BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
58
[透明人間(ピンクレディー)]
遠藤章次(男子4番)は、自分に残された時間がそれほど多くないと感じていた。
「本部」でプログラム担当官 朝宮みさきにやられた胸の傷が徐々に痛みを増してきているのだ。
胸部の痛みのために食事はおろか、呼吸でさえもつらくなっていた。
「五代を見つけるのが先か、オレが動けなくなるのが先か…」章次は吐き捨てるように言った。
コテージの周辺をくまなく捜索した結果、ようやく水質試験場で邂逅し、あと一歩というところまで追い詰めたのだが五代冬哉(男子10番)が手から出した炎に驚いて取り逃がしてしまった。
マジックの技法だと解かっていても、急に火を見れば体がすくんでしまうという動物としての習性を突かれたのだ。
そうしながらも夢中で撃ったUZIの弾丸は、冬哉にケガを負わせたようではあった。
点々と落ちている血ノリの量を見て、このケガなら章次にも追いつく事は楽勝だと思えた。
だが、それも冬哉のトリックによるものであった。
血ノリは高圧電流の流れている外周フェンスを越えて、さらに西へと足跡を残していた。
いくら冬哉がマジシャンとはいえ、この高圧電流のフェンスを越えて行けるとは思えなかった。
何より、章次の首にもある忌々しい首輪を外さなければ、フェンスを越えた時点で内蔵された爆薬により首を吹き飛ばされるはずなのだ。
章次は、冬哉に一杯喰わされたことを知りあわてて追撃を続けた。
血の色が変わっている場所をつきとめると
「オレをこっちに向かわせたという事は、奴は反対の方向に向かったはずだ。奴もケガをしているのなら、まだ追いつける」
自分を奮い立たせるように言うと、ダム湖の方へと歩を進めた。
先ほどよりも増してきた胸の痛みをこらえ、湖の辺までたどり着くと、ちょうどダムの出入り口から五代冬哉と沢渡雪菜(女子9番)が姿を現した。
章次はダムへと続く斜面を転がるように駆け下りていった。
二人は水質試験場へと向かう道を戻ろうとしているのか、フラフラと歩く二人に追いつくのは容易だった。
何の準備も策も無かったが、章次は二人の前に飛び出した。
予想通り、二人は驚いた。だが、その後雪菜は悲しそうな顔をし、冬哉は露骨に嫌悪感を現した。
「ちょろちょろと逃げ回りやがって…」章次は荒く呼吸をしながら言った。
「もうやめて。こんな事をして何になるというの」雪菜は泣きそうな声で言った。
章次は、二人に逃げられないように行く手を阻むよう回り込みながら
「だからさっきも言っただろう。最初に五代を助けたためにオレは他の連中を殺せなくなった。あの『本部』での言動で、オレはやる気になっていると思われているのにな。オレ自身が初めからやり直すためにも五代を殺さなければならないんだ」と、言った。
「お前の自己チューな理屈なんてどうでもいいけどな、それを笹本が喜ぶとでも思ってんのか?」それまで黙っていた冬哉が言った。
「っつ…」死んだ笹本香織(女子8番)を思い出し言葉を詰まらせる章次を見て、冬哉はぺっと唾を吐いた。
「いいぜ。オレ様も、今最悪に虫の居所が悪いんでな、相手になってやる。でもな、死んでから文句をいっても遅いんだゼ!」と言い、「ゼ!」の所で雪菜を右方向に突き飛ばすと、自分は左手の方に飛びながら隠し持っていたカードを投げた。
章次は、不意を突いて顔面に向かって飛んできたカードに反応してしまい、咄嗟に顔をかばった。
カードを払い落とすのと同時にUZIを向けたが、冬哉は当然そこにはいなかった。
木を盾にするようにして章次の右手方向から回り込み、背後を襲おうとしているようだった。
「そんな手に引っかかるかい」章次はUZIのセレクターを単発に切り替えると、慎重に狙って二発撃った。
「がっ」という苦鳴と共に冬哉は目の前の薮に倒れこんだようだった。
とどめを刺そうと章次が駆け寄ったとき、頬に鋭い痛みを覚えた。あわてて触ると鼻の付け根から右の頬までがザックリと切れ、とろりと血が出てきた。
そこには、注意しないと見えないような細い鋼線が張ってあった。
冬哉の仕業だ。
「どうした、もう終わりか? 夜店の標的じゃないからな、おとなしく撃たれるのを待っちゃあいないぜ」
いつの間にか立ち上がった冬哉が、小バカにするように言った。
そしてぽんと手を叩くとそこにステッキが現れた。
驚く間もなく、その先端から炎が噴き出し章次の顔を炙った。
「あっつ、熱い。てめえぇぇぇ」
髪の毛が少し燃えた章次の顔を、薄笑いを浮かべながら冬哉は見ていた。
さらに冬哉が両手をあげるとステッキは冬哉の手を離れ、勝手に章次の方に飛んできた。
これには章次も驚いた。恐怖したといった方が正確かもしれない。
ステッキは章次の頭から1mほどの上空から何度も降下して打撃を加えていった。
───こんな状況でなければ拍手をしていただろうな。
一瞬、章次の頭にそんな思いが浮かんだ。それを振り払うように
「五代ぃぃぃぃぃ」と叫びながら、冬哉がいると思われる場所を連射した。
マガジン一本分を撃ち尽くして一呼吸置くと、不意討ちを避けるために薮の中に隠れた。
冬哉の姿を探すため薮をどけようと手を伸ばした時、背後でがさっという音がした。
あわてて振り向くと、いつの間に戻ったのか冬哉が自分のバックを拾い上げ、雪菜と逃げ出そうとしている所だった。
「バカにしやがってぇぇえ」
章次は銃を使う事も忘れて駆け戻ろうとした。
冬哉は1mほど離れている雪菜に左方向(章次の右手側)へ行くように指示をしたようだ。
その方向には大きな楡の木や薮があり、逆方向よりも遥かに隠れる場所が多いのだ。
章次が5mほどの距離まで近づいた時、冬哉はバックを置くと雪菜を抱くようにしながら章次の右方向に駆け出し、同時にカードと何か丸いものを章次に向かって投げつけた。
ぼんっという小さな音と共に地面に落ちた球体から緑色の煙が噴き出し、カードは章次の顔の傷に当った。
煙の向こうで冬哉と雪菜の姿が徐々に消えていった。
章次は追いかけたが、罠を警戒しながらなのでたった5mの距離がその何倍にも感じられた。
だが、そこには冬哉のバックが地面に転がっているだけだった。
冬哉は忽然と姿を消したのだ。
「どこだ、どこに隠れやがった。五代ぃぃぃぃ」
弾装を交換しながら章次は辺りを見渡した。
冬哉が走っていった方向には大きな楡の木の他にも人間が隠れられそうな薮がいくつもあった。
煙を手であおぎ、地面に落ちた血をも見逃さないように探したが、それさえも見つからなかった。
この煙に溶け込んだかのように、冬哉も雪菜も姿を消してしまったのだ。
怒りと恐怖が入り混じり、章次は人が隠れられそうな薮、木の陰、すべてに銃を乱射した。
だが、ついに冬哉達を見つけることは出来なかった。
「五代…お前までオレを…置いていくのか…」
静寂が答えであるかのように、章次は再び冬哉を求めてふらふらと歩き出した。
【残り 19人】