BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
59
[さよなら大好きな人(花*花)]
E−3エリアのちょうど真ん中あたりには、その森を彩るかのように薄い緑色の煙が漂っていた。
五代冬哉(男子10番)と遠藤章次(男子4番)の戦いの名残であった。
章次がもう少し注意深く捜索をしていたなら、空中に浮かんでいる血痕を発見できたかもしれない。
空中から流れ出る血液は神秘的にさえ見えた。
「冬哉君、しっかりして。冬哉君…」
沢渡雪菜(女子9番)は、ぐったりとしている冬哉を抱きかかえるようにして立っていた。
冬哉は雪菜の手を振りほどくと、ゆっくりと楡の木に向かって歩き、それにもたれかかるようにして座った。
「どうだ、沢渡。見事なものだったろう?」
冬哉はいつものように薄く笑みを浮かべて言った。
先ほどの戦いの最中、章次が肉薄してきたとき、冬哉は雪菜に向かって走りながら「バックする」と短く言った。
雪菜が何のことか理解する暇も無く、冬哉は何かを章次に向かって投げた。
そしてその後、雪菜の手をつかみいきなりその姿勢のままバックをした。
その方向には身を隠すものが何もなかったので、体が硬直した。
だが、手を引かれるまま数歩走ると冬哉は昨夜のように雪菜の口をふさぎ、静かにするように促がした。
銃を構えた章次と約2mの距離で向かい合い、目があった時には生きた心地がしなかった。
不思議な事に、章次には自分が見えていないかのようにそのまま通り過ぎていった。
雪菜は魔法にかかったような気分であった。
章次がヒステリックに銃を乱射した時は驚いたが、防弾チョッキのおかげで何とか弾丸のシャワーを直接浴びずに済んだ。
衝撃もチョッキがかなり吸収してくれたようだ。
しかし、章次が立ち去るまでは恐怖感で一杯であった。
雪菜は、緑色の煙が薄くなって初めて目の前に映画のスクリーンのように薄く銀色をしたものがある事に気づいた。
そう、それは屏風状になった布状のマジックミラーであった。
これにより章次からはこちらが見えず、逆にこちらからは章次が見えたのだ。
最初の急激な方向転換で章次の目に残像を浮かべてかく乱させ、さらに緑色の煙幕を張る事によって、このマジックミラーの違和感をも消失させていたのだ。
雪菜は、冬哉が右手を負傷しているにもかかわらず、この作業を一人で終えていた事に驚いた。
恐らくこの作業を見破られないために、ステッキで章次の注意を上に向けていたのだろう。
改めて冬哉の使うマジックの奥深さを見せられた思いであった。
「凄かったよ、冬哉君。今朝話していた新作ってこの事だったのね。冬哉君きっと凄いマジシャンになれるよ、私が保証する」
雪菜は冬哉に向かって微笑んだ。
「なれねえよ…」という冬哉の返事と共に、雪菜の笑顔は凍りついた。
冬哉の腹部、胸部から血が流れ出ているのだ。
「冬哉君、どうしたの。一体いつ…」雪菜は冬哉への質問を飲み込んだ。
当然、今の戦いで負傷したのだ。
手早く学生服のボタンを外し、傷をタオルで押さえた。
「沢渡、そんな事よりも…大事な話がある」そう言って冬哉の手がそれを止めた。
「いいか、ヤル気になっている奴も、そうでない奴もこの煙は見ているはずだ。どっちにしても…ここで他の連中に出くわすのは避けた方がいい。だからすぐここから離れろ」
冬哉はゆっくりと言った。
「何を言っているの。冬哉君もいっしょに…」という雪菜に
「お前ももう分かっているだろう。オレ様は…もうだめだ。言っただろう、女に守ってもらうのは…オレ様の…主義に反するんだ」と、言った。
「バカな事を言わないで。約束したでしょう、真吾に会うまでがんばるって。だから…一緒に行こう」雪菜の目から涙がこぼれた。
「ねっ。このエリアを出る位ならあなたを担いで行くことも出来るわ」そう言って手早く荷物をまとめ始めた。
だがその手を冬哉に引かれ、雪菜は振り向いた。
冬哉は先ほどと同じように木にもたれて座っていた。
「沢渡、オレ様の…最期のマジックを見てくれ」
冬哉はそう言うと、若松早智子より譲り受けたタロットカードをポケットから取り出し口に咥えた。
冬哉の顔は血の気を失い、青白くなっていた。
いたたまれなくなり、雪菜は目をそらしそうになった。
雪菜の気持ちを読み取ったかのように、冬哉はすぐマジックを始めた。
始めたといっても、左手でカードをぴんっと弾いただけだ。
冬哉に弾かれたカードは、万有引力の法則により一枚ずつ彼の腹部の傷辺りに落下した。
『星』、『女教皇』、『塔』、『正義』、『愚者』…22枚のカードは次々と落ち、最後に一枚のカードが残った。
唯一裏向きになっていたそのカードを冬哉は雪菜に向かって投げつけた。
まばたきをする間もなく雪菜の顔の横をカードは飛んでいった。
何が起こったのか分からず、呆気に取られた雪菜は飛んでいったカードの行方を追った。
雪菜には、冬哉の投げたカードからその人物が現れたように思えた。
『太陽』のカードを握り、静かに佇んでいる人物。
結城真吾(男子22番)であった。
【残り 19人】