BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


74

[優しい女には毒がある(やしきたかじん)]

 藤川恭子(女子18番)の心拍数はこの2日間、確実に上がりっぱなしだった。
 ボランティア実習に向かう道中でクラスごと拉致され、あの「プログラム」へ参加させられたのだ。
 神戸東中学の教室とほぼ同じようにしつらえてある「本部」で恭子は自分の生き残れる確率を考え、絶望的な気分になった。
 我が3年4組には運動部系の隠れ不良が集まり、さらにそのボス藤田一輝(男子17番)、竹内潤子(女子10番)のツートップが在籍していたからだ。
 女子は遠藤絹子(女子2番)、北川美恵(女子4番)、鄭華瑛(女子13番)のように抜きん出た運動能力を持つ者もいたが、多くは新井真里(女子1番)や若松早智子(女子22番)のようにおとなしい生徒だった。
 黒田亜季(女子5番)のようにグル−プを作る者もいたが、派閥などというものではなく、いわゆる仲良しグループだったのでそれほど恐ろしくはなかった。
 男子にも、普段はチンピラの神崎秀昭(男子7番)達にいじめられている木下国平(男子9番)や福田拓史(男子16番)のようなおとなしい者がいたが、やはり「プログラム」のような状況では信用出来なかった。
 そんな連中よりも危険な人物が男子には多かった。
 自在に二刀を操るという北村雅雄(男子8番)や運動神経バツグンの伊達俊介(男子13番)、顔は二枚目だが近寄りがたい雰囲気のマジシャン五代冬哉(男子10番)と学級委員の御影英明(男子20番)。
 そしてその誰よりも恐ろしい存在“ブラック・サン”結城真吾(男子22番)がいるのだ。
 チアリーディング部の恭子が優勝する確率など、限りなく0に近かった。
 それでもまだ恭子は、これがテレビか何かのドッキリ番組であってくれと祈っていた。
 朝宮みさきと名乗る担当官達が上島裕介(男子3番)、樋川正義(男子15番)、笹本香織(女子8番)を容赦無く殺害し、さらに逆らった遠藤章次(男子4番)まで殺そうとしたのを目撃するに至り、恭子の僅かな希望は粉々に砕けた。
 後はどうすることも出来ず、ただ自分の出発を待つばかりだった。
 名前を呼ばれ席を立ったとき、部屋には10人も残っていない事に気付いた。
 少なくともこの状況から逃れられるという事でホッとしながらバッグを受け取り、建物から出たところで恭子はまたも自分の考えの甘さを知った。
 自分より遥か前に出発した迫水良子(女子7番)が死んでいたのだ。
 殺し合いが始まっているという事実にパニックを起こした恭子は、出口横の植え込みに飛び込んだ。
 恐怖のあまり訳も分からなくなり、子供のように頭を隠して震えていた。
 その恭子のお尻をぽんぽんと叩いた者がいた。
「ひっ…」
 大声で叫びそうになる恭子の口は、柔らかい手で塞がれた。
「恭子、静かに! 私よ、洋子よ」
 暗くてはっきりとは見えなかったが、確かに本田洋子(女子19番)だった。
「洋子…」
 泣きながら抱きつこうとする恭子を静止して
「恭子、走れる? もう次の御影君が出てくるから、ここから離れるよ」
 そう言うと洋子は恭子の手を引いて走った。
 E−4にあるダムの付近でようやく止まると、木の陰に身を隠した。
 呼吸が収まるまで待つのももどかしく
「洋子、私…どうしようかと思っていたの。良かった、あなたがいて」
 泣きじゃくりながら言った。
 洋子は自分の荷物からスポーツタオルを取り出すと、恭子の口を塞ぐようにしながら
「静かに! 誰かいたらどうするの」と言った。
 恭子はあわてて口をつぐんだ。
「私も驚いたわよ。待ち伏せされたらどうしようと思いながら出て行ったら、薮の中からお尻を突き出している人がいるんですもの。何かの罠かと思ったわ」
 洋子は恭子の顔を拭いてやりながら言った。
「でもよかった、信用できる恭子と会えたんだから。あのクラスだと信用できるのは恭子と雪菜くらいだもんね」と恭子は続けた。
 洋子はその言葉を聞いて尤もだと思った。
 沢渡雪菜(女子9番)は新体操部、洋子はシンクロ部なので、体を使っての表現についてよく情報交換をしていた。
 他校どころか全国的に有名な美少女の洋子と友人であるというのは恭子の自慢だった。
 気が動転していたとはいえ、そんな洋子の存在を忘れていたとは恥ずかしい限りだと恭子は思った。
「これからどうする?」という恭子の問いに
「隠れましょう。人数が減るまで待つのよ」
 洋子はあっさり答えた。
 途中、誰かが川で溺れているような場面にも遭遇したが、罠かもしれなかったので無視し、C−5にあるキャンプ場まで移動すると真ん中のバンガローに入った。
 それからは何が起こっても、息を殺して待った。
 食事と睡眠は交代で取ったが、それ以外はほとんどしゃべることもなかった。
 6時の放送前に別のコテージに隠れていた小田雅代(女子3番)と斉藤清実(女子6番)が石田正晴(男子2番)にレイプされそうになっても、その石田が梶原幸太(男子6番)に射殺されても出て行かなかった。
 小野田進(男子5番)や中尾美鶴(女子14番)が、うれしそうに山を下りていくのを見た時は恐怖に怯え、逆に横山純子(女子20番)と横山千佳子(女子21番)が別々に山を上っていった時は会えなかったのかと同情をした。
 その間にクラスメイトは徐々に、だが確実に減っていった。
 20分ほど前の6時に発表された死者を消しこむと、残りはもう9人だった。
 結城真吾を除いて最後まで残るとは思えない者ばかりなので驚いた。
 それと同時に恭子の心に邪なものが芽生え、支給された拳銃
ベレッタM92FSを握り締めた。
 自分を除けばあと8人、たった8人を殺すだけで優勝なのだ。
 恭子は、窓の外を見張っている洋子の背中を睨んだ。
 ───洋子を殺せば、残りの敵は7人になるわ…
 一瞬そんな事を考えた自分が恥ずかしかった。
 洋子は自分と行動を共にしてきた親友だ。その親友を殺そうと思った自分はどうかしているのではないかと思った。
 落ち着きを取り戻そうと、数回深呼吸をした。その直後、窓の外を見ながら
「みんな引き立て役ね…」と、洋子が何気なく口にした。
 その言葉を聞いた恭子に、はっきりとした殺意が芽生えた。
 洋子はシンクロ界ではもちろん、学校でも目立つ存在だった。
 育ちの良い東田尚子はもちろんだが、洋子にもここ数ヶ月で急に女王の風格が身につきつつあった。
 洋子はその才能を特に鼻にかけるようなところはなかったが、自分の演技が出来ないときはともかく、チームの誰かがミスをしたときには、その人物が気の毒なくらい責める傾向があった。
 恭子達チアリ−ディング部も、洋子が演技に集中できなくなるという理由で会場に入れてもらえなかった事があった。
 洋子のために、3ヶ月近く練習したのにも関わらずだ。
 一つ思い出すと、次々と出てきた。
 試合の日に迎えに行かされた事、昼休みにパンを買いに行かされた事、練習を理由に洋子の宿題をやらされた事。
 とめどなく湧き出る不愉快な出来事は、いつしか怒りへと変わっていった。
 洋子に支給されたのは妙なスプレー缶だったはずなので、恭子の持つ銃にかなうはずがない。それに洋子は今、外の見張りに神経を集中している。
 ───チャンスだ。
 洋子の真後ろに廻った恭子の顔を、心地よい風がなびいていった。
 洋子が窓を開けたのだ。
 恭子は、万が一にも近くにいる敵に銃声を聞かれないように、クッションを銃口に当てた。
 5mほど後ろで銃を構えた恭子が引き鉄を引こうとした刹那、皮膚と肺に強烈な痛みを覚えた。
 皮膚はあっという間にアイスクリームのように溶け落ち、喉から肺にかけては焼けつくような痛みだった。
 嘔吐を繰り返す恭子の目は、それでも洋子を見ていた。
 振り向いた洋子の顔には、その美しい容姿をすべて隠すかのように無骨な防毒マスクが装着されていた。
 喉をかきむしって苦しむ恭子の手からベレッタを奪い取った洋子は、ゴキブリに殺虫剤をかけるようにその手に持ったスプレーを恭子に噴霧した。
「大東亜圧勝2号」と書かれたスプレー缶の文字を読み取ったのを最後に、恭子の心拍数は0になった。
 部屋を出た洋子は、慎重にガスマスクと手袋を外しながら
「純子の言っていた通りね。効果的な一言だけで他人の心なんて簡単に操れるんだわ。恭子には、悪い事をしたけど実験台としては最高だった」
 不気味に微笑みながら言った。
 そしてその視線はコテージの外で作業をしている伊達俊介に向けられていた。

【残り 8人】


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