BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
62
[汚れた絆(尾崎豊)]
がさがさという草ずれの音が御影英明(男子20番)の耳にうるさいほど感じられた。
「本当にここにいるのか…」
怯えを隠そうともせず、きょろきょろと周りを見渡しながら進んだ。
英明の右手には東側最高のサブマシンガン
VZ−61スコーピオンが握られていた。
だが左手はその代償のようにだらりと垂れ下がったままだった。
「本部で撃たれたあとは痛くても動いたのに…」そうつぶやくと先を急いだ。
ようやく教会が見えてきたが、その前に不気味な墓地が横たわっていた。
一瞬躊躇したが、ごくりとツバを飲み込むと慎重に墓石の間を進んだ。
「とまれ!」と、数歩目で言われたときには英明は口から心臓が飛び出しそうになるほど驚いた。
「だ、だ、誰だ」動揺している事を悟られまいと逆に脅そうとしたが声がうわずってしまった。
手も足も勝手にリズムを取って震えている。
英明は正面に姿を現した人物を見て小便を漏らしそうになった。
───藤田一輝
一番会いたくなかった人物だ。しかも、一輝の手には銃が握られている。
さらに視界の右側で動く者がいたが、一輝から目を離すことが出来ないので確認をする事が出来なかった。
しかし、この人物が英明には救いの神のように感じられた。
「英明、お前…」
声をかけてきたのは伊達俊介だった。
「しゅ、しゅんすけぇ」言葉と一緒に涙がこぼれた。
『プログラム』が始まってから、初めて仲間に会えたのだ。
英明は俊介に向かって駆け出そうとした。
だが俊介は左手で制止を促がすと「そこで止まれ!」と言った。
英明は自分の耳を疑った。
───何でそんなことを言うんだ? 冬哉ならともかく、何故俊介が…。
そんな考えが頭の中を渦巻いた。硬直している英明に、
「ヤル気がないんなら銃を置け」と言った。
「俊介、オ、オレを疑っているのか?」英明は言った。返事をしない俊介に
「何も悪い事してないやん。ここに、仲間がいるって聞いたから…」とあわてて言った。
その言葉に、俊介ではなく一輝が敏感に反応した。
「いま何て言った。ここにオレ達がおるって誰に聞いたんや」そう言うと銃を向けてきた。
英明はまだスコーピオンを手放していないのだ。
「ま、待ってくれ。オレは…」英明は恐怖のあまりあわてて釈明をしようとしたが、やり方がまずかった。
銃を上に持ち上げたのだ。
俊介が止める間もなく、一輝の銃 WZ63がうなりを上げた。
英明の前にあった十字の墓石が砕け、その破片が顔面に食い込んだ。
それまで俊介の傍らで頭を低くして隠れていた東田尚子が「あっ」と声を上げた。
「ちくしょう!」英明はわめきながら地面を転がっていった。
それを追おうと飛び出しそうになった一輝を尚子が制した。
「藤田くん、他にあと二人が…」と、知らせる声に銃声が重なった。下腹に響くような重い銃声であった。
尚子がゆっくりと膝をついた。
「東田ぁ」俊介が尚子に駆け寄ろうとしたとき、再び銃声が響き手前の墓石が根元まで粉々になった。
一輝は闇雲に銃を撃った。襲撃してきた者の位置がわからないのだ。
俊介は素早い動きで隣の墓石を盾にすると
「藤田、行け! ここは自分が食い止める」そう言ってVP−70を撃った。
一輝は少しためらったが「わかった。待っているぞ」そう言いながらWZを撃った。
俊介の意図を察し、一輝は後退をしながらも援護射撃をしてくれているのだ。
俊介はそれを利用して尚子に駆け寄った。
倒れている尚子の左側面に数箇所の弾痕があった。
「東田、しっかりしろ」
尚子を引きずるようにして墓石の重なった場所まで移動させた。
「伊達君、気をつけて。竹内さんと、御影君…挟みうちをするつもりかも知れないわ」
「なに、竹内にやられたのか。あいつ…」俊介は訊きかえした。
女子不良ナンバーワンの竹内潤子(女子10番)は確かに『プログラム』にのってもおかしくはない。だが英明はそんな奴には思えなかったのだ。
───藤田の言う通り、これからは普段おとなしかった奴まで牙をむいてくるのだろうか…。
俊介は引きつった顔で尚子の方を見た。
「大丈夫よ、多分12番ゲージのショットガンだわ。チョークを最大にしていたみたいだし、墓石も盾になっていたから…まともに当ったのは二発くらいよ」
尚子は強張ってはいるものの笑顔を見せて言った。
その顔には細かな傷があり、そっと押さえた左肩からは一筋の血が流れていた。
「それよりも伊達君、いまがチャンスよ」
尚子の言葉に、俊介は周りの警戒を忘れて彼女の顔を覗き込んだ。その俊介を見ながら
「竹内さんが見えるようにゆっくりと倒れたから、私がやられたと思って油断をしているはずよ。だから逆にそこをつけば、簡単に倒せるわ」と尚子が続けた。
本来、何事にも熱くなるタイプの俊介だったが、冬哉の死や英明に襲われたやり場のない気持ち、竹内潤子の容赦のない攻撃がさらに冷静さを失わせていた。
「分かった。自分は何をすればいい?」
紅潮した顔で訊いた。
「私はやられたフリをしてはいずって行くわ。墓地の出口へ向かうから、伊達君は少し距離を取って回り込んで。
それとあと一つ、御影くんが撃つ直前にもう一人このエリアに入った人がいるの。今は反応がないけど、万が一の事もあるから気をつけて」尚子は即座に答えた。
俊介は一も二もなく頷くと足音を立てないようにして移動を始めた。
尚子の姿が必ず見える位置に先回りをし、周りを警戒した。
俊介は墓地の柵を乗り越えると素早く森に入り、尚子が這ってくるであろう墓地の入り口付近まで移動した。墓地まで枝が張り出している木もあったが、出入り口付近には門扉の横に大きな木が一本生えているだけで他には障害物もなく、俊介の位置からは十分見渡す事ができた。
確か墓地の柵から約2メートルがちょうど境界となっていたので、尚子は教会のあるA−5に、俊介はその東のエリアのA−6にいることになる。
簡易レーダーの『ソロモン』から俊介の表示は消えた筈だが尚子は全く動じていないようであった。
───竹内が襲ってくるのなら恐らくこの場所だ。
俊介がVP−40を取り出そうとしたその時、後頭部に衝撃を受けた。
誰かに殴られたという思考と共に意識が遠のいていった。
「俊介が悪いんだぞ。オレを疑ったから…」という英明の声が微かに耳に届いた。
完全に気を失う前に尚子に知らせようとしたが、口がパクパクと動いただけだった。
スコーピオンで二度目の打撃を喰らった俊介の意識は、深い闇へと落ちていった。
「竹内さんが狙ってくるのなら、きっとあそこね」
尚子はそう言うと苦しそうな演技をしながら墓地の出口に近づいていった。
出口の外には街へ通じる道とその横に鬱蒼と茂っている木々があった。
『ソロモン』から俊介の反応は消えていったが、尚子は全く心配をしていなかった。
この地形からして潤子が出口で待ち伏せることは十分予想が出来たし、俊介がそれを見越して潤子を倒そうとしていることも分かっていた。
何より潤子を表わすであろう光点が墓地の出口右側付近で反応をしていたのだ。
───竹内さん、あなたみたいな人を野放しに出来ないわ。覚悟して。
尚子は負傷をした演技をしながら思った。
───あともう少し体を乗り出せば彼女は姿を現すだろう。そして嬉々としながら私を撃とうとする。その時があなたの最期よ。
最後の一伸びをして浮かべた笑顔が急に曇った。
墓地の出口付近には遮蔽物が無い。つまり潤子が身を隠すような場所はないのだ。
それなのにその場所には反応がある。
「そんな…そんなバカな事…」尚子は演技をするのも忘れてゆっくりと立ちあがった。
海風に煽られて、負傷していた尚子の体がよろめいた。
同時にドオンという低い銃声が響いた。尚子は体中にすさまじい痛みを感じながらもグロックで反撃した。
マット運動の後転をする要領で転がる尚子を追うように先ほどと同じ銃声が二度響いた。
───どこから撃ってきたの…
尚子は墓石をバリケートにして隠れ、体中の痛みに耐えながら弾装を交換した。
潤子を罠にかけたつもりが逆にこちらが追い詰められているのだ。
もう一度墓地の入り口を覗き込んだ。大きく開いた門の向こうには、見通しのよい道路とその両脇にある森しかない。
死角になっている所も門柱とその横の木だけだ。
どんな方法を使ったのか分からないが、潤子は姿を隠している。
───ここは退却した方がいい。でも、伊達君がいる今しかチャンスはない。
尚子は気力を振り絞って右手に移動した。
咄嗟にかばった顔以外、体中に無数の散弾が食い込み、血液と体力を奪っていった。俊介と同時に攻撃をかけることが良策だが、それを待つことも出来そうになかった。
『ソロモン』の反応は、約5メートル先の入り口門柱付近を示している。尚子の現在位置からすれば死角もなく隠れようがない。
尚子は大きく息を吸うと最後の力を振り絞って飛び出した。
大きく三歩進んで膝立ちになると、狙いもつけずに門の陰に向けてグロックを発射した。
───いない。
銃を下ろしたその時、轟音と共に尚子の体は後ろへ吹き飛ばされた。
右足をもがれ仰向けに倒れた尚子は、潤子がどこにいたのかようやく分かった。
柵から門まで大きく張り出した桐の木の枝に潤子は登っていたのだ。
しかも、ご丁寧に軍の特殊部隊がするように顔を迷彩に塗り、葉を貼りつけたマントのようなものまで用意していた。
邪悪な笑いを浮かべながら木から飛び降りた潤子は魔女のように見えた。
「ワタシがどこにいるか分からなかったみたいだね、尚子。夕方の薄暮ならこんなちゃちな迷彩でも役に立つんだよ。
それに不安にかられた人間は視野が狭くなるんだそうだ。あんたみたいに真面目でリアリストな人間はこんな隠れかたをするなんて考えないらしいね。『あのお方』のおっしゃるとおりだ」
潤子は尚子の握っているグロックを蹴り飛ばしながら言った。
「あのお方…?」
尚子はつぶやいた。
「この『プログラム』でもワタシ達を導いてくれる方よ、素晴らしい力をお持ちなの。これから死んでいくあんたには関係ないけどね」
潤子は鼻で笑うように言った。
確かに自分はもう助からないと尚子は思った。
それだけに挟み撃ちをしようとしている俊介にこのことを知らせて、何とか彼を逃がさなければと思った。
「あなたみたいなクズを導こうなんていう奇特な人が私のクラスにいたなんてねえ。まあどんなにすばらしい力を持っていたとしても、使い方を間違っているようじゃあ大した人物じゃあないわ。奇特なんじゃあなくてあなた以上のクズかもね」
尚子は最後の気力を振り絞って話した。
潤子の顔色はみるみる青ざめ、そして紅潮していった。
「言いたいことはそれだけかい?
この状態での高飛車な態度を取れることだけは誉めてやるよ」
そういうとスパスを持ち上げた。
「あなたは最後までマヌケね。そんなにチョークを開いたショットガンは殺傷力が落ちるのよ。何なら撃ち方も教えてあげましょうか?
あぁ、あなたみたいなクズに親切にしてやることもないか、どうせあなたも死ぬんだしね…せいぜい『あのお方』とかいうもう一人のクズにシッポを振って、少しでも生き長らえるのね!」
尚子の言葉に潤子は完全に逆上した。
「そんなに早く死にたいのかい」そう言うが早いか尚子の体をまたぎ、その胸に向けて撃った。
血肉が飛び散り、潤子のスカートは血のしずくが落ちるほどであった。
尚子が皮肉を含んだ笑みを浮かべて死んでいるのが気に食わなかったのか、ぺっと唾を吐きかけた。
グロックと尚子の荷物を拾い上げて教会へと向かおうとした潤子の目に、不可思議なものが映った。
尚子が左手に電子手帳のようなものを握っているのだ。
「こいつの武器は拳銃だったよな」
そう言いながらそれを拾い上げた。
何ヶ所かをこねくり回して、それが何であるかを理解した潤子の顔に不気味な笑顔が浮かんだ。
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