラム優勝者の予想も聞かせてくれや」
下品な笑いを浮かべながら言った沼田の体は次の瞬間には宙に浮いていた。みさきが胸ぐらをつかみ、片手で吊り上げたのだ。
「何度も言わせるんじゃあない! いいか、今度余計な事を言ったら処刑するぞ」
自分の倍はあろうかという沼田に向かって怒鳴ると、床に放り出すかのように手を離した。
えづきながら苦しそうにノドをさすっている沼田を陣は一瞥すると、彼に代わって
「それで・・・みさきは誰に賭けたのです?」と、訊いた。
みさきは陣を睨んだが大きく息をつくと
「若松早智子に100万だ」と、先ほど沼田を怒鳴った時とは大違いの小さな声で答えた。
これには陣や沼田はおろか、聞き耳を立てていた防衛軍の兵士や他のスタッフも驚いた。
「若松だと? オッズは・・・おい、若松のオッズを出せ!」沼田がしわがれ声で命令したがそんなものを見るまでも無く大穴であった。
答えた後、胸のペンダントを握り締め一点を見つめているみさきを我に返らせたのは伝令の言葉だった。
「朝宮担当官、軍司令部の蔵神指令からお電話が入っています」
みさきに正対し、はきはきとした口調で伝える兵士は沢渡雪菜が出発の際に入り口でもめた新米であった。
返礼をし、「自分のデスクにある電話で取る」と短く答えるとみさきは素早く席に戻った。
保留を表している赤ランプボタンを押す前に一度だけ深呼吸をした。
「お待たせいたしました、朝宮です」
静かな口調でみさきは電話に出た。
「はい、順調です。はい・・・はい。はっ? 了解いたしました。はい・・・はい・・・永井達也ですか? 少々お待ちください」
みさきは自分のデスクにある端末を使ってある画面を表示した。
「お待たせしました。永井達也は本日0903に死亡した事を記録しております。はい・・・はい・・・了解いたしました。では沼田に・・・はっ、陣にですか? いえ、了解いたしました。はい、では今後のご指示はこちらに・・・はい」
みさきは電話の相手である蔵神指令が切るのを待って受話器を置いた。そしてすぐに陣を呼ぶと耳打ちをした。何を話したのか訊きたそうにしている沼田を尻目に、陣はみさきの指示どおり資料を作成し始めた。
───いよいよだな。
みさきはもう一度ペンダントを握り締めると、正午の放送のためにマイクを握った。
【残り 23人】