BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


51

[三人の女(浜圭介・石原詢子)]

「以上がこれからの禁止エリアだ。今現在で残りの人数は23人だぞ。いいか、もう半分になったんだ。優勝をするためにはあと2、3人の人間を倒せばいい。生き残るために戦え!
では放送を終わる」
 プツンという音と共に放送は終わった。
 午前6時からの六時間で死亡したのは男子の1番相沢芳夫、8番北村雅雄、14番永井達也、16番福田拓史、21番安田順、女子では2番遠藤絹子、3番小田雅代、6番斉藤清実、15番西村観月、17番広瀬知佳と発表された。
 そして午後1時からはE−9、3時からはC−2、5時からはG−6が新たに禁止エリアに指定された。
 若松早智子(女子22番)は東町住宅のやや西に位置する分譲住宅の陰で、いまの放送で発表されたばかりの禁止エリアと、午前中にこのゲームから退場したクラスメイトの名前をチェックした。
 朝宮という担当官が言わなければ、早智子は人数が半分になった事も気付かなかっただろう。早智子は自分がより現実から離れていくような感覚を覚えていた。
 隠れていた漁業組合の事務所で小野田進(男子5番)と藤田一輝(男子17番)から逃げた。
 同じグループの谷村理恵子(女子11番)の声も聞こえたような気がしたが、あまりに驚いたための幻聴かもしれなかった。
 全力で西に向かって走ったものの行く当てなど無かった。結城真吾(男子22番)を待つために漁業組合の事務所に戻ろうかとも考えたが、今から1時間後の午後1時には禁止エリアとなるのであきらめた。
 いい案が浮かばないかと、禁止エリアを書き込んだ地図を必死で見ていた早智子は目的地を見つけた。
「さあ、あの橋を渡って山に入れば簡単には見つからないわ」
 自分に言い聞かせるようにして早智子は立ち上がった。
 誰もいないか道路を確認して、小走りで橋へと向かった。早智子が同じ歩調で渡ろうとした時に対岸の橋のたもとで誰かが立ち上がるのが見えた。
 早智子の体は恐怖のため一瞬硬直した。誰なのかを確認したいという好奇心が目線を向けようとしたが、体は危険なものから遠ざかろうと踵を返していた。結果早智子は、頭をその人物に向けたまま後ろに向かって走り出そうとしていた。
「あぶない!」という声とほぼ同時に何かが早智子の左側を飛んでいった。
 カーンという鉄板を叩いたような音が、早智子の耳に別次元の音のように響いていた。

§

 鄭華瑛(女子13番)は周りに気を配りながら橋のたもとに腰掛け放送を聞いた。禁止エリアを記入した後、名簿に視線を落した。
「北村・・・お前、お絹に会えたのかい?」
 そう言って北村雅雄(男子8番)の名前を指でなぞった。一時間半ほど前に別れた雅雄と彼の会いたがっていた遠藤絹子(女子2番)の名前が退場者として正午の放送で呼ばれたのだ。
 華瑛にはとても信じられなかった。雅雄の人柄はよく知らなかったが、自分から仕掛けるタイプではなかった。もちろん他人から恨みを買うタイプではなかったはずだし、急襲されたとしても雅雄ほどの腕前なら何とか切り抜けるだろう。
 何より彼には目的があったのだ。そう、想い人の絹子に会うという目的が。その絹子も誰かの手にかかった。つまり、雅雄や絹子を上回る手合いがいるという事である。
 銃声は東の方からしか聞こえていないので二人とも射殺されたのではないはずだ。そうなると・・・
「やはり、結城のヤツかもしれない。早くヤツを見つけないと・・・」華瑛は祖父の言葉を思い出し、唇を噛んだ。
『確かにワシ達は大東亜人ではない。だが決して大東亜の国民に劣っているという事はない。特に我が武術はな・・・。いつかそれを証明する時が来る』
 それが華瑛の祖父の口癖だった。そんな祖父に嫌気が差して、父も自分も祖父の武術を受け継ごうとしなかった。
 大東亜人で無い事で差別されたり、イジメの標的になる事よりも祖父の考えに従う事の方がつらかった。その祖父のすべてを継承したのが結城真吾だった。
 彼はあらゆる技術を会得していたので「プログラム」を勝ち抜く事は造作も無いと思えた。結城が優勝する事によって、祖父は自論を証明しようとしているのだ。
 その結城を止めるのは華瑛の使命といっても良かったのだ。
 華瑛が地図をしまい、出発の準備をしようとしたその時、誰かの足音が聞こえてきた。
 橋梁の陰からのぞきこむように足音の主を見た。それは華瑛のグループの仲間、若松早智子だった。華瑛の友人の中でも数少ない信用できる仲間だ。そんな仲間に初めて会えた喜びで華瑛は飛び出した。
 早智子は一瞬立ち止まると何故か急にUターンをし、もと来た道を戻ろうとしたのだ。
 その早智子の後ろから彼女に覆い被さるように黒い影が躍った。影は恐ろしい形の刃物を両手に持ち早智子に襲いかかろうとしていた。
 華瑛は反射的に矢をつがえた。打ち起こしなどの基本動作など全く無視して射掛けた。発射と同時に「あぶない!」と叫んでいた。
 影の持った刃物が太陽の光を反射し、華瑛の目が一瞬くらんだ。
 カーンという矢を叩き落された音が、華瑛の耳に不気味な余韻を残し響いていた。

§

 中尾美鶴(女子14番)は地図に禁止エリアを書き込むと、バッグから取り出した水を一口飲んだ。
「あと23人、残り半分か・・・。やっぱり最大の障害は結城のようね。ヤツを倒さない限り優勝はないわ」
 気配の読める結城真吾に、今朝の病院のような不意討ちをそうそう何度も仕掛けられないと解かった。他の方法を考えなければ、美鶴に優勝の目は無くなるのだ。
 美鶴は色々な方法を考えたが上手くまとまらなかった。昨夜から今までほとんど休まずに動き回っていた代償だろうか、疲労が襲ってきていた。美鶴の足は自然と休める場所を求めていた。
 今いる東町住宅の西半分は午後5時から禁止エリアになる。ここから逃げる者はいてもわざわざやってくる者はいないと計算した。逃げ出す時の事も計算に入れ、一番西側に位置する家で休もうと決めた。荷物をつかみ、顔を上げた美鶴の視線が目の前を走り抜けるターゲットを捕らえた。
 小走りに駆け抜けていったのは若松早智子であった。
 ─── 一人でも減らしておくか・・・。
 美鶴は手早くバッグを背負うと足音を立てないように駆け出した。
 早智子は橋を渡ろうとした時、何故か一瞬立ち止まった。
 美鶴はチャンスとばかりに右手に持ったカタールを握り締めるとジャンプをした。同時に
 早智子がこちらに戻り始め、それに合わせるかのように「あぶない!」という声が聞こえた。
 美鶴はとっさに左手に持ったカタールで自身を防御した。
 美鶴の動体視力は飛んできた矢を認識していたのだ。
 カーンという矢を弾き落とした音が、美鶴の耳に戦いのゴングのように響いていた。

【残り 23人】


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