BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


66

[彼女は何かを知っている(安全地帯)]

 玄関のガラス扉が開いている警察署の前で結城真吾と沢渡雪菜は立ち止まった。
「雪菜、銃の準備をしろ」真吾が雪菜の耳元で言った。
 真吾はどこからともなくナイフを取り出した。雪菜の方をふりむき、こくりとうなずくと建物の裏側へと向かった。
 なぜ玄関から入らないか不思議だったが、今は質問をするときでないと思い、黙って従った。
 真吾の肩越しに見える勝手口のドアが開いている。
 雪菜はごくりとツバを飲み込んだ。その音が聞こえたかのように真吾がふりむき
「大丈夫だ、リラックスしろ」と言った。
 そしてそっとドアを押したが、扉が何かにつっかえて開かないようだ。
 真吾は数回小さく頷き、ちらっと中を覗いたかと思うとナイフを口に咥え猫のように中に滑り込んだ。
 雪菜が同じようにして中に入ろうとしたとき、コトッという小さな音がしたかと思うとドアが勝手に開いた。
 驚いている雪菜に、真吾が手招きをした。
 恐る恐る入った雪菜の耳元で真吾は「離れるな、血の匂いがする」と言った。
 雪菜に緊張が走った。クラスメイトの誰かがここで戦ったのだ。
 ひとつひとつの部屋を真吾が確認していく。雪菜は後ろの警戒を命ぜられていた。
 後ろ向きのままなので歩き辛かったが、真吾が雪菜の腰を軽く抱いていてくれたので苦ではなかった。
 一階の捜索がほぼ終わり、二階に向かおうとしたとき真吾の足が止まった。雪菜がふり向こうとすると
「こっちを見るな」と真吾が強く言った。
 しかし、真吾が声をかけるのが少し遅かった。雪菜は新井真里の無残な姿を目にしていた。
「ま、まりちゃん…」雪菜は絶句した。真吾は首や手の脈を取ったが、真里の生を証明する鼓動はそこになかった。
 へたり込んでいる雪菜を立たせた真吾はそのまま司令室へ入った。
 誰もいないことを確認すると雪菜を招き入れ
「ここにいろ、俺はこの中を調べてくる。ドアには鍵をかけるんだぞ。それから俺が戻るまでは絶対にこの部屋のものに触るな。
戻ってきたらドアを3回、2回、3回って叩くからその時は開けてくれ。分かるな?
ドアに鍵、何も触らない、ノックは3回、2回、3回だ、いいな」そう言って雪菜に念を押した。
 雪菜はしっかりと頷き、言われた通りにした。
 真吾が戻ってくるまで、ずっと壁にかかっている時計を見ていた。
 きっかり5分で真吾は戻ってきた。
「新井さんには…シーツがないからカーテンをかけてあげたよ。
ここには俺達以外に誰もいない…もし誰か入ってきたとしてもすぐ分かるようにしてきたから。後はこの部屋だ」
 そう言うと真吾はどこからか持ってきた荷物を机に置き、真里の荷物を調べ始めた。
「真理ちゃん…一体誰に……」雪菜は震えながら言った。
 彼女は決して人に恨まれるような性格ではなかった。あんな無残な殺され方をするなど、雪菜には想像も出来なかった。
「恐らく彼女はいきなり襲われたんだろうな…この部屋に戻ろうとした痕跡があったし、荷物もそんなに荒らされていない。地図だけがここにあるってことは禁止エリアを聞き損ねた奴だ。彼女を刺してから見たんだな…男子なら国平、女子は美鶴と谷村さん以外の誰かだ」真吾が答えた。
 そして雪菜に美鶴がやる気になっている事、谷村理恵子と藤田一輝が一緒に行動している事、生き残っている男子の中で木下国平だけ支給武器が不明な事を短く伝えた。
 荷物のチェックを終え、部屋の中を調べ始めたとき机の上にあるパソコンが目に止まった。
 用心しながらポインティングデバイスを動かすとヒューンという作動音と共にパソコンの画面が表示された。
「これなに? なんで…動くの?」と雪菜が訊いた。
 その言葉が耳に入っていないように
「なんてこった…何でこれを新井さんが……」とつぶやいた。
「なに? どうしたのよ、真吾」雪菜が再び訊ねたが、真吾は答えず
「そうか! 彼女の席は永井の隣か」と言った。
 そして、真里のパソコンを操作すると
「ヤバイ、ヤバイ。今度こそ死ぬトコロだった」と苦笑いをした。
「真吾、なんなの。永井君がどうかしたの?」
 真吾の言葉の意味が判らず、不安と疑問が入り混じった表情で雪菜が尋ねた。
「いや、なんでもないよ。それよりメシでも食べようか。俺もさすがに腹がへったわ」
 真吾はそう言うと自分のカバンからレーションや水を取り出した。
「食事って…私、いらない。真理ちゃんがこの部屋の外で死んでいるのに…。真吾、みんなが死ぬ事に慣れてきたんじゃあないの? 
さっき自分に打ち克たなきゃって…言ったじゃない」雪菜はべそをかきながら訴えた。
 真吾は少し苦笑をすると
「悪かったよ、もう少し考えてしゃべればよかったな。でもな、腹が減っているといざっていう時に動けないぜ。
死んでいったやつのためにも、俺達は精一杯生きなきゃあダメなんじゃないか?」と言って雪菜の髪を撫でた。
 雪菜は釈然としないままイスに座った。
 真吾はレーションに手を伸ばしながらパソコンを操作していた。
 後ろから画面を覗くと、何か円グラフのようなものと数行の文章が表示されているようであった。真吾は画面の表示を見ながらメモを取っていた。
 それが終るとやけにゴツイ真里の携帯電話を眺め、おもむろに自前のものらしいハンズフリーマイクを接続すると、どこかに電話をかけた。
 にやっと笑って電話を切った真吾は、ようやく雪菜の方を向いた。
 早速質問をしようとした雪菜は、真吾にメモを渡された。
 “俺が今ここで何をしたかの質問をしないでくれ”と書いてあった。
 雪菜は黙ってうなずくと
「ねえ真吾、なんで私のことフッたのに…一緒にいてくれるの?」と、唐突に訊いた。真吾はあっけにとられた顔をしていたが、すぐ笑顔で
「何でそこにいくかな? 相変わらず天然やな、お前」と言った。
「どうせ私は天然よ…でも、きちんと答えて!」雪菜は少しすねたように言った。
 真吾は時計を見ると
「今はそんな場合じゃあないからな。でも後できっと話す、約束する……あのさ、ちょっと寝させてもらっていいか? 俺、昨日から全然寝てないんだ。15分でいいから」と言って雪菜に拝むようなポーズをとった。
 少し考えた雪菜は
「うん、判った。でも約束だよ」そう言って座り直し「はい」と言った。
 不思議そうにしている真吾に「頭をのせて」と言った。
 雪菜は膝枕をしてくれると言っているのだ。
「アリガト」と照れくさそうに言うと真吾は遠慮なく寝転がった。
 頬の傷を癒すようにさすってくれる雪菜に
「別れるときに言ったけど…嫌いになったわけじゃないんだ」と、真吾は目をつむったまま言った。
「うん」雪菜は短く答えた。
 二人にとって「プログラム」開始から初めての、そして束の間の休息だった。

【残り 15人】


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