BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


≪第四部 終盤戦≫

61

[悲愴(チャイコフスキー)]

 先ほどまで秋めいた柔らかい風が吹いていたが、日が落ちると共に気温はどんどん下がっていった。
 伊達俊介(男子13番)は学生服の襟を合わせながら、時計を見た。
 デジタル式の時計は17:46を表示していた。
 そろそろ藤田一輝(男子17番)と谷村理恵子(女子11番)を起こさなければならない。
 18:00には定時放送があるのだ。
 俊介達四人は、A−5にある墓地の端に設置された用具入れを隠れ処にしていた。
 昼前にここに着いたので正午の放送の後、二人づつ交代で眠るようにした。
 俊介と東田尚子(女子16番)は先に休ませてもらった。2時間近く眠る事が出来たので体力は回復していた。
 一輝と理恵子は、俊介達と交代するとすぐに眠りに落ちた。
 それからもう2時間近く経っている
 俊介は大きく伸びをすると、尻についた葉っぱを払い落とし用具入れに行こうとした。
 そのとき目に飛び込んできた光景を、俊介は幻かと思った。
 湖の少し南、西の山の中腹から薄く緑色の煙が上がっているのだ。
 俊介は尚子に見張りを頼むと、あわてて一輝と理恵子を起こしに行った。
「おい、起きてくれ。真吾から合図があったんだ。煙が上がったんだ!」俊介の声に理恵子は飛び起きた。
 一輝は、体は起きたが頭の中にはまだ霧がかかっているようで動作が緩慢であった。
 しかし、緑色の煙を見ると
「確かに緑の煙だ…あれは間違いなく結城だな」と、俊介に確認をするように言った。
「よかった、結城君…無事なのね」
 理恵子は少し涙ぐみながら一輝に寄り添った。
「そうよ。だから言ったじゃない、結城君は大丈夫だって。藤田君も…結城君以外の誰があんな色の煙を出せるっていうの。間違いないわよ」尚子も興奮のあまり、うわずった声で言った。
 尚子の言葉を聞いて、俊介はハッとした。
「東田、真吾以外にもう一人…」と、言いかけたときにクラッシックの荘厳な音楽が四人の耳に飛び込んできた。
 ───チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」
 俊介は腕時計を見た。
 18:00ジャスト。この『プログラム』が始まって3回目の放送であった。
『三年四組の諸君、担任の朝宮みさきだ。本日3度目の放送だな。まず、正午からこれまでに死亡した者だが───』
 この言葉を聴いて一輝はツバを吐いた。
 俊介も同じ気持ちだった。こんなにムカツク情報は他にないと思った。
『人数が半分になったからな、今回から死亡した順番に名前を読み上げる』
「何を考えているのよ、あの女!」と、尚子が怒りをあらわにした。
 それでも四人は朝宮の放送を聞き逃すまいと耳を傾けていた。
『まず女子13番 鄭華瑛、男子18番 堀剛、女子22番 若松早智子───』
「う、うそ。華瑛ちゃん、サッチンも…」同じグループにいた二人の死を知り、理恵子は涙声で言った。
 一輝は理恵子を抱きかかえるようにしながらチェックを続けた。
『男子6番 梶原幸太、男子10番五代冬哉、以上五名。続いて───』
 冬哉の名前を聞いて、俊介の思考は止まった。
『───続いて禁止エリアを発表する。今から一時間後、19時C−9、21時H−2、23時E−3以上だ』と読み上げる朝宮の声も放送も耳に届いていなかった。
『もう少し人数が少なくなったら禁止エリアを増やすからな、しっかり殺れ。それでは放送を終わる』始まった時と同じように唐突に放送は終わった。
 泣き崩れる理恵子を尚子に預けると、一輝は俊介の地図をひったくるように取り、禁止エリアを書き込んだ。
 まだ固まったままでいる俊介を見て一輝はチッと舌打ちをすると、無造作に殴った。
 仰向けで倒れた俊介の胸倉をつかむと
「お前、今さらセンチになっている場合じゃあないぞ。それとも何か、お前の仲間だけは大丈夫やとでも思っていたんか」と怒鳴るように言った。
「やめて、いっちゃん」理恵子が一輝を止めた。
「いや、この際はっきり言っておいたほうがこいつのためだ。いいか、これからはこのクソゲ−ムに参加しそうになかった奴まで牙をむいてくるんだぞ。そうなったらお前みたいなお人よしの甘ちゃんが真っ先にやられるんだ。死にたくなかったら、気合入れろ」
 一輝は俊介を諭すように言った。
「それにな、正直オレは死んだのが五代でよかったと思っている。あいつには悪いけどな…もしこれが結城だったらオレもどうなっていたか分からない」
 最後はつぶやくように言った。
 俊介は大の字に寝転がったまま泣いた。
 後から後から涙が出てきた。
 日が沈みかけた夕焼け空が涙でにじんでいた。
 その空に冬哉の顔が浮かんだ。
『どうした俊介、たまには筋肉じゃなくて頭を働かせろ』
 冬哉がいつものクールな笑みを浮かべながら話し掛けてきた。
『今はオレ様の死を悲しむより他にやる事があるだろう。そいつを全うしろ』
 そう言って消えていった。
「冬哉…」
 俊介はつぶやくと拳を握り締め、ぐいっと涙を拭いた。
 力強く立ち上がると
「今はやるべき事を…やる」他のみんなに、そして自分自身に言った。
 一輝は俊介の目を見たまま数回うなずいた。
 仲間割れの危機が去り、ホッとした尚子は『ソロモン』を見て大きく目を見開いた。
「誰かこのエリアに入ってきたわ」グロック17を取り出しながら言った。
 一輝も理恵子も素早く自らの持つ武器を取り出した。
「どこからだ」一輝が短く訊いた。
「南東からよ、まっすぐこっちに向かっているわ」尚子が声を小さくして答えた。
「よし、オレと理恵子は左手にまわる。もし、ヤル気の奴だったらお前たちは反対にまわってくれ。最悪、挟み撃ちに出来るからな」
 ケンカ慣れをしている一輝が素早く作戦を立てた。荷物を持って移動をしようとする一輝に
「待て、最初にまわりこむのは自分達のほうがいい。谷村さんはケガをしているから、極力動かないようにしてくれ」と、俊介が言った。
 一輝は少し考え
「OKだ、頼むぜ」と言ってポンと俊介の肩を叩いた。
「もし、ここにいられなくなったらA−2に集まってくれ。詳しい話は省くが、真吾も一度はそこに来るはずだ」俊介はそう言って全員の顔を見渡して確認をすると
「よしっ、行くぞ」と気合いをいれ尚子と移動を開始した。
「神様、みんなを守ってください」
 十字を切り祈る理恵子の手の中で、ワルサーPPKが夕日を浴びて不気味な光を放っていた。

【残り 18人】


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