BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
52
[Strong Woman(Pushim)]
鄭華瑛(女子13番)はゆっくりと橋を渡った。若松早智子(女子22番)と中尾美鶴(女子14番)が立っている橋の東側まで来ると
「美鶴・・・どうして・・・・・・」華瑛は声を震わせながら言った。
華瑛は自分のグループ以外では美鶴だけが味方だと思っていた。父にテコンドーを習いに来る美鶴とは、短い時間であっても何でも話しあえた。心が通じ合っているとも思っていた。それだけに美鶴の行動が信じられなかった。
華瑛のグループの一員で、やっと会えた早智子は青ざめた顔で華瑛の顔を覗き込んでいる。早智子と会えた事はうれしかったが、それ以上に今は美鶴に対して気持ちが向いていた。
「華瑛、あんた友達の早智子に矢を射掛けるなんて、どうかしたんと違う?」美鶴が少し皮肉めいた口調で言った。その言葉を聞いて早智子はビクッと肩をすくめ、後退りした。
華瑛は美鶴の言動が理解できず困惑した。
「何ぃ?
何を言っているんだ。お前の方こそ・・・」華瑛が反論しようと口を開くと美鶴がそれを制するように
「あんたもゲームに乗ったんや?」と言った。早智子はがくがくと振るえながら
「華瑛ちゃん・・・」と涙声で言った。華瑛は誤解を解こうと早智子の方を向いたが、目が合うと同時に早智子は北に向かって走り去った。
その後を追うように「サッチン違う、違うんだー」と叫んだが早智子の足が止まる事は無かった。諦めたように美鶴の方に向き直ると
「青春ドラマは終った?
あんたらのグループも意外と結束力が無いんやねぇ。あんな一言だけで疑うんやから。それとも華瑛だけが信用ないの?
あんた純血の大東亜人じゃあないしね」
と、いつのまにか橋の欄干に腰を下ろしていた美鶴が、大して面白くも無さそうに言った。
華瑛はいつもと違う美鶴のもの言いに戸惑いながら
「お前、何のつもりでサッチンにあんな事を言ったんだ?」と、言った。美鶴は少し困ったように「何でって、邪魔になるやんか・・・」 と言いながら軽くジャンプをして欄干から降りた。
「何の邪魔になるんだ!」美鶴を問いただそうと近づいた華瑛の足を止めたのは殺気だった。
がんっという金属同士がぶつかり合う音よりも、その前の風を切る音に華瑛は驚いた
「美鶴、お前!」カタールの斬撃を弓で受け、渾身の力で押し戻しながら華瑛は言った。
「決まっているじゃない・・・」美鶴は強烈な笑みを浮かべながら
「私が優勝するためと、これから始まる私たちの戦いの邪魔になるのよ」と言った。
「でもやっぱり、疲れているみたい。今ので決められると思ったのにね」
本当に残念そうに言う美鶴に、華瑛は胸を焦がされるような気持ちで
「何を訳の分からない事を言っているんだ。二人で結城を倒そうって以前から話していたじゃあないか!」
美鶴は華瑛の言葉を聞いて、悲しそうに目を伏せると口元をおさえ、嗚咽を漏らした。
華瑛の亜麻色の髪とは正反対の漆黒の髪が美鶴の顔を覆っていた。
────亜季のように少し錯乱していたんだ。無理もない・・・。
華瑛は美鶴を慰めようと近づいた。だが、美鶴の様子が変だ。
「美鶴?」華瑛は怪訝な表情をしながら美鶴を呼んだ。
美鶴の肩の震えが大きくなってきた。
───笑っているのか?
そう思う間もなく美鶴が顔を向けた。確かに美鶴は笑っていた。
本当に可笑しそうに笑っている美鶴は、華瑛の方に向き直ると
「そうか、その手もあったね。でも、結城を倒すって? あんた、親父の事嫌っていたんじゃあないの。こんな状況で親父の言う事を守ろうとしているわけ?」そう言って尚も笑った。
「美鶴、お前は父に聞いただろう。祖父の邪道な拳を受け継いだ結城を倒せと。そして正しい事にテコンドーの技を使うのだと・・・」
華瑛は熱心に語りかけた。
「あのねぇ、私もチャンスがあれば結城をブチ殺したいよ。でもそれはあんたの親父に言われたからじゃあない、私のためにやるんだ。それに正しい事って何よ、正義ってこと?
そんなものはテレビの子供番組にまかせておけばいいのよ。私は私自身のために・・・この『プログラム』で優勝するために、身に付けた技を振るうわ!」
美鶴は華瑛に向かって強く言い返した。
「美鶴、お前本気でいっているのか?」
「乗らんヤツがいてると思うの?
私や伊達みたいに進路が決まっている者はもちろんだけど、誰にだって帰りたい理由はあるはずよ。あんただってそうでしょう」
美鶴の問いに華瑛は答えられなかった。
「帰りたい理由が無いとしても単純に死にたくない、生きたいっていうのも戦う理由にはなるはずよ。そうなると、このゲームに乗っていないヤツなんていないのよ」
「それは違う!
ゲームに乗っていないヤツもいる。自分のために他人を犠牲にしたくないという誇り高い人間もいるんだ。お前は・・・父から何を学んだのだ…」
先ほどから華瑛の頭には北村雅雄の顔が浮かんでいた。彼は戦う事よりも自分の想いを大切にしていたのだ。そういう人間がいることを美鶴にもわかって欲しかった。しかし美鶴の返事は
「何って・・・さっきから言っているじゃない、テコンドーの技よ。ワ・ザ・!」だった。
華瑛は、自分の足元が音を立てて崩れていくような絶望感を感じた。目の前にいる美鶴が自分の知っている彼女とあまりに差がありすぎるのだ。別の生き物が美鶴の姿をコピーして自分の前にいるのではないかとさえ思えた。
「違う。そんな事ではなく命の大切さや、魂の尊厳や・・・」あえて青臭い、正しいお題目を並べる事で美鶴が元の優しい人間に戻るように感じたのだ。
「それは、平和な時や試合の時に使うお題目でしょう。私達がやっているのは試合じゃあ無くって殺し合いよ!」
そう言うと両手に握った刃物で襲い掛かってきた。
華瑛は手に持った弓でそのことごとくを受け、そして流していった。数撃受けた後、美鶴は少し華瑛との間合いを空けた。
「へえ、親父に習ったテコンドーの方が長いって聞いていたんだけど、いやいや叩き込まれたじじいの拳も身に付いているんだねぇ。まあ、私や結城ほどの完成度は無いけど」
少し感心したように美鶴は言った。
「父と祖父の確執がイヤで習うのをやめたのだ。9歳までの3年間はみっちり祖父にしごかれたからな」華瑛は言った。
「親父とも合わずに、結局中学からは弓道に走ったんだろう。やっぱり純血でない者は信念など無いという事だ」美鶴の小馬鹿にしたような物言いよりも、この言葉自体に華瑛はキレた。
「さっきから黙って聞いていれば、いい気になってベラベラと好きな事を並べ立ててくれたな。お前の様な奴をこれ以上野放しには出来ん。こい!
結城の前にお前を倒す」
華瑛は手に持った弓で美鶴に打ちかかった。しかし美鶴は巧みに攻撃を受け流した。
攻撃の合間を縫って美鶴のカタールが伸びてくる。見た目に圧しているのは華瑛であったが、傷つくのもまた華瑛であった。
これは美鶴が仕掛けた舌戦により頭に血が上った華瑛が、体のバランスを微妙に崩しているためであった。美鶴はその時に出来た隙を上手く突いて攻撃してきたのだ。
「ほら、どうした。ここで私を倒すんじゃあなかったのかい」美鶴が、より煽るように言った。
まんまと美鶴の策にはまった華瑛は冷静な判断が出来なくなっていた。
美鶴の使うテコンドーには組技や複雑な投げ技はないので、カタールの刃をかいくぐり接近して戦うか少し離れて弓矢を使えば、華瑛にも十分勝機があるのだ。
逆に美鶴はそれをさせないために、攻撃ではなく口撃で華瑛を翻弄したのだった。
スネや前腕などを切り刻まれた華瑛は徐々にその動きを鈍らせていった。弓を使っての攻撃も今のスピードでは美鶴に完全に見切られていた。先ほどまで自分の方が圧していたが、今では完全に逆転しているのだった。アスファルトの上には華瑛の血が水滴のように散っていた。
攻撃を逃れようと、華瑛が大きく踏み出した足が自分の血で滑った。その隙を逃さず美鶴の腕が伸びる。
どんっという衝撃の後で鋭い痛みが華瑛の腹で跳ねた。
顔をしかめた華瑛の目の前に美鶴がわざと顔を突き出した。下卑た笑顔を浮かべた美鶴が
「華瑛、威勢が良かった割には大した事はなかったね。結城の方が手強かったよ」と、ささやくように言った。
腹部に刺さったカタールの硬さが脳に刺激として送られてきた。それよりも美鶴の美しい口から発せられるその皮肉の方が華瑛を強烈に不快な気分にさせた。
「ゆ、結城よりも…お前を倒すべき…だった」
華瑛の言葉に応えるように美鶴はゆっくりとカタールを引き抜いた。ゆっくりと地面に崩れ落ちた華瑛に
「最期まで理想だけ語ってるんじゃあないよ、華瑛。あんたは夢に躍らされたのさ。哀れだね、じゃあ…さようなら」
そう言うと美鶴はくるりと背を向け、北東に向かって走っていった。
走り去る直前に美鶴が一瞬悲しそうな顔を自分に見せた事を、痛みに耐えていた華瑛は気づかなかった。
【残り 23人】