BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
72
[Hystery− Mystery(ユニコーン)]
谷村理恵子のハーモニカを聴いて、最初にその場に到着したのは木下国平であった。
ここより北の斜面で理恵子と撃ちあったのだ。
銃に関しては一日の長があったので最終的に軍配は国平に上がったのだが、理恵子の撃った弾が国平の耳元を通過したため、ソニックブームにより国平は気絶してしまったのだ。
ハーモニカの音色で目を覚ました国平は、周りを見渡した。
国平がいる斜面の下に藤田一輝と理恵子の倒れているのを発見し、なんとか行き着いた。
もうコト切れている理恵子を見下ろしながら国平は自分の首をさすった。
国平の首にはムチ打ちのような症状が現れているのだ。
「谷村が下手でよかった。もう少し銃に慣れていたらこっちの方がやられていた…」
自虐的に言うと理恵子の持つワルサーPPKと一輝の手に握られている銃を取り、二人のバックの中から弾薬を取り出した。
「こんな銃…見たことないな……」
国平はWZ63を眺めながらその場を去った。
国平が去ってから約10分後、横山純子がその場に現れた。
純子も銃声がしている間はじっと茂みの中に隠れていたのだが、そのあとのハーモニカにつられて姿を現したのだ。
「谷村さん…藤田君にやられたのかしら。でも、二人とも武器を持っていないみたいね」
純子は周りを探した。武器は見つからず、頭部と右手を失った別の男子生徒の死体を発見しただけだった。
この場を去ろうとした時、喉もとにナイフのようなものが押しあてられた。
「お前がやったのか」
同時に訊かれた純子は、首を横に振ろうとして思いとどまった。
首を振ったら切れそうなのだ。
「わ、私じゃあない。私も今ここに着いたところやもん、私じゃあない」
必死になっている自分が可笑しかったが、やってもいないことで殺されるのは馬鹿らしいので必死になって否定した。
「バッグをゆっくり置け。それからそっちの木に両手をついて足を開くんだ」
純子の言葉を信じたのか、少し優しい口調に変わったようだった。
純子は言われた通りに手をつき、足を開いた。今の言い方で後ろにいるのが誰か判ったからだ。
「身体検査はいいけど、へ、変なところを触らないでよ、結城君」
純子は恥ずかしそうに言った。
「頼まれても触らないよ」
真吾はそっけなく言いながら、純子の両手から首、脇の下を探っていった。
「ちっ」と舌打ちをした真吾は、純子を左側に突き飛ばした。
「ひどおい、痛いじゃないの」純子は思わず抗議の声を上げたが、目の前の光景を見て口をつぐんだ。
どこから現れたのか、中尾美鶴が奇妙な形の刃物を真吾に振り下ろしていたのだ。
真吾は美鶴の攻撃から純子を守ってくれたらしい。
「美鶴、やめてっ!」
純子が叫び声のほうに顔を向けると、沢渡雪菜が大きな銃を持ち、いつの間にか後ろに立っていた。
「雪菜、離れていろ」
真吾は言うと右足で蹴りを放った。
美鶴はそれを読んでいたのか、軽く後方に飛んでかわし
「今度こそいけると思ったのに、これでもダメなのね。上手く気配も殺していたし、完璧に不意を突いたと思ったんだけど…」
と、残念そうに言った。
「何故、華瑛を殺した」
真吾は怒りを隠さずに言った。
「華瑛だけじゃあないわ、さっき御影君も殺したわよ。千佳子には逃げられたけどね」
美鶴はしれっと言った。
「私は『プログラム優勝』という栄冠を手に、防衛大付属高校に入学するのよ。そしていつの日か総統閣下にお仕えするの…この国の民を守るためにね」
恍惚とした表情を浮かべながら美鶴は続けた。
妹の千佳子がひとまずは無事だという事を聞き、純子は胸をなでおろした。
雪菜は美鶴の変り様に青ざめていた。
そして、真吾は…
「総統に何やって? お前、アレが本当に総統やと思ってんのか」
真吾は、面白くも無さそうに言った。
「それって…総統は325代じゃあなくって、実は12代目だっていう噂の事?」
純子が恐る恐る訊いた。
美鶴はキッと純子を睨んだが、すぐに鼻で笑うと「だからどうしたっていうのよ」とつぶやいた。
真吾は純子も視界に入れるようにしながら
「違う、総統なんていないって事だ。いや、それもちょっと違うな…総統という人間はいないけどシステムはあるって事だな」と言った。
その場にいる真吾以外の3人は、訳がわからずそれぞれ複雑な表情をした。
「だから、『総統』っていうのは人間じゃあなくって、コンピュータのような機械だって事だよ。
それも、より人間的な思考をするように設定されている高級品だろうな。
“大東亜ネット”や、この“プログラム”でさえも『総統』がさらなる進化をするためのイベントな訳だ。5年前の「プログラム脱走事件」も仕組まれたものかもしれんしなあ。
この国の人間、いや周りの国さえもすべて総統にとってはモルモットなんじゃあないか? そんなモノに忠誠を誓ってどうする。
美鶴、お前がいくらがんばったって『総統』に直接仕えるなんて出来ないんだよ」
真吾の解説に、美鶴は返答するまでもなく切りかかった。
当然のように、斬撃をかわしながら「雪菜、そいつから離れていろ!」と真吾が呼びかけた。
───そいつって、純子さんのこと?
雪菜は不思議に思いながらも「そんな…デタラメだ……」と、へたり込んだままつぶやき続ける純子から距離をおこうとした。
その雪菜の後頭部に硬い物が押し当てられた。
「両手を上げてゆっくり膝をつくんだ」低い声で命令したのは竹内潤子だった。
雪菜はとっさに逃げようかと思った。だが、自分が竹内潤子の銃弾をかわす事が出来たとしても、前にいる横山純子にその弾が当ってしまう可能性があるのだ。
しかし、潤子の言う通りにすると自分の命を盾にして真吾が撃たれるかもしれなかった。
一瞬の思案の後、雪菜は言われた通りにゆっくりと膝をついた。
そしてグロスカリバーを握ったまま両手を上げた。
潤子が勝ち誇ったように「ふっ」と鼻で笑うのが聞こえる。
これで雪菜がすぐに逃げる事も出来なくなってしまったのだし、人質にもなるわけだから当然だろう。
潤子が雪菜のグロスカリバーを取り上げようとしたその時、真吾と美鶴の戦っている所からタタタタタタンというリズミカルな銃の発射音がした。
その音に弾かれたように、横山純子が立ち上がって駆け出した。
「あっ」予期せぬ行動に潤子が叫んだ。
雪菜はその瞬間を逃さなかった。
潤子が引鉄を引くよりも早く後方に倒れると、ブリッジの姿勢で体を左にねじりながらグロスカリバーを撃った。
潤子の腹を円筒形のような弾が容赦無く襲い、瞬く間にその弾が十字状に展開した。
暴動鎮圧用のゴム弾は、潤子の右頬骨と鎖骨をへし折り、左の大腿骨に強烈な打撃を与えた。意識が遠のく中、雪菜のポーズを見て潤子は自らの誤算を覚った。
ヨガの行者のようなそれは、新体操部の雪菜でなければ絶対に出来ないようなポーズだったのだ。
素早く立ち上がった雪菜は、潤子が息のあることを確認すると純子を追った。
万が一のことを考えて、走りながらグロスカリバーに次弾を装填した。
ダッシュで林の中に飛び込んだが、純子を見失ってしまった。雪菜は用心しながら林の中を歩いた。
純子を見失った今、真吾と合流するのが上策だと判断し、回りを警戒しながら歩いた。
雪菜が真吾の元にたどり着くのはそれほど難しいことではなかった。先ほどの場所とほとんど変わらなかったからだ。
真吾は脇腹を押さえて片膝をついていた。
「大丈夫? 真吾」
雪菜は駆けより、真吾が立ち上がるのに手を貸した。真吾は苦しそうな表情をしながら
「美鶴のやつ、マシンガンを手に入れていやがった。恐らく英明が持っていたんだろうな…」
そう言いながら右の脇腹をさすった。雪菜の頭に陽気な委員長の顔が浮かんだ。
「そ、それよりも、真吾は大丈夫なの? ケガは…」雪菜は半泣きで訊いた。
真吾は雪菜の頭をぽんと叩くと「大丈夫だよ、俺は」と、笑顔を見せた。
「マシンガンっていっても弾が木製の奴でな、当ると痛いけど死んだりはしないんだ。美鶴は俺を倒したつもりみたいやけど、おかげで助かった…。
それより、横山のほかに誰かもう一人おったやろう。お前大丈夫やったんか?」と逆に訊いた。
「あ、忘れていた。竹内さんよ、彼女が私と純子さんを…でも、純子さんが逃げだしたの。その時に私…竹内さんを、撃ったわ……」雪菜は、寂しそうに言った。
真吾は雪菜を軽く抱きしめると
「よくやったぞ、お前の力で切り抜けたんだからな。何も後悔することなんてないんだ。で、竹内はどうした」と優しく訊いた。
「こっちよ…」雪菜は真吾に肩を貸しながら案内した。
しかし、竹内潤子の姿はどこにも見当たらなかった。
「そ、そんな…確かにここに倒れていたのよ。ほら、あの弾も落ちているでしょう。ケガもしていたはずなのに」
雪菜は狐につままれたような気分だった。
真吾は、雪菜の撃った暴動鎮圧ゴム弾が落ちている場所で屈みこみ、周辺の地面と共に調べ始めた。
雪菜も竹内潤子の手がかりを探すべく辺りを見渡した。きょろきょろと周りを見ている雪菜の左手、真吾の後方の林から突然「うわあぁー」と叫びながら木下国平が飛び出してきた。
そしてその後方には潤子が幽鬼のような面相で立っていた。
「くそっ、これ何でハマらんのや…」
WZ63へ必死にマガジンを差込もうとしながら走る国平を、後ろから潤子が撃った。
「うごぅああぁ」
国平はつんのめるように転倒した。弾が当たった左手は皮膚だけで繋がっているようで、振り子のようにぶらぶらと揺れていた。
潤子は不敵に笑うと、一瞬気を失いそうになりながら再び林の中に姿を消した。
「雪菜、こっちだ」真吾は国平が落としたWZ63を拾い上げると、雪菜の手を引くようにしながらその場を去ろうとした。
「でも、木下君が…」雪菜は、左手を負傷している国平を気遣った。
「くそっ。う、う、動くなぁぁ」
国平は、残った右手でCz75を抜くと二人に向けた。
同時に、真吾はWZを国平に向けていた。
真吾は国平とは違い、一瞬でマガジンを装填していたのだ。だが…。
「ふははは、マガジンを差しこんだだけですぐ撃てるわけないやろう。オートマチックの銃っていうのは、遊底を引いて薬室に初弾を装填しないと、百年待っても撃てないんだよ! おっと、もう遅いぜ。左手はそのまま沢渡とつないでいろよ」
国平は勝ち誇ったように言った。
確かに国平の言う通りだった。真吾はマガジンを装填したものの、初弾を送り込む動作まではしていないのだ。
「木下君お願い、もうやめて。あなたも手当てをしないと…」
雪菜は国平に言った。普段は頬の紅い国平の丸顔が、大量に出血したため青ざめていた。
このまま治療をせずに放っておけば、確実に命を落す事になるだろう。
そういう意味をこめて雪菜は頼んだのだった。
「うるさい、オレは…生きて帰るんだ。そんな優しい言葉にだまされるもんか」
うわごとのように国平はつぶやいた。
「木下、お前おもいっきりアホやなあ。このままやったら、この三人の中でまっさきに死ぬのはお前やぞ」
真吾は挑発するように言った。その言葉にはっとして国平は
「意識を失う前にお前たちを撃つ。簡単に死んだりするもんか」と言った。
その言葉を聞いた真吾は、
「お前、同じように谷村さんを人質に使って、藤田と谷村さんを殺したんやな」と怒りをあらわにしながら言った。
国平は少し気圧されながらも
「そんなことするもんか、オレの方が谷村に撃たれたんやぞ。オレは二人の死体から銃を取っただけや」と弁解した。
それを聞いた真吾は、おもむろにWZ63の銃口を雪菜の腹部に向けた。
雪菜はもちろんだが国平も動揺した。真吾の意図が全く判らないからだ。
「何なんだよ、それ。どういう意味なんだよ」
国平は自分の疑問を口にした。真吾は、にやっと笑うと
「お前ガンマニアだっていっていた割には、この銃の事を知らないみたいだな。悪いけど俺達は先を急ぐんでなあ、お前と遊んでいられへんねん」と不可解な事を言った。
失血のため意識が朦朧とし始めたので、真吾の言っている事は理解できなかったが、とにかくプライドを傷つけられたと感じた国平は、真吾と雪菜の顔を交互に見ると
「お前だけは殺す」そう言って引鉄を絞った。
国平が引鉄を引くよりも早くWZで雪菜を押して転倒させた真吾は、反対側に跳躍しながら引鉄を引いた。
ギンという金属音が銃声と同時に聞こえた。
真吾の撃った弾がCzに当たり、国平はそのまま尻餅をついていた。
「そんな…何で、何で弾が出るんだよ」
Czに弾が当たった事よりも、弾が出るはずのない銃で撃たれた事がショックであった。
震えながらつぶやく国平を尻目に、真吾は雪菜を助け起こした。
「ポーランド製のWZ63はな、銃口下のこの出っ張りがスライドと連動してるんだよ。だからこいつを少し固い所に押し付ければスライドを動かす事ができるんだ。
データも含めて出回っている銃じゃあないからな、お前が知らんのも無理はない」
そういうと、国平のバッグを拾い上げ、予備の弾とワルサーPPKを取り出した。
「今までの事は水に流してやるから一緒にこいよ」
真吾は呼吸の弱くなってきた国平から銃口を外して言った。
国平は返事の代わりに、Czを真吾に向けて撃とうとした。
金属同士がこすれたような奇妙な音がして、引鉄を引く事が出来なかった。
真吾は気にした風でもなく、国平の負傷した左手を看て舌打ちをすると
「初期型のCz 75は硬い金属で出来ているから、正面とか横から打撃を受けるとスライドレールが変形して作動不能になるらしいぞ」と、優しく説明をした。
体中の力が血液と共に流れ出るのを感じながら
「家に帰ったら…雑誌で…見て…みるよ」
そうつぶやいた国平は、自分の目と同じように人生の幕を静かに閉じた。
【残り 10人】