BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


54

[Boo Bee MAGIC(鈴木紗里奈)]

 真昼の太陽に照らされながら若松早智子(女子22番)は残る力を振り絞って歩いていた。
 自分と同じグループだった鄭華瑛が、東町住宅街を出たところで早智子に向かって矢を放ったのだ。
早智子には信じられないことだった。
 中尾美鶴が現れなければ自分も殺されていたかも知れなかった。
 早智子は華瑛に出会った橋のたもとから川に沿って北西の方向へ走った。F−4に架かっている橋を使い、対岸に渡ると目的地である水質試験場までの道を用心しながら歩いた。
 最初に隠れていた漁業組合の事務所から橋を渡るまでの間、ほとんど休まず走り続けていたのでかなり体力を消耗していた。今の早智子を支えているのは、結城真吾(男子22番)に聞いた「水質試験場に数人が集まっている」という情報だけであった。 
 ようやく水質試験場が見えたとき、早智子に安堵の表情が浮かんだ。だが同時に不安も押し寄せてきた。
「私の友達だった華瑛ちゃんでさえ襲ってきたのに、黒田さんたちは大丈夫だと言い切れるのかしら? もしも私が逆の立場だったら…きっと信用しない」と、早智子は独り言を言った。
 散々迷った挙句、タロットに運命を委ねる事にした。
 早智子は手ごろな木を見つけるとそれを背にして早速カードを並べた。
 自分の周りに現れたカードは「戦車」の逆位置、「恋人」「魔術師」「力」の、それぞれの正位置であった。
 そして最後に早智子の運命を表すカードをめくると、それは「悪魔」の逆位置であった。
 「悪魔」の逆位置には「束縛から逃れる」「公正・自立」の意味があるのでそれほど悪くは無さそうであった。だが念には念を入れて武器の点検は怠らなかった。
 早智子自身も驚いた事だが、漁業組合事務所から弾丸の補給をしていなかったのだ。
 あわててバッグから予備弾を取り出すと、真吾に言われた通り通常のものと先端にバツ印が彫ってあるものを一発ずつ装填した。
 ゆっくり試験場の建物に近づき様子をうかがった。そっと中を覗きこもうとしたとき、もの凄い銃声が響き渡った。
 早智子は首をすくめ、あわててその場にかがみこんだ。
「なになに。もう、何が起こったのよ。何なのよ!」早智子は思わず怒鳴った。
 それに合わせるように試験場のドアが開き、中から誰か出てきた。
 五代冬哉(男子10番)と沢渡雪菜(女子9番)であった。
「サッチン」
「若松か…」
 同時に言う二人をぼんやりと見上げていると、冬哉が
「おい、死にたくなかったら、死ぬ気で走れ!」と意味不明な事を言った。
 早智子の返事を待つまでも無く雪菜が手を掴み無理やり立たせると、北東の方向に向かって駆け出した。
「なに、どうしてあなたたちがあそこに居るの? 黒田さんたちは…」
「後で説明するから、今は走れ!」
 冬哉の怒声に少しムッとした早智子だったが、彼の右腕から血が滴り落ちているのを見て急にその気持ちも萎えた。
 その気持ちを見越したかのように銃声が早智子達の後を追ってきた。
「ひっ」早智子は小さく悲鳴をあげた。雪菜が手を引いてくれていなければ恐らくその場にへたり込んでいただろう。足をもつれさせながらも何とか走りつづけた。
 追手の気配が遠ざかったのを確かめると
「ちょっとだけいいか」と、冬哉が立ち止まって言った。
 返事を待つまでも無く自分の右手を固く縛り、何かを学生服のポケットから取り出した。
 それは小さな鳩だった。真っ白な体をした鳩に、早智子は何か神秘的なものを感じた。
 冬哉はケガをした自分の右手に鳩をとまらせ、左手で胸のポケットを探った。そこから小ビンを取り出すと「沢渡、悪いけど鳩をおさえていてくれ」と言って右手を雪菜の方に突き出した。
 雪菜が言われた通り鳩を掴んだのを見ると、冬哉は鳩の足にそのビンをくくりつけた。
「これでよし。じゃあ放してやってくれ」という冬哉の言葉にあわせて雪菜が鳩をそっと放した。
 鳩は跳ねるようにして明るい方へと向かっていった。しばらく周りを見渡すと飛び立ち、低空で旋回を始めた。そして、自分の行く先を思い出したかのように西北西の方向へ飛んでいった。
 早智子は、冬哉が鳩を飛ばした意味が分からなかった。不思議そうな顔をしながら冬哉の方を見ると
「うん、何だ若松。オレ様とやるつもりじゃあないだろうな」と、おどけた口調で言った。
 早智子は自分が銃を握っている事にようやく気付いた。
 あわてて首を横に振り、すぐポケットにしまった。
 早智子の動作が滑稽だったのか、冬哉の顔に笑みが浮かんだ。早智子はそれを見て
「五代君、さっきの鳩は何かのおまじないなの?」と、遠慮無く訊いた。
「あれを見な」と、冬哉は地面を指差さした。茶色の地面に赤いモノが点々と落ちている。
 早智子には全く意味が分からなかった。もう一度冬哉に質問をしようとしたとき
「さあ、オレ様たちは移動するぞ。お前はどうするんだ」と、逆に冬哉が訊いてきた。
「私は…」早智子は口ごもった。
 その早智子の肩を雪菜が抱き「一緒に行きましょう」と優しく言った。若干迷っていた早智子だったが二人について行く事にした。
「鳩のヤツ北西に行ったからオレ様たちは北東に行こう」と言う冬哉に雪菜はうなずいた。
 早智子に選択の余地は無かったが、別段行くあても不満も無かったので素直に従った。
 数十分も歩くと左手に発電所、そして目の前にダムが見えてきた。
 早智子は周りを警戒する事も忘れなかったが、先ほどの鳩の意味がどうしても分からず気になって仕方がなかった。
 意を決してもう一度冬哉に尋ねる事にした。
 いつも教室で話すように皮肉を交える冬哉の話しぶりを予想していたが、意外にあっさりと
「鳩の足に赤い染料が出る小ビンをつけたんだ。送り狼にあっちを追いかけてもらいたいんでな。ちなみに鳩は自前や」と教えてくれた。
 早智子は唐突に先ほどのタロットの暗示を思い出した。
 自分の回りに現れるカードの「魔術師」=「マジシャン」は五代冬哉、「恋人」はそのまま沢渡雪菜の事なのだ。
 早智子はここまでほとんどはずれていない自らの占いの力を、改めて信じようと思った。
 早智子は同時に重要な事を訊き忘れていることに気付いた。
「ねえ、2人とも誰に追われているの?」早智子は尋ねた。二人は顔を見合わせ、一瞬ためらった後、雪菜が
「遠藤…章次君よ」と、つぶやくように言った。





 E−3からE−4にまたがる形になっているダムにたどり着いた三人は用心をしながら侵入し、その管理室に身を落ちつけた。
 周りが見渡せないという不利な状況ではあるが、急襲されないという利点もあった。
 冬哉の右肩の負傷を改めて雪菜が治療した。その間、冬哉はこれまでの事を早智子に話した。
 早智子はコテージの出来事に恐怖し、絹子の話しでは涙した。絹子を簡単に弔ったあと、2人は当初の目的通り水質試験場に急いだ。
 ようやくたどり着いた試験場で毒の治療をし、一息ついたところで章次の襲撃を受けたという事だった。
「でも、遠藤君は助けてくれていたんでしょう。なぜ今になって2人を狙うの?」冬哉とあまり話した事の無い早智子は雪菜に尋ねた。
 首を振る雪菜にかわって冬哉が
「わからねえ。あの野郎なりに何か心変わりする事があったんだろうよ」と、こんな状況でも相変わらずの皮肉めいた口調で言った。
 そして早智子に
「お前さんはどうしたんだ。隠れているタイプだと思っていたんだが」と同じ様に言った。
 早智子はそこでまた大事なことを思い出した。
「私、結城君に会ったの」
 何の前置きも無く言った早智子の言葉に、冬哉も雪菜も感電した様にビクッと反応した。
「どこだ、真吾はどこにいた!」冬哉は早智子に詰め寄った。予想していなかった反応に驚いた早智子は言葉を失った。
「冬哉君、サッチンが驚いているわ」雪菜が感情を押さえるように声を震わせながら言うと、冬哉は正気を取り戻したかのように離れ
「悪い。ちょっと興奮しすぎだな…」と言った。
 早智子も落ち着きを取り戻すと自分の事を順序立てて話した。
「結城君が教えてくれたから、先に試験場に行って待とうと思ったんだけど…五代君の話しからすると黒田さんたちもバラバラになっていたのね」早智子が話し終えると冬哉が
「ちょっと待った。真吾もあそこに行くつもりにしていたんか?
あいつが章次と会ったら…」と言い荷物を取った。
「ちょっと冬哉君、何をするつもりなの」
 雪菜が冬哉を止めようとして言った。
「決まっているやろう、あいつを迎えに行くんや。油断している真吾が章次に近づいたら…」冬哉は吐き出すように言った。
「ダメよ、そんな体で」
 雪菜が渾身の力で冬哉を引き止めていたその時、出入り口の方から音がした。
「誰かくる…」
 早智子はそう言った自らの声を、まるでラジオのノイズのように音として感じていた。


【残り 22人】


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