BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
7
[WOW WAR TONIGHT(H jungle with T)]
すべての者が言葉を失った。
『神戸東第1中学3年4組の諸君、君たちは本年度専守防衛陸軍、戦闘実験第六十八番プログラム対象クラスに選ばれた!』
そう言った朝宮の言葉と同等の、いやそれ以上の衝撃を受けたようだった。
伊達俊介(男子12番)にしても今日ほど何度も精神的ショックを受けたことは人生で初めての事だった。
確かにプログラムの優勝者は、俊介を含めた3年4組のほぼ全員が見た事がある。ローカルニュースなどで優勝者本人がカメラの前に立ち、コメントをするシーンが流れているからだ。
(プログラムによって亡くなったいとこや、知り合いの上級生の方が当たり前ではあるがよく印象に残っている。優勝できなかった者は死んでしまっているのだから・・・。)
だが優勝者のその後を知っているものはいない。
プログラムでの傷が元で死亡しているのか、それともクラスメイトを殺害し自分が生き残った事による罪悪感、自分への嫌悪感で気が狂って施設の収容されているのか・・・。ともかく優勝した者に実際会う事など全くなかったのだ。
それが今、目の前にいる・・・。
それも専守防衛軍のプログラム担当官として。
俊介は何故か違和感があった。だがそれが何なのかはっきりと考えをまとめられなかった。俊介の出発も、もう次だったからだ・・・。 冬哉は無事だろうか? あいつの出発した後に銃声がしたのだ。あいつに限って参加する訳は無いし・・・そうなると誰かが冬哉を襲ったのか・・・? そして真吾はどうするんだ? 何か脱出方法は浮かんだのだろうか? いろいろな考えが頭の中に展開しては消えていった。
「よし、伊達俊介、お前の番だ」
朝宮は淡々と名前を読み上げていた。俊介は自分の荷物を取るためにイスを引こうとした。
だがそこには先ほど朝宮に一撃を喰らい、軍服の男に頭を撃ちぬかれた上島裕介の遺体があった。そして斜め前には樋川正義の遺体も・・・。
樋川は花形スポーツの野球部でまったく目立たない選手であった。同じ野球部の石田正晴(男子2番)と違い、努力でレギュラーになった男だった。
毎日毎日、練習が終った後も地道なトレーニングをこなしていると真吾に聞いた事がある。俊介も野球に生かせる他のスポーツの練習方法を尋ねられ、随分と資料を渡してやった。
一年の時だったか新チームになった時に石田はレギュラーになったが、樋川はその選から漏れた。
その時に樋川は
「オレは野球が好きなんだ。だから野球が出来ればそれでいい、そう思っていたんだよ伊達・・・。でも、今日からそう思うのはやめる・・・。俺はレギュラーを取る!」そう言った。
だがそれから間もなく、樋川は無理なトレーニングがたたり体を壊して入院した。当時、真吾もケガか何かで同じ病院にいたので一緒に見舞った事もあった。
「過ぎたるは及ばざるが如しだぜ。無理すんな」俊介がそう言うと、いたずらがばれた子供のように樋川は笑った。
俊介は思い出すとつらくなるので、努力する尊さを教えてくれた級友から目をそらした。
朝宮の顔を睨みながらゆっくりと前に出たが朝宮の前を通った時、俊介は自分の中の違和感が何だったのか分かった。
『自分はこの女を知っている・・・』
俊介には本当に精神的なショックを受ける日であった・・・。
§
俊介が装備を受け取り、宣誓をした後部屋を出て行った。何故か宣誓をする間、朝宮を意識している様だったが・・・。
ほぼ無表情だったのは、怒りを抑えていた東田尚子(女子16番)と藤田一輝(男子17番)くらいであろうか・・・とにかく後のみんなは恐怖におびえ、あるいは泣きながら部屋を後にした。
そして女子21番の横山千佳子も震えながら
「私たちは殺し合いをする。やらなければやられる」
と、自分以外にはあと一人しか残っていないクラスメイトに言うと逃げ出すように部屋を出て行った。
千佳子が出て行くとすぐに最後に残った生徒、結城真吾(男子22番)が立ち上がろうとした。
「結城、お前の出発は二分後だ。座っていろ!」朝宮はそう言ったが、真吾は気にした風もなく自分の荷物を取ると前に進みながら言った。
「後から出発するほど不利やし、時間を有効に使いたいだけやん。それとも近くで話すと危険?」
その言葉を聞いて軍服の男が「別にみさきの手を煩わせる事も無いんだぞ!」と言って銃に手をかけた。
真吾は耳に入っていない様に
「2つほど質問があるんだけど・・・」と朝宮に言った。真吾は先ほどの衝撃の告白から朝宮が急に余裕が無くなった様な印象を受けたのだ。
「何だ? 言ってみろ!」そう言った声も少し叱りつけるように思えた。
「あんたは乗ったのかい?」真吾は朝宮の左前方、一番前の座席のあたりで立ち止まると静かに聞いた。
朝宮はもちろん、軍服の男も黒スーツの男も眉をひそめた。
「なにを訳の分からん事を言っているんだ!」軍服の男は怒鳴った。今にも銃を抜いて真吾を撃ちそうだった。他のクラスメイトがいたらそれこそ気絶するか、真吾の死体がそこに転がる事を予想しただろう。
張りつめた空気がその部屋に満ちた・・・。
だが真吾は軍服の男の方を見ようともしなかった。むしろ右手側にいる黒スーツの方を警戒している様だった。
沈黙を破ったのは朝宮であった。
「いや、乗ってはいない。だが優勝したのだから最終的にはそういう事なのだろうな・・・」
先ほどとは違ってどこか寂しそうに言った。
「そうかい。じゃあ2つ目の質問だけど・・・」と言ったその時軍服の男が銃を真吾に向けた。
「小僧、調子に乗るのもいいかげんにしろ! お前は自分の立場がよく分かっていない様だな? えぇ!? 今ここで始末してもいいんだぞ!!」今にも男は引鉄を引きそうだった。
「沼さん銃をしまえ! プログラム担当官はこの私だ!!! 陣も手を出すな! それに・・・」
そう制止した朝宮の言葉をさえぎったのは真吾だった。
「そう、それにあんたの腕じゃあ俺を殺す事は出来へんって」
その言葉を聞いて軍服の男は見る見るうちに顔が赤くなってきた。よく見るとその顔には火傷のような跡があり、顔が紅潮する事でよりはっきりとその傷が見て取れた。銃を握ったその手がセーフティを解除し引き金を引こうとした時、それまで一言もしゃべらなかった黒スーツの男が言った。
「なぜ、沼田さんでは君を殺せないのだね?」
その声は朝宮よりも静かであったが、氷で出来た刃のような冷たさを感じさせた。
真吾は黒スーツの男の方にゆっくりと顔を向け、あっさりと「内緒」と言った。
「俺がこの部屋を出るときに教えてやるよ。まあしゃべれる状態だったらな」
なんともつかみ所の無い返事の仕方であった。
「そうですか、では続けて・・・」と黒スーツの男は何事も無かったかのように言った。
沼田は少し気がそがれた様ではあったが、まだ銃は構えたままだった。真吾は朝宮のほうに向き直ると静かに
「このゲームに乗らなかった優勝者が、何で専守防衛軍に・・・しかもプログラム担当官になっているんだ?」と聞いた。
その質問を聞くと朝宮はカッと目を見開き、そしてその手は反射的に動いていた。
ジャッという金属が擦れるような音がして朝宮の左手から鈍い銀色をした「何か」が飛んできた。
真吾は首を右の方にかしげるようにして顔面に向かって飛んできたそれをよけた。だが真吾の頬はザックリと切れ、体も朝宮の方に倒れこむような格好になった。しかし驚いたのは真吾以外の3人の方であった。
真吾は朝宮の左手を取っていたのだ。
倒れこむような動作から左手で朝宮の左手を取り、そのまま朝宮の後ろに回りこんで左手をねじると、反対の右手までも関節技に決めていたのである。真吾は黒スーツの男に向かってにやりと笑うと
「これだとあんたも狙えないだろう?」と言った。
「沼田とか言うおっさんの銃より、あんたのナイフの方がオレには怖いんでね」
と、冬哉や俊介と話すように茶目っけたっぷりの言い方を真吾はした。
「なるほど、そうですか。では誉めていただいたお礼と言っては何ですが、私は手を出しませんのでみさきを離してはくれませんか?」と黒スーツの男は真吾に言った。
「おっさんの方に行きな」と、陣と呼ばれた黒スーツの男を沼田と呼ばれた兵士の方に移動させた。真吾は陣と呼ばれた男がナイフを投げても朝宮が盾になるようにゆっくりと後ろに移動し、そして足元に転がっているモノをみた。
それはヨーヨーであった。表面はプラスチックなどではなく鈍い銀色をしており、糸の部分は細いチェーンであった。よく見ると側面からは3枚の薄い刃物が出ていた。避けたにもかかわらず真吾の頬が切れたのはこれのためだったのだ。
本来、子供のおもちゃであるそれは専守防衛軍の技術と朝宮の手により、恐ろしい凶器に変わっていたのだった。
真吾は不気味な光沢を放つヨーヨーを拾うと、全く抵抗をしなかった朝宮の手に乗せた。
「俺には3年前まで人形みたいだった人が、こんなモノで人を傷つける事が出来るとは思えない。ましてや人を殺すなんて・・・。だから不思議に思ったのさ、何があんたを変えたのかを・・・。他の2人はともかく、あんたは信用できると思った。とりあえず誰も殺さなかったしな・・・」
そう言うと朝宮の手を離し、荷物を持って出口の方に後ろ向きに歩き始めた。
「待て!」真吾は朝宮の言葉に視線を戻した。
「今度は私からの質問だ」朝宮は真剣な顔つきで、だが静かに聞いた。
「お前には心から信用できて守ってやろうと思う者がいるか?」と・・・。
真吾はそれまでの表情とは違って朝宮のように真剣な顔つきになった。
そして一言、「ああ、いる」と答えた。
その返事を聞くと朝宮はポケットから何かを取り出し、真吾に向かって軽く投げた。真吾はそれを手で受けようとせず、すっと体を開いて地面に落とした。
朝宮は苦笑しながら
「別に変なものではない。特別付録と言うわけだ、持って行け」そう言った。
真吾はそれでも朝宮から視線を外さず、黒スーツの男も視界の中に入れるようにして床に落ちたものを拾った。黒いグローブとリストバンドが一体になったような物だった。ポケットにそれをしまうとゆっくりと後ろ向きに歩き、装備を自ら取ると部屋の出口で
「俺は殺し合いをする。やらなきゃやられる」と宣誓をした。
「みんながやったのにおれだけやらんて言うのも何やしな」そう言って出て行こうとした。
「待ちなさい」黒スーツの男は先ほどと同じように静かに言った。真吾は立ち止まると「あぁ」と何かを思い出したように黒スーツの男の方を向いた。
「さっきの質問やね? 簡単な事や。おっさんは撃とうとする時、気持ちが出過ぎるねん。俺は撃つ瞬間の気の動きが分かるから、その時に銃口から身をかわせばいいって訳。それにおっさんが簡単に撃てん様に、あんたやあの人が射線上にくるようにしていたしね。万が一、撃っても弾が一発しか残っていない銃やからそんなに怖くないし・・・。そんなところやけど」と真吾はいつもの調子で言った。
「なぜ、あと一発しかないと思ったのだね?」黒スーツの男は先ほどと同じ様に聞いた。
真吾は、にやっと笑った。
「俺が優勝したら教えてやるよ」と言い残し部屋を後にした。
それは横山千佳子が出発してちょうど2分後だった。
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