BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


57

[愛の水中花(松坂慶子)]

 梶原幸太(男子6番)は我に返った。たくましい腕で涙を拭うと
「若松、どこだ。返事をしてくれ」と大声で言った。
 先ほどの格闘に巻き込まれた早智子はどこかに転落したはずなのだ。
 幸太は洞窟のように口を開けたパイプまで行って叫んだ。
「ここよ。地下室みたいな所に落ちたの」
 水の音のために途切れながらだったが、幸太が駆け抜けたフェンスの辺りから声が聞こえた。幸太はフェンスに顔を押し付けるようにして中を覗きこんだ。
 真っ黒な空間にポツンと白い姿が見えた。若松早智子(女子22番)であった。
 その姿を覆い隠そうとするかのように壁から水が噴き出している。
 ダムの水をろ過する貯水槽に早智子は落ちたのだ。
「待っていろ、すぐ助けるからな」
 幸太は手に持っているブラックジャックでフェンスを叩いたが、微妙にしなるだけで何の変化もなかった。
 急いで水を止めようとしたが、堀がバルブを壊したために閉めようにもハンドル自体が折れてしまっているのだ。
「サッチン、大丈夫?」
「おい梶原、お前何をしやがった」
 沢渡雪菜(女子9番)と五代冬哉(男子10番)がお互いに支えあうようにしながら歩いてきて、ほぼ同時に言った。
「お前ら、ロープか何か持っていないか?」幸太は訊いた。
「そんなもん、ある訳ないやろう。若松、そっちから上がってこれんか」冬哉は早智子に訊いた。
「ダメなの。傾斜がきついし…それに、ここから水が出ているの」
 早智子の返事に三人は愕然とした。
「このままだと、サッチン…」
 雪菜はあまりの恐ろしさにそれ以上言えなかった。
「くっそう…」幸太はフェンスを素手で殴りつづけた。
「梶原君、自分を責めないで。私はもう助からないわ。でもこれも水難の相の占いどおり、運命なのよ。梶原君の気持ち、とってもうれしかった」
 そう言うと、早智子は見えないかもしれないと思いながらも笑顔を作った。
「このまま黙って見ているしかないのか!」冬哉は拳を握りしめた。
「梶原君、何をするの?」
 不意に立ち上がった幸太に雪菜が言った。
「沢渡、ガンバレな」
 幸太はそう言ってにっこり笑うと、水槽へと繋がるパイプに身を躍らせた。
 


 さわやかな笑顔で降り立った幸太に、早智子は
「梶原君、どうして…」と言葉を詰まらせた。
 早智子の目から涙が溢れ出すのを見て、幸太は恥ずかしそうにうつむくと
「オレ、入学した時から君の事が好きだった。でも君があいつらに…襲われたって聞いて…オレ、あいつらをやっつけてやろうと思った。でも、泳ぐしか能がないから。真吾があいつらをぶちのめしてくれたらしいけど…でもオレ、若松の事をまっすぐ見ることが出来なくなっていたんだ」
 胸まで水につかりながら幸太は自分の気持ちを早智子に伝えた。
 早智子は幸太を優しく抱くと、彼の胸に頬をつけ
「ありがとう。私、本当にうれしいよ」と言った。
「ゴメン。何度か追い詰めたんだけど、藤田だけは倒せなかった」
 幸太は言いながら、ガラス細工に触るように早智子を抱きしめた。早智子の小柄な体は、すっぽりと自分の手の中に収まった。
 幸太は、長い間胸につかえていたものが取れたように思えた。
「五代、沢渡、もうオレ達二人にしてくれ」
 頭上のフェンス越しに二人を見ている冬哉と雪菜に言った。
「オレの銃ももって行っていいから。出来ればそれで藤田を殺してくれ」
 幸太はさわやかな顔で物騒なことを言った。冬哉は苦い表情をしたが
「分かった、だが一つだけ言っておくぞ。あのバカどもをぶちのめして若松に手出しをさせないようにしたのは真吾じゃあない」と言った。
 思わず幸太と早智子は顔を見合わせた。
「じゃあ一体誰が…」
 という幸太の問いに、冬哉は「藤田だよ」と短く言った。
 幸太はこれまで起こったどの出来事よりも驚いた。
「真吾が連中をぶちのめそうと呼び出した場所に行ってみたら、藤田の奴がもうボコボコにしていたそうだ。ボスが手下どもを粛清したんだよ。人は見かけで判断できねえと教わったね。まあ、あのバカ連中も、真吾にやられるよりは幸せだったろうよ」
 冬哉は幸太に伝えた。
 幸太は唖然としていたが、早智子は
「ありがとう、五代君。私のバッグにタロットカードが入っているから良かったら使って。沢渡さん、あなたが結城君に会えることを祈っているわ。そして伝えてほしいの。若松早智子の最期は、私を愛してくれる人と一緒だったって」と言った。
 雪菜は黙ってその言葉を聞くしかなかった。
 冬哉はAUGと予備弾を拾い上げると自分の荷物に入れ、同じ様に早智子のバッグからタロットカードを取り出すと学生服のポケットに突っ込んだ。
「あばよ」と二人に言うとフェンスに突っ伏している雪菜を抱き起こし、ダムを後にした。



 幸太は早智子を抱えるようにして水に浮いていた。
 水球部でフォワードを務める幸太には朝メシ前の事だった。
 だが、水面から上に出ているのは首から上のみであった。
 頭の上にあるフェンスは硬く口を閉ざしている。天井部であるフェンスまで水位が上がったとき、幸太と早智子は死ぬのだ。
「オレも一度早智子に占って欲しかったな」
 幸太は照れながら言った。
「私の占いで出てきた『戦車』のカードは幸太君のことだったんだよ。私のためにケンカをして、最期まで守ってくれるんだもの」早智子は応えた。さらに
「『太陽』は結城君で『力』は…堀君だったんだ…」と付け加えた。
「死ぬのは…恐くない?」幸太は唐突に訊いた。
 早智子の顔は一瞬ゆがんだが、すぐ笑顔になり
「正直恐いよ。でも、『死ぬより恐いことって自分の誇りを失うことだ』って結城君が言っていた。私、幸太君のおかげで誇りは失わずに済んだと思う」と言った。
 幸太は苦笑いをした。だが、すぐ真顔になり
「オレも恐い。特に溺死は苦しみが長く続くから…。そんな死に方を早智子にはして欲しくない」と言った。
 早智子は悲しみが混じった笑顔で
「ねえ、キスして。私、本当に好きな人とキスをした事がないの。だから死ぬ前に…」と言った。もう水は二人の鼻の下まで来ていたのだ。
 幸太は軽く頷くと目をつぶり、早智子と唇を重ねた。同時に二人は頭まで水没した。
 幸太は自分の肺に残った最後の息を優しく早智子に吹き込んだ。
 早智子が自分の腕をぐっとつかむのを感じた。
 不意にその力が抜けると早智子はもう動かなくなった。
 幸太は、柴田から奪いとって最後まで身に付けていた自殺用のコンバットナイフで早智子の心臓を正確に貫いたのだ。
 ───ゴメンよ。オレ、もう君が苦しむ姿を見たくないんだ。
 紅く染まっていく水の中で、早智子は微笑を浮かべたまま息絶えていた。
 幸太の手から離れたナイフは自らの役目を終えたかのように貯水槽の底に沈んでいった。
 ───すぐ追いつくから待っていてくれよな。
 もう一度早智子にキスをすると、幸太は肺の中まで水が入ってくる苦しみに身をよじらせ、やがて動かなくなった。
 ごぼりと吐き出された最後の空気と共に、幸太の魂は早智子の待つ天国への階段へ駆け上っていった。


【残り 19人】


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