BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


60

[夏の約束(EPO)]

「雪菜…冬哉…」
 結城真吾(男子22番)は五代冬哉(男子10番)の前に倒れこむようにひざをついた。
「どうした…そんなにオレ様に会えたのがうれしかったのか?」
 冬哉はいつものように薄く笑いながら言った。
 真吾は手早く冬哉の傷を診ると、カードをキャッチした場所まで戻った。
 支給されたバックと、もう一つ別のバックを持ってくると、中から治療に必要な品を取り出した。
 冬哉の右手は毒にでもやられたかのように青黒く変色し、肩にも貫通銃創があった。
 他にも右足のかかと、右胸、左側腹部に盲貫銃創があり、激しい出血があった。
 冬哉を静かに横たえると、胸と腹の傷をガーゼで押さえ、サラシで硬く縛った。
 注射器と点滴のパックを取り出し、手早く左足に点滴を入れた。
「痛み止めのモルヒネを打つぞ」と言って冬哉のズボンに手をかけ、臀部に注射を打った。
 黙ってその作業を手伝う雪菜に
「イヤーン、エッチ」と冬哉が言った。続けて
「おい真吾、無駄なことはするな。それはお前が沢渡を守るために使え」と、かすれる声で言う冬哉に
「くそっ、このモルヒネ腐ってんのか。べらべら患者がしゃべりやがって」
 と、真吾が応えた。
「どうせならモクくれ」という冬哉に、真吾はポケットから国産タバコ“ワイルド7”を取り出し、自ら火を点けて咥えさせた。
 冬哉がうまそうに大きく吸い込むのを待ってから
「雪菜を守ってくれていたんだな」と、真吾は言った。
 ゆっくりとタバコを燻らせながら
「約束したからな…」冬哉は静かに言った。





 今年の夏休み、将来について話し合ったあの日の夜、酒の入った冬哉と俊介、真吾は大いに盛り上がった。
「でもこの国でエンターテナーになるっていうのは、難しいだろう?」俊介は言った。
「オレ様に不可能は無い!
ダメなら米帝でもどこでもいくさ。なあ、真吾」冬哉はいつもより饒舌になっていた。
 真吾は微笑を浮かべ
「お前なら北極で白熊相手にでもマジックをやりそうだな」と言った。
 その言葉に三人は爆笑した。ようやく収まると、俊介が
「でも…最大の難関が待っているぞ」とまじめな顔で言った。
「プログラム…か……」
 真吾が憂鬱そうに言った。
 確かに『プログラム』はこの国の中学三年生には避けて通れない関門であった。だが冬哉が
「大丈夫。この3人が集まれば『プログラム』なんて物の数じゃないって」
 と、いつものように楽観的に言った。
「その『3人が集まる』っていうのが一番難しいんだぞ。まったく、お前と話すと疲れるよ」焼酎のお湯割を飲みながら俊介が呆れたように言った。
「そんなことは真吾が考えるって。なあ、真吾。何かいい方法あるか?」冬哉がカクテルをなめるように飲みながら、トロ〜ンとした目つきで真吾の方を向いた。
「五感のうち、嗅覚と味覚、皮膚感覚は使えないから他の二つになるな…聴覚は会場の広さにも影響されるし、例え伝わっても暗号化しないとヤバイからな。手っ取り早くて確実なのは視覚かな」と、真吾はウイスキーの入ったグラスを傾けながら言った。
 少し間を置いてから
「煙だな」と、真吾は確認するように言った。
「そうか、まともに文字を書くと他の奴が来たり、ぎゃくにそれを利用されるかもしれないしなあ」俊介は言った。
「よっしゃ。じゃあ風水式に青が東、白が西、南が赤、それ以外の色が北だ。その煙が上がったところからそれぞれの方向の突き当たりに集合ナ」冬哉はまるで自分が決めたかのように言った。
「赤とか青ってどうやって出すんだよ」と、俊介が迷惑そうに言ったが
「いいの、いいの。お前は白か黒しか出せないだろうから。それでいいの。そんな事よりもお前は本田に告白できるかどうかを心配しとけ」
 完璧に酔っ払った冬哉は小バカにするように言った。
 顔を真っ赤にしながら冬哉につかみかかろうとする俊介を真吾は笑いながらなだめた。
「本田も沢渡もオレ様が守ってやるよ。無事にお前たちに会わせてやるって」
 冬哉は自身満々で言った。
「真吾、冬哉よりも自分に任せておけ」
 真吾が雪菜とはすでに別れたことも忘れて、俊介も酔った勢いでどんっと胸を叩いた。
 さらにその後で、真吾が武術の師匠である鄭泰雲に『万が一の時には孫の華瑛を守るように』と厳命されている事を思い出し、表情を曇らせていた。
「頼むな…」という真吾の返事を最後に話題を変えた。
 三人は、嫌な気分を流しさろうとするかのように、その後もさらに飲みつづけた。






「お前、あの時言った事のために…こんなになってまで雪菜を守ってくれたのか」
 真吾は絶句した。
「昨日の夜に思い出したんだけどな…お前との約束は死んでも守るさ。お前も俊介も逆の立場ならそうしただろう?」
 当然のように言う冬哉を見て、雪菜は涙が止まらなかった。
「サンキュー、冬哉」
 真吾は冬哉の手を握った。
 冬哉の利き腕である左手を触ったのは真吾が始めてであった。
 指先の感覚を守るために、冬哉は親にも利き手を触らせることはしなかったのだ。
 払いのけることも、握り返すこともしない冬哉に異変を感じ、手首の脈を診た。
 さっきよりも明らかに弱くなっていた。
 冬哉が咥えていたタバコが、ぽとりと地面に落ちた。
「しっかりしろ、冬哉」真吾は励ました。
 冬哉はゆっくりと首を横に振ると
「オレ様は…もう楽になる。…お前はもう少し…苦しめ」
と、力無く笑いながら言った。
「何だ、弱気な事を言うな、お前がいなくなったら俺の荷物は誰が持つんだ」
 真吾は教室でじゃれあっているかのように言い返した。
「さ、沢渡…」冬哉の声に、雪菜は体を乗り出した。
「なに、冬哉君?」雪菜は冬哉の顔を見ながら言った。先ほどよりも青白くなっているように感じた。
 血液が流れ出す度に、彼は死への階段を一歩ずつ上っているのだ。
「たとえ…こ、この先どんな結果が待っていても、クラスメイトの…だ、誰も怨んじゃあダメだぞ」
 冬哉は一言一言を雪菜に言い聞かせるように伝えた。
「う…ん……」
 雪菜は冬哉に聞こえるように返事をしたつもりだが、涙のせいでうまくいかなかった。
「き、き、筋肉バカ…の俊介に…こ、こく、告白しろって…真正バ…カの英明…よ、よろ、よろしく言……くれ……」
 冬哉は表情を変えずに言った。そして
「達者でな……」
 はっきりと言うと、冬哉の全身から力が抜けた。
 沈んでいく太陽と共に、冬哉の命もこの地上から消えていった。

【残り 18人】

中盤戦 完




終盤戦に続く。


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