BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
65
[女…そして女(原田ゆかり)]
真吾達の目的地である警察署には先客がいた。
新井真里(女子1番)である。
真里は「本部」から3番目に出発した。
彼女の友人である北川美恵と玉置郁代、東田尚子とは出席番号が離れていたので合流することは不可能だと判断し、真っ直ぐI−2にある警察署へと向かった。
本能的に自分を守ってくれそうな場所に向かったのかもしれない。
「本部」を出てすぐ確認をした支給武器は、コルトガバメント…の形をした水鉄砲だったからだ。
正面入り口は鍵がかかっていたので裏にまわり、開いている通用口から入った。
前に聞いたことがあったが、警察署というのはそういうものらしい。
通用口のドアには鍵がなかったので、横にあったソファーを移動させてドアが開かないようにした。
それが終ると案内板を見て二階の装備課へ行った。運がよければ銃があるかもしれないと思ったのだ。
当然そんないい話が転がっているわけもなく、真里は旧式の木製警棒とジュラルミンの盾を手に入れただけだった。
もう一度案内板の所へ戻ろうとしたとき、玄関付近の窓を開けようとする音が聞こえた。
真里は恐怖のあまり腰を抜かしてしまった。
───誰、何、嫌、逃、戦…
色々な考えが頭の中に明滅していた。
やがてその人物は侵入を諦め、去っていった。
真里はそれ以来ずっと通用口の側で警棒を持ったままうずくまっていた。
ここが禁止エリアになるまでは動かないと決めた。
定時放送でクラスメイトの死を知るたびに涙がこぼれ、体が震えた。
───このまま隠れ続けていれば、ひょっとして私の優勝かも…
正午の放送で半分の人数になった事を知った真里はそんな思いも抱いた。
だが、18:00の放送で五代冬哉の名前が呼ばれたとき、真里は今までと違う涙を流した。
親友の東田尚子にさえ言っていなかった事だが、真里は冬哉に恋していたのだ。
冬哉は、つかみ所がなく飄々とした感じのわりに話をするとかなり毒舌であったので女子の間では人気はなかった。
だが、真里は冬哉の言葉の奥に優しさがにじみ出ている事を感じていた。
いつか告白しようと思っていたが、冬哉にはすでに付き合っている女性がいたのだ。
確か一つ年上で、二年前に冬哉が解決した事件の被害者だった。
現在、彼女は県内有数の進学校に通う高校生のはずだ。今年の夏に二人で歩いている所を真里は目撃してしまった。
見た目が幼いその女性は、ごく自然に冬哉に寄り添っていた。
コンピュータオタクのような自分とその女性では比べようもないと感じた。
それ以来、ずっと真里は想いを胸に秘めていたのだ。
ひとしきり涙を流したあと署内を隈なく歩き回り、階段奥の管理司令室で非常用の電源を発見すると自分のノートパソコンを立ち上げた。
「私には戦う力はないけどみんなを救う事が出来るかもしれない。永井君あなたの無念は私が晴らすわ。そして五代君…どうか見守っていて」
そう言って自分のカバンから「Diary」と表紙に書かれたアニメのキャラクターの手帳とTシャツを、スカートのポケットから携帯電話をそれぞれ取り出した。
まずTシャツを破き、自分の首に装着された忌々しい首輪に巻きつけ、次に携帯電話のバッテリーと通話状況を確認した。
準備が整うとパソコンのファイルをいくつか開き、いくつかのコードを打ち込んでいった。
そのとき真里は人の気配を感じた。周りを見回したが特に異常はない。
「気のせいかしら?」そう言ってみたものの、やはり心配だった。
先ほど手に入れた警棒と水鉄砲を持って立ち上がると部屋を出た。
周りを見渡してからゆっくりと玄関に向かった。そこは真里が来た時と同じようにしっかりと鍵がかかっていた。
念のために窓の鍵も確認したが、やはり異常はなかった。
気のせいかと管理室へ戻ろうとした真里の髪が秋風になびいた。
「少し冷えるわね」つぶやくと同時に真里は青ざめた。
すべて戸締りをしたこの署内に風が吹く訳はないのだ。
真里は足音を立てないようにゆっくりと風上へと向かった。予想はしていたが、通用口をふさいでいたソファーがどけられていた。
何者かがここに侵入したのだ。
真里は、より慎重に周りを警戒しながら管理室へ向かった。
鍵もかかり、篭城をするにはもってこいの部屋なのだ。チラッと腕時計を見ると19時を少し回ったところだ。10メートルほどの距離なのに5分近くたっている。
階段の横まで戻ったとき、もう一度後ろを確認した。
まだ気配はするが、管理室に入りさえすれば問題はない。
真里が一気に部屋へ戻ろうとしたその瞬間、激しい痛みを脇腹に感じた。
何かの冗談のように脇腹から包丁が生えている。
真里は包丁を握っている人物を見た。
「まーりちゃん、かくれんぼしているの?」
そういって階段の陰から歪んだ笑顔をみせたのは黒田亜季であった。
「あき…ちゃん……ど、どうして…」
真里は亜季の手を握りながら言った。
「私も華瑛ちゃんや北村君と家の中でかくれんぼをしていたんだ。あれ、おにごっこだっけ?
まあいいわ、それで何故かお布団で寝ていたの。目が覚めたら枕元に包丁があって誰もいなかったからぶらぶら歩いていたんだ。そうしたら金網があって、それ以上向こうへは行けなかったから引き返してきたの。
さっきの放送で華瑛ちゃんが死んだことを言っていたでしょう。それで何をすればいいかようやく分かったんだ。とりあえずここが目に付いたから入ってみたんだけど、大当たりだね」
亜季は無邪気にそう言いながら包丁をひねった。
「ごうっ」真里が苦鳴と共に亜季の手を押さえた。
「まりちゃん、意外と力が強いんだね。勝手口のソファーもまりちゃんが引きずったの? でもソファーだけだとつっかえ棒にはなってなかったよ」亜季がより笑顔になって言った。
真里は警棒で亜季を一撃すると管理室に逃げ込もうとした。
出血のためか思うように足が動かない。平衡感覚もなくなっていた。
「ちょっと待って。あと少し、あと少しだけなの…」
真里は泣きながら歩を進めた。だが気持ちとは裏腹に管理室までの距離は縮まらない。
ようやくドアに手が届きそうになった真里を亜季は突き飛ばした。
亜季は、うつ伏せで倒れた真里に馬乗りになると
「まあーりちゃーん、オニになるのが嫌だからって反則はダメよ。ほら、ここアザになったやん」そう言って自分の肘をさすった。
そのさする速度が段々速くなり、それにつれて亜季の顔が険しくなっていった。
「いたい、いたい、いたいいたいいたいいたい…」
そう言いながら腰に挿していたもう一本の包丁を抜くと、思い切り真里の背中に突き刺した。
「う、ううぅぅぅ」という真里の声を聞くと、亜季の険しかった顔がまた笑顔がなった。
「いたい? ねぇ」
亜季は馬乗りになったまま真里の顔を覗き込んだ。真里はもう反撃どころか声を出す力も残っていなかった。
返事をしない真里が気にくわない亜季は、再び険しい顔になり背中の包丁を引き抜くと、もう一度振り下ろした。
「どう? どう? どうどうどうどうどう…」
何度も何度も真里の背中を突き刺し、引き抜くたびに返り血を浴びた。
もはや動かなくなった真里に
「まーりーちゃーん、こんな所で寝ると風邪を引くよー」と声をかけた。
そして真里が手に握っている水鉄砲を手に取ると
「これちょうだい、ありがとう」
と、一人芝居をしてポケットに入れた。
「ついでに地図も見せてねー」そう言って司令室に置いてある真里のカバンを探った。禁止エリアを自分の持つ地図に書き込むと
「禁止エリアはここと…ここか。さてと、汚れたから体を洗いに行こうっと」
といって地図を放り出し、玄関の鍵を開けて出ていった。
司令室ではスリープモードになっていた真里のパソコンが、静かに次のコマンドを入力されるのを待っていた。
【残り 15人】