BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


73

[悪魔の魅力(T−BOLAN)]

 竹内潤子はB−3からC−4に入った辺りで簡易レーダー『ソロモン』を確認した。
 腫れあがった右頬が下まぶたを押し上げるため、何度も画面を見直さなければならなかった。
「雪菜のやつ…覚えていろ…」
 結城真吾と中尾美鶴の闘いに乗じ、後ろから忍び寄って沢渡雪菜を人質にした。
 あわよくば三人とも倒せると考えたのだが、雪菜の機転で逆に潤子の方がダメージを負ってしまったのだ。
「この辺りだな…」
 潤子は『ソロモン』をスカートのポケットにしまって周りを見渡した。
 左手の薮がガサガサと揺れ、ある人物が姿を現した。
「こちらでしたか」潤子は丁寧な口調で言った。
 その人物は潤子からスパスを受け取ると、木を背もたれにできるように優しく潤子を座らせ「やられたのか?」と低い声で言った。
 潤子は怒鳴られた小学生のように下を向いて
「雪菜に…油断をしていました」と弁解をした。
「そうか。誰か倒したか」という問いに、潤子は小刻みに震えながら
「はい、木下を殺りました」と答えた。
 直後に潤子は咳き込み、血の混じった唾液を吐き出した。
 そんな潤子を見て「美しくないな、お前は…」と、その人物は呆れたように言った。
「自分で直接手を下すんだったら、お前よりも中尾美鶴の方が美しかった」
 と、さらに追い討ちをかけた。
「申し訳ありません…」殊勝に謝罪する潤子の姿を、他のクラスメイトが見たらどんな反応をするだろうか。しかし、そんな事など意にも介さないで
「夜にもレクチャーしてやっただろう。私は御影英明に『あなたの友人が教会にいるみたいよ』と言っただけであそこに来ていた連中を一網打尽にできるところだったんだ。
昨日は、お前に支給されていたヘビを使って亜季、絹子、知佳、雪菜、そして五代を仲間割れさせた。
いいか、自分を動かすことは誰にでもできる。我々のように人を統べる者は自分の思惑通り他人を動かさねばならないのだ。
お前達には私の…私の父が残したテクニックを惜しげもなく伝えた。それなのに、お前が出来たことといえば、不良どもを使っての小銭稼ぎ程度だ、情けない!」
 低い声ながらも抑揚をつけており、より心に残るような話し方だった。
 ひとつひとつの言葉に潤子は頷いていたが、最後は小刻みに震えていた。
「今一度、チャンスを下さい」潤子は胸の前で十字を切り、懇願した。
「なんとしてでも雪菜を…いえ、結城を倒して見せます。お願いです」
 すがりつくようにする潤子を突き飛ばすと、何のためらいもなくスパスを撃った。
 轟音に併せるように潤子の体がびくんと跳ねた。
「あっ、ああああ…」
 右側の腰を半分吹き飛ばされながらも息のある潤子に
「お前はもういい。ゆっくり休め…」そう言って口づけをすると、潤子の荷物を持ってその人物は去っていった。
 その人物が立ち去ったことを確認して、反対方向から中尾美鶴が姿を現した。
 無残な姿を晒している潤子を見下ろすと、まだ息があった。
 皮肉な事に、ポケットに『ソロモン』を入れていたおかげで即死を免れたのだ。
 だが、致命傷であるのには変りがなく、虫の息であった。
「信じられない、あいつがあなたの上にいたなんて…何であんなやつの言いなりになるの?」美鶴はつぶやくように言った。
 美鶴の質問が聞こえたようで、潤子は不気味に笑うと
「お前たちのような下賎の者に何が判る。あの御方には…言葉でいい表せない魅力がある…んだ。支配されてみたい…魅力が…。お前が…総統を……奉るように…私はあの御方を…あ、悪…には悪のカリスマが…あるんだよ」と言った。
 美鶴は何とも言えない嫌悪感に包まれた。潤子の言葉を聞いていると吐き気がしてきた。
「優勝するのは…あの御方……だ…」
 最後の言葉を残して潤子は息絶えた。
 美鶴は潤子の遺体から目を離すことが出来なかった。
「結城の言っていることは、三流週刊誌が書きそうなネタだったけど…総統閣下と、あいつが…同じだというのか?
いや、そんな事があるはずない。あんな、だらしのない親から産まれたあいつが…総統閣下と同じだなんて、妄想だ…」
 そう言うのが精一杯だった。
 口に出して否定をしないと、潤子の言葉を信じてしまいそうだったからだ。
 竹内潤子のような者を利害関係も何もなく、死もいとわないほどに従わせるというのは、困難に思えた。
 少なくとも美鶴自身には無理だった。
 それを苦もなくやってのけたのだ、あの横山純子が!
「純子に、どんな秘密が隠されているというの?」
 美鶴には、どうしても判らなかった。
 その秘密を探るためには、何としてでも純子に会わなければと思った。
 美鶴が潤子の目を閉じてやり、その場を離れてから数分後、6時間ぶりに島内に荘厳な音楽が流れた。


『神戸東第一中学3年4組の諸君、担任の朝宮みさきだ。お目覚めはいかがかな? 今この放送を聞いている者は、私の言う通り注意を怠らなかったという事だな。
これまでの6時間で死亡した者を発表する。まず男子5番小野田進、女子5番黒田亜季、男子17番藤田一輝、女子11番谷村理恵子、男子9番木下国平、そして女子10番竹内潤子、以上だ。続いて禁止エリアだが、地図の準備はいいか? これから1時間後の7時にG−7、9時にC−6、そして11時にH−3だ。残りもあと一桁だぞ。もうひとがんばりだ、健闘を祈る』
 それまでと同様に唐突に放送は終わった。
「藤田、お前も逝ったのか。谷村も…」
 伊達俊介は地図から顔を上げると、そのまま空を見上げてつぶやいた。



 深夜0時の放送後、俊介はショックのあまり取り乱した。
 しばらくは墓地から動くことも出来なかった。ようやく動けるようになってからも、無防備のままでふらふらとさまよい歩いた。
 俊介が無意識に向かった北東の方向は、幸いな事に禁止エリアが少なかったので、いきなり首輪が爆発して死んでしまうような事はなかった。
 次々と死んでいく仲間と、襲ってくるクラスメイト。そしてその度に思い知る、自分の無力。
 俊介の精神は崩壊寸前だった。
 散々山中を歩き回った俊介は、気がつくと藤田一輝や谷村理恵子と隠れ処にしていた墓地の倉庫にきていた。
 わずかな間とはいえ、生死を共にした友人との思い出の場所だった。
 一輝や理恵子、そして死んでしまった尚子の事を思い出した俊介の心に小さな炎が灯った。
「もう真吾や藤田達とは会えないかもしれない…それなら自分の力で政府と戦ってやる!」
 俊介はそう決心すると倉庫にある材料を物色し始めた。
 水撒きに使うホースのジョイント部分と鉄パイプ、カッターとビニールテープを持ちだした。
 足りない材料を補うために行ったキャンプ場で6:00の放送を聞いたのだ。
 不思議と怒りや憤りのようなものは沸いてこなかった。
 それよりも今成すべき事に集中した。
 キャンプ場の管理人棟にある納屋に行き、ペンチと自転車の空気入れを探し出すと最後にごみ捨て場でペットボトルを手にいれた。
 これで全ての材料を手にいれた。
 近くのコテージの陰に、材料とVP−70を置いて座ると
「朝宮め、目にものを見せてやる!」勇んで言った。
 暫く間を置いて、俊介の表情が曇った。
「あの女、樋川が入院していた病院で会っていたな。あの時は普通の女子大生みたいな雰囲気だったのに…そういえば、真吾はもっと前から知り合いだったって言っていたな」
 俊介は黙々と作業をしながら思案に暮れていた。
 そんな俊介を鋭い視線が捕らえてた。


【残り 9人】


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