BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


[PROVE IT ALL NIGHT(ブルース・スプリングスティーン)]

 ガサガサという草木のすれる音が聞こえて、木下国平(男子9番)はその方向を見た。
「風が吹いただけか・・・」
 自分自身を安心させる為か、思っている事を口にした。
 「本部」と言われた建物から出た時、出口のホンの5メートルほど先で誰かが倒れていた。国平はその事に驚き、その子を助けようともせずダッシュした。
 その時まだ迫水良子は生きていたのだが、国平にはそれを確認する余裕など無かった。
「オレより先に出た誰かが、もうやる気になっている・・・。次はオレの番かもしれない・・・」
 そう思うと国平はものすごい恐怖感に襲われ、どこかに身を隠す事しか考えられなくなっていた。
 そのため自分に支給された装備を確認するよりも先に、まずは地図を見た。暗くてはっきりとは見えないが朝宮という女が言った通り北西部は山になっている様だ。町の方に行くにしてもこのまま山に留まるにしても、自分がいまどこにいるのかを理解していなければ移動の仕様が無い。だが国平はとにかく身を隠せるところがあるのならどこでもいいと思っていた。
「どうしよう・・・。さっき銃声がしたって事は銃を持っている奴がいるって事やな。そんな奴からオレ、逃げられるかな?」
 国平はゲームのコントロールボタンの早押しでゲームのキャラクターを速く走らせるのは得意だったが、自分自身が速く走るのは苦手だった。小太りで動きも鈍くクラスの不良、石田正晴(男子2番)や神崎秀昭(男子7番)によく意味もなく蹴られたり、カツアゲをされていたりした。
 もしこんな状況で彼らに会えば無事では済まないだろう・・・。カツアゲをされても金を取られるだけだが、このプログラムでは命を取られるのだ。
「オレ、本当の友達って言える奴いないもんな〜。話が合うっていっても、相沢よっちゃんと福田くらいだし・・・。話題もゲームの裏技とかばっかりやもんなぁ」
 国平は本当に困っていた。その場を動こうにも怖くて足がすくんでしまうのだ。悩むだけでは何も進展しないのは分かっているのだが悩まずにはいられなかった。
「そう言えば武器が入っているって言っていたな。オレのは何やろう?」
 そう言うと支給されていたバッグの中をごそごそやり始めた。
 中から出てきたモノを見て、国平は先ほどの恐怖感からとは違う震えがくるのを覚えた。それはゲームやマンガの中でしか見たことがないチェコ製のオート拳銃Cz75であった。
「これが・・・オレの武器か・・・」
 1kgしかないのにずっしりと重く感じるその拳銃は国平に勇気を与えてくれている様であった。
 添付してある説明書など見なくてもよいくらい、その銃のことは良く知っていた。国平が一番好きな銃がCz75だったからだ。しかも、いま手にしているものは初期型のCz75であった。材質や工法にもこだわって作られたそれは欧州では一丁が約20万円もするといわれたプレミア物である。国平はこんな参加もしたくないクソゲームのさなかに、ひそかに幸福を感じていた。
「まさかこいつを手にする事が出来るなんて・・・。ラッキーだなあ」
 そう言うとかばんの中をもう一度さぐった。そこには予備マガジン2本とチョーク箱のような紙の箱に弾丸が入っていた。本体にもマガジンは装着されていたのだが弾が入っていなかったので、まずそれに15発弾をこめた。続いて予備マガジンにも・・・。
 そしてゲームや物語の中の主人公たちがそうするように、スライドを引いて初弾をチャンバーに送り込んだ。スライドを引いた手を離すとキンッという硬い金属同士の当る音がしてそれは閉じた。これで後はセーフティを下ろせば発射する事が出来る。
 国平の胸は女の子と話す時のように、どきどきと高鳴っていた。まあそんな事はほとんどなかったけれども・・・。
 だがそんな風に国平が幸福感を味わったのもわずかの間だった。
 ガサガサとさっきの風とは明らかに違った音が国平の背後からした。国平はあわてて体を伏せたが、彼の少しばかり前方に張り出していたおなかの肉がそれを遅らせた。ザッという音と共にその人物が顔を出した。
 その時、反射的にCz75を自分の背に隠した。
 国平の後方から現れたのは、彼が一番会いたくなかった相手の一人、神崎秀昭(男子7番)だったからだ。神崎はいつもの国平をいじめる時とは違い、青ざめた顔をしていた。そしておびえた声で「だ、誰だ! お前!」と聞いてきた。
 毎晩部屋を暗くしてゲームにふけっている国平には、この程度の月明かりでも十分に神崎の顔を見て取れたが、神崎にははっきりと国平が見えなかったのだろう。国平はおかしくなって「ふふふっ」と小さく笑った。
 あの神崎が───昼休みや放課後になると必ず自分や福田拓史(男子16番)から金をせびったり蹴りを入れてきたりしていた────あの神崎が子猫のようにおびえているのだ・・・。
「オレだよ、木下だよ。神崎君」そう言った。
 それを聞いた神崎は、自分がいつもいじめている人間だと分かり急に態度がでかくなった。
「なんだ木下か・・・。脅かすなよ! てめえ、誰かに会ったか? 何でこんな所にいるんだ。ハラ減ったな。寒いし・・・」
 と、恐怖のためか脈絡のない事を思いつくままにベラベラしゃべった。
「そんなにいっぺんにしゃべるなよ。それにでかい声を出すと誰か来るかもよ」
 と、国平はいつもと違う強気な態度で言った。神崎はそれが気にもならないほどビクビクしていて、むしろ「誰か来るかもよ」と言った国平の言葉に対し、声を低くして
「ス、スマン・・・スマン」と言った。本当におびえている様であった。
「誰か見たかい?」と国平は神崎に聞いた。だが神崎は落ち着き無く周りを見回し、国平の言っている事は耳に入っていない様で
「クソッ! おい、石田か藤田君を見なかったか?」と逆に質問してきた。
「いいや。誰にも会っていないよ」と小馬鹿にしたように国平は言った。
 何を考えているんだ。こんな状況なのに不良仲間の心配しているのか? 不良でも友達と言う感覚があるのだろうか? 逆に裏切られるなんて事を考えないのか? 国平は不思議に思ったが口には出さなかった。
「腹が減ったのなら何か食えば?」と親切に言ってやったのだが神崎は
「なんでメシなんか食えるんだ! こんな状況で・・・大体こんな山の中にコンビニなんて無いやろうが!」と、またも意味不明の事を言った。
 国平は相手をするのもバカバカしくなって荷物を持つとその場を離れようとした。
「どこに行く気だ! えぇ。オレより先に移動するつもりか?」と、神崎は完全に錯乱状態で怒鳴り始めた。
 国平はもう話をするのもわずらわしいと思っていた。それよりさっきから神崎がかなり大きな声で話しているので、それを聞きつけて、さっきマシンガンを撃った誰かがここに来る事を恐れた。
 国平は神崎の方をゆっくり向くと今まで隠し持っていたCz75を向けた。
 神崎は国平の行動の意味が分からず、キョトンとした顔をしていた。が、すぐに理解した様で怒りに眉を吊り上げ
「なんや!それは? えぇ。オレとやる気なんか? どうなんじゃぁ!」とすごんだ。
 国平は親指でセーフティを下ろすと左手を銃に添えて
「訳分からん事言うな! アホ!」と神崎に言った。
 神崎は驚いた表情をしたがすぐに国平に向かって────いつものカツアゲをする時のように────早足で近づいて来た。
 距離は約5メートル、はずす訳の無い距離だ。少し涙目になっている神崎に向かって国平は2度、引鉄を引いた。
 神崎は見えない壁にぶつかったように一旦足を止め、二発目の着弾のショックで小さくその場でジャンプした。
 その動きは何かコミカルでついつい国平は笑ってしまったが、それより自分が思っていたよりも銃の反動がすごい事に感動した。
 神崎は腹と左足に弾を喰らいそこに倒れていた。その顔を見ると涙と鼻水でぐっしょりぬれ、口は動いていたが言葉は出ず、血の混じったよだれをたらすだけだった。国平は「なぜ今までこんな情けない奴にへいこらしていたんだろう?」と思った。
「あうえぇー。あうええぇー」と神崎は意味不明なうなり声を上げていたが、国平は
「うるさいよ!」と言うと神崎の額に銃口をあて、もう一度引鉄を引いた。
 先ほどの二発よりもドンッという発射音が大きく聞こえた様に思えた。神崎は右目と左目が別々の方向を向き、後頭部が熟れたざくろのようにぐちゃぐちゃになり死んでいた。とどめをさす前よりこっけいな顔をしていると国平は思った。
 国平は神崎の胸を一発思い切り蹴ると「フンッ」と鼻で言った。その時初めてさっきのうなり声は「助けて、助けて!」と言っていたのだと分かった。
「今さら遅いんじゃ。バーカ」と、言うと国平は神崎に支給されていたバッグも拾い上げ移動し始めた。
「意外と人を殺すのって簡単だな・・・。これなら藤田や石田も殺れるかもな」
 そうつぶやいた国平の顔には先ほどの怯えとは違い、自信がみなぎっていた。

【残り 39人】


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