BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
56
[In The Dark(ビリー・スクワイア)]
「くそう、堀のやつどこに隠れている!」
梶原幸太(男子6番)はたくましく日焼けをした顔を歪めて言うと、手に持った突撃ライフル ステアーAUGを構えたまま中へと進んだ。
13時になる少し前に水質試験場の方から銃声が聞こえた。
幸太は少し迷ったが、貯水池に沿ってゆっくりとそちらへと向かった。
D−3辺りで堀を見かけ、数発撃った。
そのうちの一発が当たったが、致命傷ではなかったようでそのまま逃走された。幸太も全力で追ったが見失ってしまった。
それまでの進行方向から当たりをつけてダムに向かったが、ズバリだった。
機械室の扉の前で五代冬哉(男子10番)に会ったが、邪魔をされると面倒なのでAUGの銃床で一撃した。
硬質プラスチック製の銃床のためか冬哉は昏倒せず、幸太の侵入を大声で叫んだ。仲間がいるのかと一瞬不安になったが、それもダム内部の誰かの悲鳴と重なったので聞こえていないだろうと思った。
とにかく、今の幸太の目的は堀をこの手で殺すことなのだ。
堀の武器は先ほど見たが、格闘用のものだ。距離を取っていれば何ということは無い。
だが念には念を入れ、目視のできる距離で確実に仕留めようと思った。
ゆっくりとダムの深部に向かって進む幸太の手には汗がにじんできた。
階下に下りようとしたとき、巨大なポンプの方でまた悲鳴が上がった。
女子がいると頭の片隅で認識しながら転げ落ちるように階段を下りると、ダッシュでその方向へと向かった。
階段状に床に埋め込んである巨大なろ過水槽の上に、蓋をするようにフェンスが張ってあった。
それを2、3度踏みつけるようにして安全を確認するとポンプまで一気に走りぬけた。
突き当りを右に曲がった所で、背中を向けている堀を見つけた。
「堀ぃぃいいいいい!」
幸太は腹の底から声を出した。ようやく残る二人の内の一人を見つけたのだ。
スコープを使う事ももどかしくAUGを構え引鉄を絞ろうとしたその時、堀の小柄ながら筋肉で覆われた体躯の向こうに女生徒が見えた。
肉食動物に追い詰められたウサギのように怯え、震えていたのは若松早智子(女子22番)だった。
「わ、若松…なんでここに…」
幸太は動揺し、銃口を下げた。
堀は絶妙のタイミングで飛び掛ってくると持ち前のパワーで幸太を組み伏せ、馬乗りの状態になった。
銃ごと押さえつけられた幸太を見て楽しそうに笑うと、手に持った鉄球を振りかぶった。
───くそう、こんな所でやられてたまるか!
幸太が何とか体勢を入れ替えようと暴れ、もがいたとき一発の銃声が響いた。
早智子が撃ったのだと気づいたのは、ビクッと堀の体が震え、幸太を押さえつけていた腕から力が抜けた時だった。
幸太は渾身の力で堀の体を押しのけると、早智子をかばうように立ち上がりAUGの引鉄を引いた。
唸りを上げて堀を蜂の巣にするはずの銃弾は一発だけ放たれ、沈黙した。
───弾切れ!
幸太は弾装を確認しながら早智子の手をつかみ、右側にある機械の合間を通り抜け、堀の追跡の目をかわした。
薄暗い機械室の中で堀の叫び声を聞きながら、弾装を予備のものに交換した。
幸太の心臓は水球の試合を終えた後のような拍動をしていた。それは、決して堀に追われる恐怖のためではなかった。
何気ないふうを装い早智子の方を見た。
小刻みに震えている早智子はバレーボールのレシーブをするかのように両手を伸ばしていた。
その小さな手の中に小さな拳銃が見えた。
「若松…大丈夫か?」バッグを下ろしながら幸太は訊いた。早智子の目は焦点が合っておらず、歯もがちがちと鳴っていた。
幸太は小柄な早智子の顔の前まで自分の目線を下げ
「堀は、オレが殺すから。心配しないで」そう言った。
ゆっくりと幸太の顔を見て、返事をしようとした早智子の代わりに堀の怒声が響いた。
実際は獲物を見つけた歓喜の声だったのだが二人には関係がなかった。
幸太は素早く周りを見渡すと堀の姿を捉え、引鉄を引いた。
今度こそ堀を蜂の巣にするはずだったが、又も攻撃は凌がれた。
堀は左手に持っていた水槽の蓋を幸太に投げつけたのだ。
秒間10発で発射される5.56ミリ弾は鉄製の蓋により方向を変え、跳弾となってそこら中で火花を散らせた。
反射的に頭を守ってしゃがみこんだ幸太に、跳弾で体中を削られながらも堀はモーニングスターを振り下ろそうとした。
銃を構え直す暇もなかった幸太を救ったのは予想もしなかった人物、沢渡雪菜(女子9番)だった。
「逃げて、早く!」
雪菜は外見と裏腹なパワーを見せ、堀を食い止めていたがそれも一時的なものだった。
あっという間に払いのけられた雪菜は、頭を打ったのかすぐには立ち上がれなかった。
雪菜を振りほどいた勢いで堀は幸太の方に突進してきた。何とか受け止めようとしたが後ろにいる早智子ごと押し込まれた。
めきめきという音と共に後ろの木枠が壊れ、早智子は太いパイプの中に吸い込まれた。
「わ、若松ーーーー」
幸太は叫んだ。堀に対する怒りの炎がより燃え上がるのを感じた。あらん限りの力で堀を突き飛ばした。
───ここで仕留めてやる。
そう思うと同時に、幸太は手に銃を持っていないことに気付いた。
堀と取っ組み合った際に銃を落してしまっていたのだ。
退却するか戦うか一瞬迷ったが、数メートル先でふらふらと立ち上がる堀の右手が力なく垂れ下がっているのを認め、恐怖心を追い払った。
早智子が先ほど後方から撃った一発が堀の右肩甲骨を貫通し、その前面にある神経叢を切断したのだが、もちろん幸太に知る由もなかった。
幸太は腰につけていたブラックジャックを手に取ると堀の頭部めがけて思いきり振り下ろした。
少し硬くなったもちをついたような感触がした。
くぐもった悲鳴をあげながらも堀は抵抗をしてきた。
モーニングスターを2、3度振り回したとき、金属同士がぶつかる音がしてバルブが地面に落ちた。同時にどこからか水の吹き出す音がし始めた。
止水バルブが折れたのだ。
幸太は軽くジャンプをして反動をつけると、思い切りブラックジャックを振り下ろした。
水の音に一瞬ひるんでいた堀は、まともにその攻撃を受けた。
幸太は叫びながら何度も何度も殴り続けた。
「この一年、オレはこの時を待っていた。若松をレイプするなんて…オレは、お前たちが憎かった。お前たちを絶対にこの手で殺してやろうと思っていたんだ」
幸太は呪文のように言いつづけた。
「オレにとって『プログラム』はチャンスだった。お前たちのボスから集合場所の手紙を預かったようにみせかけて、一網打尽にしてやろうとしたんだ。柴田も、高橋も、三浦も手榴弾で始末した。そしてあいつらの持っていたライフルで石田も撃ち殺した。山の中で死んでいた神崎もぼろぼろになるまで撃ってやった。正午の放送で安田も死んでいた。残っているのはお前とボスの藤田だけだ」
幸太は鬼のような形相で堀を殴った。
「オレはお前たちのようなケダモノを狩る『ハンター』だ!」
最初は抵抗をしていた堀だったが、次第にそれもなくなり殴られるままだった。
堀の頭部は割られたスイカのようになり、どちらが前なのかさえ分からなくなっていた。
幸太が殴りつづける度に、インパルスを受けた筋肉の収縮で体は奇妙なダンスを踊っていた。
しばらくして幸太はブラックジャックを振り下ろすのをやめた。
絶命した堀を見下ろしながら荒く息をする幸太の頬は、涙で濡れていた。
【残り 21人】