BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


75

[悪女(中島みゆき)]

 本田洋子はコテージから伊達俊介を観察した。
 残りの人数もあと8人なので無理をする必要などなかったが、結城真吾と伊達俊介だけは不意討ちでもだまし討ちでも良いからチャンスのあるときに殺しておくべきだと思ったのだ。
 幸い俊介は先ほどから軽トラックのそばで何かの作業に没頭し、周囲の警戒を怠っている。
 ───さっきから近くで銃声がしている…ここで音を立てるのはマズイわ。それに万が一弾が外れて荷台に乗っているプロパンガスのボンベに当たったりしたら…
 洋子は一瞬で判断し、バッグからスプレーに入った“大東亜圧勝2号”を取り出した。
 説明書によると3回使用可能という事なので、俊介は確実に倒せそうだった。
 ゆっくりとコテージのドアを開け、俊介のほうへ歩き始めた。
 3歩ほど近づいたところで何かを感じ取ったかのように俊介が振り向いた。
 まともに視線がぶつかった洋子は面食らってしまい、反射的に背を向けていた。
 洋子にとっては痛恨の失策だった。
「本田待ってくれ」
 声をかけられて、逃げ出すことも出来なくなった。
 振り向きざまに攻撃をするか、それとも俊介に取り入るか迷っていると
「本田…その…無事だったんだな」俊介が緊張気味に話し掛けてきた。
 俊介のまっすぐなまなざしにかかると、ウソを言っても見破られそうだった。
「え、ええ…ずっと隠れていたの。怖かったから…」と、洋子は答えた。
 これも横山純子(女子21番)に聞いたのだが、相手に良い印象を与えたければ、悪い印象を与えそうな情報のみを割愛して伝えればよいというのだ。
 洋子はスプレーをポケットにしまいながら、純子の助言通りに実行をした。
「そうか…よかった」
 そう言っただけで俊介は腰の銃にも手をかけようともせず、またそれ以上の質問もしなかった。
 洋子にとっては非常にありがたいことだった。俊介がまったく自分のことを疑っていないのだ。これを逃す手はなかった。
「伊達君も無事だったのね。ここで何をしていたの?」
 洋子は出来るだけ普段通りに訊いた。それに対し俊介は
「うん。真吾と合流する合図も兼ねてね、いろいろと悪あがきをしてみようかなと思っていたんだ」
 そう言うと、ペットボトルで作ったロケットを照れながら見せた。
 洋子は少し戸惑った。
 真吾がこの場に来るのは探す手間が省けるというものだが、はたして俊介と真吾が戦うように仕向けることが出来るかどうか…。
 しかし洋子の心配は、次の一言で払拭された。
「あ、あの…こんな時にって思うかもしれないけど、自分は…自分は君のことが、す、好きだ」
 頬を赤らめながら言う俊介を見て、洋子は必死に、はにかむ表情を作った。
 心配事が無くなったということと、俊介の告白の仕方に腹の中では大笑いをしていた。
 だが、それを表情に出せば全てが水の泡と化すのだ。
 洋子は恥ずかしそうに下を向き、一拍置いてから「ありがとう、うれしい…」と言い、俊介に寄り添おうとした。
「俊介!」という声と共に西の方角から姿を現したのは結城真吾と沢渡雪菜だった。
「真吾…」俊介は真吾に駆けよるとがっちりと握手をした。
 洋子も「雪菜!」と、うれしそうに言った。これは演技ではなかった。
 ───あなたも一緒にいるなんて、ものすごくラッキー!
 洋子は自分の心が表情に出ないように苦労した。
「沢渡と会えたんだな」
 雪菜のほうを見ながら言う俊介に、会話は任せようと考えた。
「これお土産、早速着けとけよ」真吾はそう言うと、俊介に木製のストックを投げた。
 俊介がVP−70に装着しているのを見ながら
「冬哉のおかげだよ」と、先ほどの問いに寂しそうに答えた。
「冬哉の最期は…」神妙な面持ちで訊く俊介に
「ああ、あいつらしい最期だった」うつむく雪菜の肩を抱きながら真吾は言った。
「そうか、自分は東田を助けられなかった。藤田や谷村もだ…」残念そうに言う俊介に
「病院で俺に言っただろう、自分を責めるなよ俊介…それより遠藤さんや新井さんのおかげで、面白い事になりそうやぞ」と、元気づけるように言い、メモを渡した。
 この言葉に洋子は賭けた。
「なにそれ? 他の4人と連絡でも取れそうなん?」と、少し真吾を疑っているように訊いた。
 真吾の属する水球部とは同じプールで練習をしているので、このような会話も比較的頻繁にしていたのだ。だが、俊介はそんなことを知らない。
 真吾の返答によっては、俊介を真吾にけしかける事が出来ると踏んだのだ。
「お前には教えない」真吾は思った以上に冷たい口調で言い、俊介からも手荒くメモを取り返した。
「何を言っているんだ、真吾」俊介は驚いた。
 このプログラムで真吾がそんな口調で話すのを初めて聞いたからだ。
「洋子、あなた…」
 雪菜も不信感を露わにして言った。真吾はその雪菜をかばうように自分の後ろに移動させると
「お前、今まで何しとってん」と、厳しい口調で洋子に訊いた。
「雪菜まで…ひ、ひどい。そんなに怖い言い方しなくてもいいやん…」洋子はここぞとばかりに悲しそうな表情を作った。
「そうだよ。お前少しおかしいぞ、本田に当たることないだろう。ほら、自分もペットボトルロケットで…」俊介は少し戸惑いながらも自分の策を真吾に話そうとした。
 その言葉を遮るように
「何をしていたかと訊いているんだ!」真吾は今にも洋子に飛びかかりそうな表情だった。
 洋子はその剣幕に押されないように
「何って、隠れていたわよ。今の今までこのコテージにね。誰が来ても見つからないように息を殺していたわ。信用できそうな伊達君が来るまではね…」
 と、落ち着いて答えた。
 満点の演技だった。
 しかし真吾は、より険しい顔で「語るに落ちるとは、お前のことだぞ」と、言った。
 自分の演技には全く問題がなかった。
 つまり、真吾が自分を疑うような要因は全く無いのだ。
 と、いう事は真吾と雪菜は何らかのひっかけをしようとしていると洋子は考えた。
 ───そう上手くは、いかないわよ
「訳が判らないわ。私が隠れていたことがそんなにいけないことなの?」
 最後の言葉を俊介に問い掛けるように言った。
 俊介が自分を好きだという感情に訴えたのだ。洋子の思惑通り、俊介は頬を赤らめうつむきながら
「真吾、いきなりそんなことを言われても自分は納得できない。本田の何が信用できないのか、判るように説明してくれないか」と、落ち着いた口調で言った。
「雪菜だって気付いているぞ、俊介。色ボケしてるんじゃあねえ!」
 俊介と裏腹に、真吾は激高しながら言った。
 俊介は、真吾が一夜会わなかっただけで別人になったように思えた。ムッとした表情の俊介に向かって
「お前が本田を好きなのは知っている。でもなあ、人を殺して返り血を浴びたやつを抱きしめて…お前、うれしいか?」と、真吾がさらに言った。
 俊介は、真吾達と洋子の顔を交互に見た。
「何を言っているんだ。本田はずっと隠れていたって言っただけじゃあないか。それが何で…真吾、お前こそ沢渡に何か吹き込まれたんじゃあないのか!」俊介もムキになり始めた。
「俊介、お前!」真吾と俊介はお互いの胸倉を掴んだ。
「やめて、二人とも。ちょっとした行き違いかもしれないじゃあない!」
 雪菜が今にも殴り合いをはじめそうな二人の間に割って入った。
 真吾を俊介から引き離しつつ洋子のほうを向いた雪菜は「洋子、ひとつだけ答えて」と言った。
 向かい風を受けて乱れる前髪を押さえながら、洋子は平静を装い
「なに? 何でも訊いて、雪菜」と、できるだけ普段通りに返答した。
 雪菜は洋子から視線を外さず、一度深呼吸をすると
「ずっと隠れていたあなたが、何故ここにいない人数が4人だと知っているの?」と質問をした。
 洋子は雪菜の質問の真意が判らず
「どうしてって、定時放送を聞いて名簿をチェックしていたら誰にだって判るやん」
 と、勝ち誇ったように答えた。
 洋子の答えに、俊介の顔色が変った。
 ───なに? 何もおかしい事言ってないやん
 焦りが表情に出ないように苦労したが、それも真吾の一言で無駄に終った。
「まだ分からんのか。お前、さっき『他の4人と』って言ったよなあ。30分前の6時にあった放送の段階で、残り人数は9人なんだよ。お前の言った4人にここにいる4人を足すと、合計8人だ。隠れていたお前が、何で人数が減った事を知っているんだ? この“1人”の差がお前のウソを暴く鍵になったんだよ」
 洋子は無意識のうちに、自分がさっき殺した藤川恭子を残り人数から減らしていたのだ。
 それにしても真吾の判断力と洞察力には舌を巻くしかなかった。
 洋子はこの絶体絶命の状況を打開しようと頭をめぐらせた。
「ちょっと待ってくれ。計算間違いをしたのかもしれないじゃあないか」
 無策の洋子を助けるように俊介が熱弁をふるった。
 俊介が洋子と真吾達の間に入った。
 ───チャンス!
 洋子はスカートの腰の部分に挿していたベレッタ M92FSを素早く抜いた。
 俊介の体越しに真吾を撃とうとしたのだ。
「よけろ!」
 真吾の声に俊介が振り向いた。
 洋子は狙いもつけず、続けざまに3度引鉄を引いた。
 俊介の左太股と肘の辺りで血しぶきが舞った。
 真吾は素早く雪菜を引っ張り倒すと、俊介を避けるように体を倒しながらクナイを洋子に向かって投げた。
 洋子の銃を持つ右肩と腰に、クナイは容赦無く刺さった。
「うっううう」叫び声を押し殺しながら、真吾に向かって引き鉄を引いた。
 同時に俊介の大きな体が立ちふさがった。
「本田、もうやめてくれ!」俊介の叫びと銃声が重なった。
 胸と右腕に銃弾を受けた俊介は、撃たれた個所を押さえるようにしながら倒れた。
 俊介の体が地面でバウンドした瞬間、ガララン ガラランという銃声が響いた。
 転倒による筋肉の反射で、俊介の指が2度引き鉄を引いたのだ。
 真吾によってもたらされたストックを装着する事によって、VP−70は自動的にバースト発射機能へと切り替わるのだ。
 最初の3発は洋子の左肩部に集弾し、体を半回転させた。
 後の3発は、半回転した洋子の右大腿部に当たった。
 ブシュッという音と共にポケットに入れていた“大東亜圧勝2号”が吹き出した。
 向かい風のため、破裂した缶の内容物はすべて洋子の顔に吹きかかった。
「グッ、グエエエエエ」
 苦鳴をあげながら洋子は自分の顔をかきむしった。
 指の動きに合わせて、びらんした顔の皮膚が剥がれ落ちた。
 それは、文字通り洋子のデスマスクとなっていた。
 洋子の断末魔の叫びなど無視し、真吾は雪菜と一緒に俊介を風上の方にある軽トラックの陰に運びこんだ。
 ゆっくりと地面に寝かせたが、傷口を看るまでもなく致命傷だった。
「真吾、沢渡、スマン。自分は…」悔しそうに言う俊介に、真吾は
「気にすんなよ」と言い笑顔を見せた。
「自分は真吾みたいに、どんな苦境の時でも笑っていられるような大きい男になりたいと思っていた。そして、お前たちみたいなカップルにあこがれていたんだな、きっと…」俊介は言った。
 真吾は黙ってうなずき、雪菜は俊介の手を握っていた。
「なあ、お前たちの力で自分みたいな思いをする者がいない世の中を作ってくれ」 
 俊介の目に涙が光っていた。
「ああ…」短く答える真吾に、暫く間をおいて
「何か償いをしないと…例のアレは、あそこを攻撃しないと意味がないんだったな?」
 と、俊介は立ち上がりながら言った。
「もういい、俺達に任せろ」
 真吾は俊介を再び寝かせようとしたが、その手は振り払われ、さらに突き飛ばされた。
 俊介はそのまま軽トラックに乗り込み、ドアをロックした。
「やめろ! もうお前は何もしなくていいんだ」俊介が何をしようとしているか、瞬時に覚った真吾はなんとか止めようとした。
 雪菜も真吾と同じように、必死でドアを開けようとしている。
 その二人に対し
「これが最後だから…お前たちの役に立ちたいんだ」
 俊介はそう言うと、キーをまわしてエンジンをかけた。
 ギアを入れ、クラッチを繋ぐと飛び出すように軽トラックは発車した。
 「本部」に向かう斜面に向かって。
 雪菜は車が出る瞬間
「ごめんな、サヨウナラ」と俊介の唇が動くのを見て取った。
「俊介君、なんで…なんでこうなっちゃうの?」
 雪菜は涙が止まらなかった。
 冬哉のときと同じように自分は何も出来なかったのだ。そんな雪菜に対し
「雪菜、グロスカリバー出せ!」と、真吾は命じた。
「こんな時に、なんてことを言うのよ!」雪菜は真吾に怒りをぶつけた。
 真吾は自分のバッグからステアー AUGを取り出しながら
「こんな時だからだ、今を逃したらすべてが台無しになるんだぞ」と叱責した。
 雪菜は涙を拭うとバッグからグロスカリバーを取り出し、ベルトに取り付けられた弾共々真吾に渡した。
 真吾はグロスカリバーに装填されているゴム弾を抜くと、ベルトから別々の種類の弾を二発取り出した。
「俊介、スマン…頼んだぜ」
 真吾は弾を込めたグロスカリバーとAUGを持ちかえ、雪菜をうながすと軽トラックを追った。

【残り 7人】


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