BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
77
[Trip in the dream(倉木麻衣)]
「みさき…おい、みさき。大丈夫か!」
声に合わせて大きく肩を揺さぶられ、みさきは目が覚めた。
「しっかりしろ、やつらがくるぞ。くっそー、それにしてもでかい地震だったぜ」
みさきは手を引かれるままに移動した。
レンガ倉庫に入る頃には、ぼんやりとしていた頭が徐々にはっきりとしてきた。
「い、一平? 野崎…一平…君だよね?」
みさきは自信が無さそうに言った。
「頭を打ったみたいだけど…本当に大丈夫か?」
野崎一平(男子15番)は、熱を測るようにみさきの額に手を当てた。
みさきは恥ずかしさとわずらわしさで、慌てて一平の手を払いのけた。
「ちょっとぉ!」声を荒らげるみさきに対して
「その元気なら大丈夫だな」一平は笑った。そして、ちらっと時計を見ると
「あと、30分くらいで6時の放送がある」と、みさきに言った。
みさきはようやく記憶が戻った。
───プログラム!
みさきの通う神戸市立第二中学の3年2組は、奉仕実習に向かう途中で拉致され、あの「プログラム」に参加させられたのだ。
土曜の午前0時から開始された「プログラム」は、4日目の朝を迎えていた。
朝宮みさき(女子1番)は2日目の夜まで親友の江藤早苗(女子3番)と行動を共にしていた。その早苗も、隠れていた山小屋を急襲されて殺されてしまった。
みさきも間一髪のところで一平のグループに救われたのだ。
外見はパッとしない一平だが、人望は厚く、行動力も並外れていた。
そんな一平と親友の室伏旦(男子16番)、鳳隼人(男子2番)は本当に頼りになる人物だった。
旦は武器を自分の手足のように操り、隼人は異常に頭がキレた。
みさきが今まで生き残れたのは、彼らのおかげでもあった。
しかし、木内麗美(女子4番)と鳴海藍子(女子15番)のコンビに攻撃を受け、散開をしたところで地震に襲われたのだ。
みさきは、地球の終わりが来たのかと思った。
現世と地獄がいきなり入れ替わったような感覚だった。
体験した事のない震動と轟音が、体を間断なく貫く。
その場を動くことも出来ず、手で頭をかばったまま地面に伏せているのが精一杯だった。
一瞬とも永遠とも思える時間が過ぎ、いつの間にか気を失っていたようだ。
「旦くんと隼人君は…」
みさきは、おそるおそる一平に訊いた。
「旦はさっきの地震で倒れてきた家の下敷きになって……隼人はどこにいったのか判らない。銃声はしていないから、木内と鳴海の二人にやられてはいないと思うんだが」
一平は、回りを見渡しながら言った。
と、そのときサイレンが鳴り響いた。
『清聴! 神戸市立第二中学3年2組のクソガキども、聞いているか。担当官の沼田十蔵だ。今から5分前の午前5時46分、兵庫県南部を中心に地震が発生した。マグニチュード7.2だそうだ。地震前に生きていた者は6人だったが、現在4人となっている。
「プログラム」は特別措置として一時中断する。4人ともH−8にいるみたいだが、津波の心配があるから一つ北のG−8に移動しろ。オレを含めた防衛軍兵士が一時貴様らを保護してやる。いいか、この間に戦闘を行った者は、国家反逆罪として扱われるからな。6時までにだ、6時以降G−8以外はすべて禁止エリアにするからな。以上」
始まった時と同じように、唐突に放送は終わった。
「クソ野郎が! 旦はともかく、隼人まで地震でやられるなんて…」
一平は唇をかんだ。
親友が二人とも逝ったのだ、語気が荒くなるのも無理はないとみさきは思った。
「一平、あと10分くらいしかないわ。あと50メートルほどだけど、G−8に行かないと…」みさきは一平を促した。
「ああ…」と答えた一平が歩き始めたとき銃声が響いた。
「ち、ちくしょう。舐めたことをしやがって!」みさきに押し倒されながらも一平は怒鳴った。
「あそこ! 麗美と藍子よ」みさきは右斜め前を指差した。
そこにはガンスモークを吐き出しているショットガン モスバーグM500を持った麗美と両手に一丁ずつ拳銃を持った藍子が立っていた。
もともと麗美も藍子も手のつけられない一匹狼の不良だったが、「プログラム」では結託して次々とクラスメイトを血祭りにあげていった。
文字通り、最凶のコンビであった。
「てめえら、さっきの放送を聞いてなかったのか。戦闘を行ったものは国家反逆罪に…」
一平が言い終えないうちに麗美が発砲した。
「一平、お前アホか? あんな政府の犬の言うことを信じるなんて、おめでたいヤツだねえ。たとえ反逆罪になっても、残りが2人になっていたらそう簡単に殺せないだろうよ!」小バカにしたように言いながら次々と撃った。
「野郎!」一平は麗美に応じ、MAC11を斉射した。
藍子の足元でコンクリートが弾け飛んだ。
「下手クソ、どこを狙っているんだい。無駄な事をするんじゃあないよ、あんた達を片付けて麗美と優勝決定戦をするんだからねぇ」
藍子は恐ろしいことを嬉々としながら言った。
一平はそれを聞いて、唖然としていた。
「こいつら、狂ってんのか…」
普通の人間が同じ状況に直面したら、きっと同じことを言っただろう。
「いや、麗美と藍子なら、きっとそうするわ」みさきは、はっきりと言った。
なぜ断言できるかというと、みさきも同じ立場ならそうしただろうからだ。
自分は本質的に彼女達と同類だと常々思っていた。
『人から干渉されるのが嫌い、でも愛されたい』
この想いの為に、いつもジレンマを起こしていた。
自分にはたまたま親友の江藤早苗がいたから、その想いが満たされていたにすぎない。
早苗がいなかったら、そして一平がみさきへの想いを告白してくれなかったら…藍子のいう優勝決定戦とやらに、みさきは参加していたであろう。
「やめて、一平」みさきはさらに撃とうとする一平を止めた。
「離せ、みさき。あんなやつらに殺られてたまるか!」一平はそう言いながらマガジンを交換した。
「違う、藍子が…いつのまにかいなくなっている」
みさきは言いながら周りを見渡した。
みさきが後ろを振り返るのと、藍子が倉庫の陰から飛び出してくるのがほぼ同時だった。
藍子は強烈な笑みを浮かべながら「死ねぇ!」と絶叫すると両手の銃を持ち上げた。
みさきはそれよりも早く反応をしていた。
腰に挿していたトンプソンコンテンダーを抜くよりも、自分に支給されていたヨーヨーを投げた。
ヨーヨーはまっすぐ藍子の顔面に向かった。
藍子はトリガーを引くよりも、反射的に顔面をかばおうとした。
クロスされた両手の間をぬって、ヨーヨーは藍子の鼻に当たった。
ショックでトリガーを引かれたが、もちろん弾はあさっての方向に飛んでいった。
藍子の鼻を押さえた指の間から、ものすごい量の血が流れ出していた。
一平が藍子にMAC11を向けたとき、後方から何かが飛んできた。
黒い鉄球のようなそれは、硬い音を立てながら数度バウンドすると、藍子の数メートル前まで転がった。
「一平!」みさきは叫ぶと同時に一平にタックルをかけ、地震によって出来た地割れの中に滑りこんだ。
痛みをこらえながら顔をあげた藍子の視線は、彼女の目の前に落ちている丸い物体に注がれた。
藍子の脳がその物体を手瑠弾と認識したときにはもう遅かった。
「麗美! 裏切ったなーーー」
藍子の叫びが合図だったかのように、手瑠弾は爆発した。
藍子の肉片や血液は、雨のように降り注いだ。
一平とみさきは、吐き気をこらえながら麗美を探した。麗美がこの隙を利用するのは火を見るよりも明らかだったからだ。
「まさか手瑠弾まで持っているとはな…」
一平が独り言のようにつぶやくと同時に銃声が轟いた。
麗美の持つミニUZIの9ミリ弾は、一平の左肩を正確にぶちぬいた。
「ヒャッハッハッハハハハ…」
奇妙な笑い声が辺りに響いた。
麗美だ。
一平は苛立ちをぶつけるように
「やろう…木内、どこに隠れていやがる。出て来い!」と叫んだ。
一平の叫びに応えたのはミニUZIの銃声だった。
「一平、お前みたいな間抜けに私が見つけられる訳が無いだろう。仲間思いのお前の事だ、鳳の後を追って死にな!」
麗美の声は反響していてどこにいるのか判らなかった。それだけに怒りが倍増されていった。
「藍子はあんたの仲間じゃあなかったの?」
一平に応急処置を施したみさきは、何とか麗美の位置を見つけようとして質問をした。
「一石三鳥を狙ったんだけどねえ。どうせお前達を殺した後でタイマン勝負の殺しあいをするところだったんだ。逆に手間が省けたよ」
麗美も藍子と同じように、恐ろしい事を嬉々として言った。
その間も絶え間なく撃ってくる麗美に、一平は我を忘れかけていた。
対照的に、みさきは一点をじっと見つめていた。軽く顎を引くようにして頷くと
「一平、もう少し麗美の注意を引いていて。私が回り込むわ」と言った。
「奴の位置がわかったのか? それよりも…大丈夫なのか?」一平は心配そうに言った。
みさきは銃に弾を込めると
「任せて、自分達がやろうとしていたことをすぐにやられるなんて、あいつは考えないだろうからね」そう言うと一平に軽くキスをした。
一平はみさき以上に頬を赤らめながら「OK、ラブアタック作戦やな」と言ってみさきを抱きしめた。
みさきはにっこり微笑むと、タイミングを見計らって飛び出し、あっという間に瓦礫の陰へと消えていった。
一平は麗美の注意を自分にひきつけるために、くだらない質問をした。
「おい、鳴海がお前を裏切るとは考えなかったのか?」と大声で問い掛けたが、麗美の返事は銃声だった。
「くそっー」一平もMAC11で応戦した。
弾がきれてマガジンを交換しようとしたとき、麗美の放つ弾の角度が違っている事に気付いた。
「まさか…木内の奴、もう移動して…」
頭を上げた一平の真横にあるブロック塀が銃弾により砕けた。
こめかみから流血しながらも、一平はみさきを救うために駆け出していた。
みさきは銃声が近づいている事に気付いていた。
「麗美、何かやろうとしているんだね。意外と抜け目が無いなぁ」みさきは人事のようにつぶやいた。
藍子や麗美は、普段から冷酷・冷徹だったが、冷静な面も持っていた。
「とにかく一平から麗美を引き離さないと…」
みさきが北西へ向かおうと進行方向を変えたそのとき、盾のようにしていた壁に弾が当った。
瓦礫の山のてっぺんに、仁王立ちをする麗美の姿が見えた。
「ちっ」みさきは舌打ちをした。
上から見下ろす形の麗美に対して、自分は鍋の底のような窪地に立っているのだ。
とどめを刺そうとトリガーを引いた麗美だったがガチンッという音がしただけだった。
───弾切れ!
マガジンを交換しようとしている麗美に向かって、みさきはスイッチを押してからヨーヨーを投げた。
ヨーヨーの当たった麗美の手から、ミニUZIと大き目の芋虫の様なものが地面に落ちた。
それは、麗美の右手親指であった。
みさきの手から放たれたヨーヨーは、投げる際にスイッチを押す事により、回転しながら刃を出す仕組みになっていた。それが麗美の指を切り落としたのだ。
「みさきーーーーー」麗美は絶叫しながらスカートに挿したコルトローマンを抜いた。
しかし、親指が欠損しているので当然持つ事が出来ず、ガンロールをするように一回転させると地面に落としてしまった。
「こ、こんな…バ、バイオリンの弓が持てないよ。私の夢が…」
半笑いの麗美が言った事に唖然としながらも、みさきは麗美に向かって斜面を駆け上がるようにダッシュした。
当て身でもなんでもいいから、とにかく麗美を戦闘不能にしたかったのだ。
麗美は、スカートのポケットから何かを取り出すと、みさきに向かって突き出した。
麗美の手に握られたものが手榴弾だと認識したみさきは足を止めた。
周りを見たが、今いる上り坂の途中には、身を隠すような場所はないのだ。
「みさき、お前はバラバラにしてやる。私の…私の夢を奪ったんだからねえ!」
安全ピンを口で引き抜いた麗美は、みさきに向かって手榴弾を投げようとした。
バックスイングをした麗美の左手が空中で不意に止まったかと思うと、真横にあった倉庫の階段部分に固定された。
麗美が驚いて目を向けると、金属製の釣り糸が手にからまっていた。
「一平!」
みさきと麗美が同時に叫んだ。
みさきの危機を感じた一平が、自分に支給されていた釣竿をルアーフィッシングの要領で投げ、麗美の手に巻きつけたのであった。
「うひぃいいいいいい」
麗美は、釣り糸を何とか自分の手から引き剥がそうと必死にもがいた。
今まで浮かべていた麗美のいやらしい笑みが泣きそうな顔に変った瞬間、手榴弾は爆発した。
とっさに地面に伏せたみさきの体に、再び真っ赤な雨が降りそそいだ。
雨がやむのを待つまでも無くみさきは立ち上がった。
下半身だけとなった麗美の遺体を一瞥すると、一平の元へ向かった。
一平は、みさきの姿を見ると片手を上げた。
「一平、しっかりして!」
みさきは一平を抱き起こした。
「木内は?」一平はみさきに訊いた。
「死んだわ。麗美にも帰りたい理由があったみたいよ。それよりも一平…ケガをしているのに…無茶をして……」みさきは泣きそうな声で言った。
一平は複雑な表情を浮かべながら
「オレは大丈夫。それにしても…あいつ、見かけ通りのワルじゃあなかったんだな。さてと、G−8に行くぞ」一平は立ち上がろうとした。
「だ、大丈夫なの? 撃たれていたし、爆発もあったじゃない」みさきは一平に言った。
一平はみさきの髪を撫でながら
「木内のやつヘタクソやったしなあ、お前が手当てをしてくれたから大丈夫だよ」と言った。
みさきは照れながらも一平に肩を貸し、G−8に向かって歩き始めた。
幸い、みさきたちはH−8でも北よりの場所にいたので、制限時間には十分間に合った。
みさきと一平がG−8にたどり着いて一息ついたとき、プログラム担当官 沼田十蔵が姿を現した。
沼田の顔には「プログラム」開始時に死を覚悟で教室に戻った江木マリア(女子2番)に浴びせられた硫酸による火傷が醜く残っていた。
「よう、ご両人。あと一分だ、ぎりぎりだったなあ」
と、沼田は首から提げている電卓のような物を見ながら言った。
「こいつは担当官用の簡易レーダーでな、優勝者が決まった瞬間アラームで知らせてくれるんだ。あと何人残っているか判らんが、木内が言っていた優勝決定戦って訳だ…」
にやにやしながら沼田は言った。
みさきは口の中が苦くなるのを感じた。
沼田の顔を見るだけで、吐き気を覚えた。
沼田はみさきの顔を眺めながら
「…と言いたいところだが、野崎お前さっき銃を撃っていたよなぁ」
そういうが早いか腰のホルスターからコルトガバメントを抜くと、一平に向けて2発撃った。二発とも胸に喰らった一平はゆっくりと崩れ落ちるように倒れた。
「い、一平ーーー」
みさきは悲鳴を上げた。
「言ったはずだぞ、戦闘行為は国家反逆罪として扱うってなあ」
沼田の言葉などみさきの耳には届いていなかった。
抱き上げた一平の胸から、絶え間なく血が流れ出していた。
「一平、しっかりして。お願い…」
みさきは泣きながら言った。
その言葉に応えるように一平は目を開けた。そしてみさきの手をしっかりと握ると
「みさき、オレはもうダメだ。でも、お前が生きていればオレは…オレ達3年2組のみんなは、お前の心の中でずっと生き続ける」
幼児に言って聞かせるように、ひとことずつゆっくりと話した。
「お前は、オレ達の分も生きて…そして……オレ達みたいな思いをする者が…いない世の中を…作って…く…れ」
言い終わると同時に、一平は口から大量の血を吐いた。
「一平!」
みさきは、一平の吐き出す血を浴びながら叫んだ。
一平は、震える手でズボンのポケットから銀のペンダントを取り出すと、みさきの手に握らせた。
「みさき…だ、だい…すき…だ……」
最後の力を振り絞って言った一平は、涙で濡れたみさきの頬をいとおしそうに撫でると、にこりと微笑んで力尽きた。
「い、一平ぃいいいい!」
みさきの叫び声に合わせるように、沼田の持つ担当官用レーダーから電子音のアラームが響いた。
それは神戸市立第二中学3年2組のプログラム終了を告げるフィナーレとなった。
みさきは、眠るようにして逝った一平を抱いて号泣していた。
【残り 1人/1994年度第44号プログラム終了 優勝者 朝宮みさき(女子1番)】