BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
68
[月光(ベートーベン)]
強烈な頭痛がする。耳の奥で銅鑼が鳴っているようだ。
腕立て伏せの要領で体を起こそうとしたが上手くいかなかった。
「英明のやつ…早とちりしやがって」
伊達俊介はうつぶせに寝そべったまま言った。
御影英明に不意討ちをくらって気絶していたのだ。
銃で後頭部を殴られたのだが、かなり強烈な打撃だったようだ。
寝転がっているのに地面が回っているように感じるし、吐き気もする。
俊介は大きくゆっくりと呼吸をし、体のダメージを確認した。
後頭部以外に外傷はないようであった。
「自分は…何をしていたんだ」
まだ完全に力が入らない手を使って何とか膝立ちになった。
英明に殴られる前の記憶をたどったのだが、頭痛と耳鳴りが酷く上手くいかない。
ゆっくりと周りを見渡したが、漆黒の闇が広がるばかりであった。
後頭部をさすりながら、あせらずにもう一度記憶をたどった。
「そ、そうだ東田と…竹内を挟み撃ちに……」
一つを思い出すと後は洪水のように記憶が戻ってきた。
「藤田と谷村さんは…ひ、東田はどうしたんだ?」
俊介は湧き上がる不安と頭痛のために少々混乱した。
体力を回復させるために、しばらくその場に座り込んでいた。
と、その耳にピアノ曲が飛び込んできた。
俊介は幻聴かと思い、頭を数度振った。そしてそれが間違いなく耳に届いている事を知ると反射的に腕時計を見た。
0時の定時放送だった。
「自分は…5時間近く気を失っていたのか…」
俊介は呆然としながらも自然と地図を取り出している自分に気がつき、唇を噛んだ。
『3年4組の諸君、担任の朝宮みさきだ。深夜の放送だが、寝ている者はいないだろうな。
まず、18時からこれまでに死亡した者だが、女子16番 東田尚子、男子20番 御影英明、女子1番 新井真里の3名だ。
次に禁止エリアだが、1時H−5、3時A−4、5時F−7となる。
夜間は判断力が低下するからな、朝日を拝みたければ注意をする事だ。以上で放送を終る」
いつも通り放送は唐突に終わった。
俊介は、禁止エリアよりあとは放送など聞いていなかった。
フラフラと夢遊病のように墓地に向かって歩を進めていた。
門をくぐったあたりから強烈な血の臭いがしてきた。
数歩進んだところの左手で東田尚子の遺体を見つけた。
その胸部には大口径の銃で撃たれたらしき大穴が、何かのジョークのように開いていた。
俊介は自分の胸にも同じような穴が開いているように感じた。
不意に体中の力が抜け、崩れるように座りこんだ。
いつまでも続く頭痛が英明のことを思い出させた。
冬哉の死を知らされたときとは違い、自虐の涙が零れ落ちた。
「じ、自分が…自分がしっかりしていれば……」
涙を拭くためでなく、怒りのために拳を握っていた。
「うぉおおおー」
怒りのあまり絶叫した俊介は、尚子の持っていた簡易レーダー"ソロモン"が奪われていることにまだ気付いていなかった。
「朝宮担当官、こちらの書類を陣一尉よりお預かりしております」
敬礼から直った専守防衛軍の兵士は、A4の紙が束ねられた書類を朝宮みさきに手渡した。
「ご苦労」と短く応え、みさきは書類に目を通した。
再び敬礼をし、廻れ右をした兵士に「待て!」と、みさきは鋭く声を上げた。
書類を手渡した兵士は慌てて振り返り、すばやく元の位置に戻った。
彼は雪菜が出発する際にモメた兵士であった。
「お前はこの書類を見たのか?」とみさきは訊いた。
兵士はバツが悪そうな顔をしたが
「ハイ、陣一尉よりこちらの書類の搬送および校正を申し付かりましたので、内容も目にいたしました」と答えた。
みさきはもう一度書類に目を落すと
「官姓名と年齢を申告しろ」と命じた。兵士は
「ハッ、自分は陸奥一茶二等陸士、現在18歳であります」と申告した。
それを聞いたみさきは
「陸奥二等陸士、この書類の内容は他言無用だ、いいな」と言い、兵士を睨んだ。
「ハイ、決して他言いたしません」と、陸奥は少し緊張気味に答えた。
「よし、これよりお前は私直属となって任務を遂行してもらう」
みさきの言葉に陸奥は姿勢を正し、防衛軍独特の敬礼をしながら
「これより自分は朝宮担当官直属の任務につかせていただきます」と復唱した。
みさきの返礼を受け敬礼から直ったものの、陸奥は何をしてよいか判らず
「あの…何をすればよろしいのでしょうか…」と恐る恐る訊いた。
みさきは陸奥の声が聞こえていないかのように
「やはり永井達也や、その近親者の仕業ではないのか…一体誰なんだ?」とつぶやくように言った。
陸奥はみさきの言葉により書類の内容を思い出した。
確か政府の中央演算処理センターへのハッキングに関しての報告で、永井何とかという生徒が反政府組織からプログラムに関しての情報を受け取っているという事だったはずだ。
だが、今回のプログラムに関しての場所や武器、使われた新型の首輪についてのデータは組織の隠れ処を急襲したことにより漏洩は免れたという事だった。
つまり、永井という生徒の持っている資料は古いもので、例えそれを使われたとしても今回のプログラムでは何ら問題がないということだったのだ。
それにもかかわらず担当官の朝宮が必死になって各生徒の資料を読みかえしたり、『プログラム』進行の コンピュータへのアクセスログを調べているのが不思議に思えた。
「お手伝いする事はありますか…」
陸奥が再度言うと
「とりあえずコーヒーを頼む」
ようやく顔を上げたみさきが答えた。
その目は、まるで戦場にいるかのように鋭いものであった。
そそくさとお湯を沸かしにいく陸奥の背を見送り、机の上に置いた資料に視線を落としたみさきはあることに気がついた。
そして、生徒全員のデータを綴ったファイルを取り出し、食い入るように見つめると
「そうか、こいつか…こいつがあのウィルスを……」
そう言ってみさきはもう一度資料を読み返した。
【残り 15人】