BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
64
[Baby Talk(Jan and Dean)]
日が暮れると、虫たちが鳴き始めた。
沢渡雪菜は、それさえ耳に入らないほど複雑な心境で歩いていた。
パワーアシスト付のマウンテンバイクを押しながら自分の前を歩く結城真吾と、自分を守るために戦って死んだ五代冬哉とは親友だった。
それにもかかわらず、真吾は冬哉の死を見届けると、彼の体を少しさすっただけで簡単に弔いを済ませ、そのまま散らばっている荷物を拾い上げて移動を始めた。
あまりにも冷たい真吾の行動を思い出すと、雪菜は段々腹が立ってきた。
「ねえ!」と、苛立ちを隠さぬまま雪菜は言った。
ゆっくりとふりむく真吾は、かつてつきあっていた時と同じ微笑をうかべている。
あまりに場違いだが、真吾らしい笑顔だったため雪菜はドキッとした。
「どうした? あんまりでっかい声を出すとやばいぞ。そこの水質試験場まで静かにしていろ」
という真吾にカチンときたが、言われるとおりにした。
水質試験場に着いた真吾は「しーっ」というゼスチャーをすると、ゆっくり建物に入った。
中の様子を窺って安全を確認したのか、雪菜を促した。
宿直室のような所で荷物を降ろすと真吾はようやく口を開いた。
「悪かったな、雪菜。小さい声ならしゃべっていいよ」
暗がりに目が慣れていないので顔は見えなかったが、真吾がいると思われる方へ
「どうして冬哉君をほったらかしにしたのよ…あんなに仲がよかったのに」と言った。
少々ヒステリックになっている雪菜の耳元で
「雪菜、あそこで冬哉を埋葬することと、ここで大声を出すことは同じくらい危険だ。
もしヤル気の奴に俺達の位置を知られたらどうなる?
冬哉に助けてもらった命を無駄にすることになるんだよ、判るね」
と、真吾は言った。
雪菜は自分がどれほど恐ろしく、また愚かしい事をしていたのか悟った。
目の前で命を落とした冬哉の事を思うと静かに涙がこぼれ落ち、体は震えだした。
真吾は暗闇の中で、まるで見えているかのように雪菜の涙を拭くと優しく抱きしめた。
「ゴメンな、もう少し早く会えればよかったんだけど…俺、最後に出発したし、いろいろあったからな。でも、もう大丈夫だぞ」
真吾の言葉に、今まで溜めていたものが一気に噴き出した。
雪菜は泣きながらプログラムが始まってからの経緯を真吾に話した。
出発時に兵士とモメ、そのおかげで冬哉と一緒になった事。
その後、冬哉の叔母が所有するコテージへ行った事。
そこへ黒田亜季達のグループに横山千佳子を加えた一団が訪れたが、少しの諍いから戦闘になった事。
冬哉の治療の為に水質試験場へ移動中、遠藤絹子と北村雅雄が戦った事。
雪菜をだまし討ちしようとした西村観月の首を絹子が切り落とし、自らも命を絶った事。
ダムで目にした梶原幸太と若松早智子の悲しい最期。
窓から差しこんできた薄い月光のもとで雪菜は真吾にもたれかかるように体をあずけて、とうとうと話した。
遠藤章次と冬哉の戦いを話し終えたとき、真吾は雪菜に水の入ったペットボトルを差し出した。雪菜は少しだけ口に含んで喉を潤した。
一息ついた雪菜は真吾の左頬に大きな切り傷があるのを見て取った。
他にも学生服のあちこちが切られている。真吾も自分以上に辛い目にあっていたのだろう。
また目を潤ませる雪菜に、真吾はバックから取り出したグロスカリバーを渡し
「もう少し休んだら移動するからな。これから警察署まで行こう」と言った。
「でも真吾…私……」雪菜は口ごもった。
これまで銃を向けられたことはあっても、持ったことはなかったのだ。
「自分の身を守るためだ。大丈夫、当たっても相手が気絶するだけですむ弾だよ」
と、真吾は言った。
不快感を隠さない雪菜に対して
「いいか、撃つときはしっかり踏ん張ってな。一発撃ったらこのレバーを倒して…」
と、使い方を機械的に説明した。
いやいやながら教えられた動作を確認する雪菜に
「いいか、雪菜“人間”っていう生物は慣れる動物だ。こんな狂った状況にさえ適応しようとして自らを狂わせる…そうならないためには 自分自身の弱さに打ち克つしかない。
俺達は自分の身を守るために、この手に武器を持つだけじゃなく、心にも武器をもたなきゃあならないんだよ」
そう言って首にスカーフを巻きつけた。
その言葉に力強く頷いた雪菜に
「よし、いくぞ!」真吾は笑顔で言った。
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