BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
63
[裏切りの街角(甲斐バンド)]
「ちくしょう、俊介の奴…オレを疑いやがって」
御影英明はべそをかきながら言った。
夜中に西町住宅や警察署付近で隠れられる所を探していたのだが、教会に知っている者がいると聞かされ危険を承知で行ったのだ。
英明は4組の委員長だったが、誰にも尊敬されていなかった。
要するに唯の世話係や雑用係だったのだ。
そんな英明がいつもつるんでいる友人は三人いた。
その三人のうち五代冬哉は常に見下したような話し方をしたし、結城真吾は少し恐かった。対等に話す事が出来るのは伊達俊介だけだったのだ。
そして確かに英明の友人、俊介はそこにいた。
だが親友だと思っていた俊介が銃を向けてきたのだ。英明の心の支えとなるものはもう無かった。
「冬哉も…死んでいたし、俊介には裏切られるし、どうすりゃあいい?」
英明はにじんでいる涙をぐいっと拭った。
涙を拭う事によってはっきりとした視界の中で何かが動いた。
───人間だ。
英明は慌てて支給武器、サブマシンガン スコーピオンを向けた。
相手もほぼ同時に持っていた包丁を英明に向けた。
「君は…」
「あなたは…」
英明と対峙した相手は横山シスターズの妹、横山千佳子(女子21番)だった。
お互い小刻みに震えながら相手の出方を見ていた。先に口を開いたのは千佳子だった。
「私は順ちゃんを…姉を探しにきたのよ。だけど、銃声がしたから逃げたの」
そう、先ほど東田尚子の持つ『ソロモン』に3人の進入者を表わす反応があった。
一人は英明、もう一人は竹内潤子、そして最後の一人が横山千佳子だったのだ。
英明は千佳子に「ここには、いない」と告げた。
「ひょっとして、あなたがさっきの銃声の主?」
千佳子が緊張した面持ちで言った。
「いや、藤田と竹内らしき女子だ。オレは一発も撃っていない。オレは…裏切られたんだ」英明は銃を降ろした。
「もう誰を信じていいのか分からない、何をどうすればいいのかも分からない」そう言ってべそをかき始めた英明とは対照的に、千佳子は包丁を構えたまま
「じゃあ、あなたはこれからどうするつもりなの?」と落ち着いて訊ねた。
「オレは誰にも必要とされていないし、誰も必要としない…」
英明がぼんやりと言った。
千佳子は、今まで出会ったクラスメイト達と違って全くポリシーがない英明に怒りを覚えた。
「そうしたらさっさと自殺すればええやん。あんた、そんな弱気のまま問題児だらけのクラスで委員長をやっていた御影君なの?
今は『プログラム』の真っ最中なのよ。情けないことを言う前に、もっと自分に自信を持ちなさいよ」
千佳子はそう言って英明を睨んだ。
英明は呆気に取られていたが、徐々に我に返っていった。
「お前にオレの何が分かる。勝手なことを言うな」英明がムッとしたように言った。
「私はそんなつもりで言ったんじゃあないわ。私だってお父さんが亡くなってからは誰にも必要とされないんじゃないかと思った。だけど、お母さんと純ちゃんがいた。
そして何があっても3人で助けあって生きていこうって決めたのよ。
弱気になるのは勝手だけど、自分がどうやって生きていくかくらい自分で決めなさいって言っているのよ」
千佳子が返答したとき、拍手が起きた。
二人が同時にそちらを見ると、すぐそばに中尾美鶴が立っていた。
「青春ドラマみたい、感動的ね」と美鶴は言った。
「中尾か、君も仲間と…」と訊く英明の言葉を遮るように断続的に拳銃の発砲音がし、続いて重い銃声が数度したあと静かになった。
「どこかで聞いた銃声だと思ったけど潤子だったのね。藤田君も一緒なら上に行くのはやめておくのが賢明ね。貴重な情報をありがとう」 美鶴は美しい笑みを浮かべて言った。
「今さらだけど、ここは危険じゃあない? 藤田君と竹内さんのどっちが勝ったとしても私たちの居場所がわかったら間違いなく襲われるわ。
ねえ、美鶴も一緒に逃げましょう」
千佳子の言葉に、美鶴は優雅な動きですっと前に出た。
英明は、教室で見るのとは違う妖艶な雰囲気の美鶴に戸惑った。
───何だ、この違和感は?
英明は美鶴につられるように千佳子の前にきた。美鶴は妖しい笑みを浮かべると
「千佳子の言う通り問題児だらけのクラスだけど、なかなか感動的な芝居を魅せてくれるよ…死ぬ前にね!」
言うが早いかスカートの裾に隠していたカタールをふるった。
英明はとっさにスコーピオンで美鶴の斬撃を受け流すと、思い切りタックルをした。
「逃げるぞ、早く!」
英明は恐怖のあまりへたり込んでいる千佳子に言った。だが、千佳子は美鶴に急襲されたことでパニックを起こしていた。
英明が手を貸してもすぐに逃げる事が出来ないような状態だった。
───オレが時間を稼がないと。
英明は起き上がってきた美鶴に向けスコーピオンをかまえ、引鉄を引いた。
タタタン、タタタンというリズミカルな銃声と、ガチガチガチというボルトの作動音が奇妙なハーモニーを奏でた。
美鶴は素早い動きで身をかわし、木の陰に隠れた。
「くそっ、忘れていた。あいつ確か鄭のオヤジに武術を習っていたんだった」
手のひらがじっとりと汗ばむのを感じながら英明は言った。
『死の恐怖』はそれまで間接的なものであったが、美鶴のようなヤル気の者と対峙すると直接的な圧力となって感じられた。
少し振り向いて千佳子の姿を確認したが、ようやく立ち上がって駆け出したところだった。
「中尾よりオレや横山の方が足は速い。少しでも時間を稼いでオレも逃げないと。何とかきっかけを作りさえすれば…」
英明は美鶴の隠れている木に向き直った。
スカーフと奇妙な形の刃物がそこからのぞいている。
───よし、突撃していってそのまま向こうに走り抜けよう。距離からしてオレを追いかけるはずだ。あとはスプリント勝負だな。
英明はスコーピオンのセレクターをオートに切り替えると、大きく深呼吸をして一気に美鶴の隠れている木まで走った。
そして、木の横を通過しながらスコーピオンを撃った。
だが、そこには枝にくくりつけられたスカーフと大ぶりな刃が刺してあるだけだった。
動揺して足を止めた英明に、頭上から美鶴が襲いかかった。
カタールに両手を添え全体重を乗せた美鶴の一撃は、スコーピオンを握っていた英明の右手を造作なく切り飛ばした。
苦鳴を上げそうになる英明に、美鶴は着地と同時に蹴りを放った。
腹とノドを蹴られ、がくがくと後ろに下がった英明は必死でバランスを立て直そうと木にしがみついた。
ほとんど動かない左手を支えに向き直ると、美鶴が笑みを浮かべて刀を構えていた。
大きく目を見開き、叫び声を上げようとする英明の顔面に美鶴はカタールを突き出した。
英明の口に突っ込まれたカタールは後頭部に抜ける寸前で止まっていた。
口に突っ込まれた金属の味と、後頭部の奇妙なかゆみを感じながら英明は絶命していた。
最期の痙攣を終えた英明に
「自分を犠牲にして千佳子を逃がすなんて、さすが委員長だね。見直したよ」
美鶴は、少し感心したように言うと右足を英明の肩にかけ、カタールを引き抜いた。
支えを失った英明の体は背中の木を支えにして膝立ちになり、その拍子に傾いた顔は偶然にも千佳子の走り去った方を向いた。
カタールによって耳まで切り裂かれた英明の口が、笑っているように見えた。
【残り 16人】