BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


78

[目覚めたヴィーナス(森川美穂)]

「ねえ、聞いた? 503号室の患者さんプログラムの優勝者なんだって」
「えっ、あの子が?」
「聞いた、聞いた。しかも途中であの震災にも遭ったんやて」
「そう、親も兄弟もみんな死んだらしいよ」
「ウソ…最悪やん」
「それで誰も見舞いに来ないんやねえ」
「どうするんやろう、あの子…」
「あ、ヤバイ婦長が来るよ。仕事、仕事」



「朝宮みさき君、これが政府発行の受給手帳だ。これに優勝者へ支給される生活保障金が振り込まれる。暗証番号は君の誕生日になっているからね。
そして、これが総統閣下直筆のサイン色紙だ。……蔵神君、この子は聞いているのかね?」
「お気になさらず、大体の優勝者はこうですから」
「そうかね、まあそうだろうね。それでは、これで私の任務は終了だ。蔵神君、あとは任せたよ」
「お疲れ様でした……さてと、自己紹介はいいな。本来これは担当官の仕事なんだが、沼田は軍法会議にかけられるので、上官の私が代わりに来たという訳だ。君とは長い付き合いになると思うが、よろしく頼むよ」



「朝宮みさき、君は震災のために転校先の学校には行かずじまいだったな…。
出席日数は足りていたから問題は無かったよ。卒業おめでとう。
高校入試は間に合わなくて残念だったが…大検を受けるのも一つの手段だ。
いつでも相談にのるから…と、言っても、まずは話しをしてもらってからだなあ」



「このお姉ちゃんなあ、もう一年くらい誰とも話してないんやって。オレが何しても動かんし、みんな『人形のみさちゃん』って呼んでるねん」
「ウソ、すごいなあ。でも…ちょっとかわいそうや」
「真吾くん、お医者さんになりたいって言ってたやん、治してあげてよ」
「うん、お姉ちゃんは俺が治してやるから、元気だしてな」



「あと一年もあるのに、ほとんど単位を取ったそうじゃあないか。あとは、今月末の検定試験に合格すれば大学に進学できるというわけだ。
看護婦に聞いたんだが…昼間はトレーニングをしているそうだね。その合間には子供たちと言葉を交わしているようだが、やはり私とは話をしてくれないのかね…」



『…担当官は死亡、行方不明になった二人が、何らかの手がかりを握っている可能性あると見て行方を捜しています。それでは、次のニュース───』
「半世紀に渡って行われてきた“プログラム”で初の脱走者だよ。君は複雑な気分だろうねえ。だが、これからは彼らのような者は増えてくるだろう。
私の力となってくれる若者が増えてくれるといいんだが…」



「ハイ、いいですよ朝宮さん。お疲れ様でした。全く問題はないですね、蔵神さん。もう彼女は大丈夫ですよ」
「そうですか…おめでとう、みさき。これで晴れて担当官に合格ということだ。
専守防衛大学在学中に合格とは、女性担当官では史上初だよ」
「凄いことですね、おめでとうございます。ぼくみたいな医者では力になれませんが、この国のためにがんばってくださいね」
「みさき、私は先生に書類の説明をするから。サインをもらったら、そのまま神戸の病院に行ってきなさい」



「これでよし。この書類はお帰りの際に受付でお渡しいたししますね。
…そうですか、担当官にねえ。あなたが大検に合格した時には、まさか専守防衛大学に進むとは思ってもみませんでした。正直、あそこにだけは何があっても入らないと思いましたよ」
「ええ、みんなに言われます。でも、私にもやりたいことが見つかったのです。それに達するには、防衛大に入り、担当官になる事が一番の近道だったのです」
「そうですか…何かあったら、いつでもいらっしゃい。ここは今のあなたにとって出発点なのだから」
「ありがとうございます。それでは、失礼いたいます」
「お大事に」
「……痛っ」
「あっ、スイマセン。真吾、お前も謝れよ」
「お前が病院の中で走るからやろう。樋川に良いこと言った直後に恥ずかしい事をするなよ。あの…ごめんなさい。おケガは無いですか?」
「私は大丈夫だが…病院には病気やケガをしている方がたくさんいるのだよ」
「はい、スイマセンでした」
「気をつけなさい」
「はい……あの失礼ついでなんですが、前にここに入院していた…みさちゃんだよね? 
俺のこと覚えていないかもしれないけど、治ってよかったね」
「君は…」
「真吾、知り合いか?」
「うん、前のオヤジが死ぬ前に入院していた時かな…その時は医者になろうと思っていたけど、今はこの国を変えたいから…ってあんまり大きい声で言うとマズイな…」
「き、君は…わ、私と……」
「だ、大丈夫ですか? しっかり、しっかりして…俊介、医者を呼べ」
「医者って、何科の? 貧血かな?」
「だれでもいいから、早くしろ! みさちゃん、大丈夫? みさちゃん…」



「みさき、みさき…大丈夫ですか? しっかりしてください」
 声に合わせて二の腕のあたりを強く叩かれ、みさきは目が覚めた。
「夢か……」
 みさきはつぶやいて立ち上がろうとしたが、頭部に激痛を覚え、しゃがみこんだ。
「大丈夫ですか? 随分とうなされていたようですけど…あまり良くない夢だったようですね」
 陣はみさきを助け起こしながら、真顔で冗談を言った。
 みさきは歯を食いしばって立ち上がると
「ああ、あれ以上の悪夢は無いだろうからな」と、皮肉のように言った。続けて
「何が起こったんだ、状況を報告しろ」
 陣の後ろに立っていた陸奥に命じた。姿勢を正した陸奥よりも先に、陣が
「選手のうちの誰かが、ここを攻撃したようです。『本部』2階部分がほぼ全壊。死傷者の数はわかりません。メインのコンピュータが停電のため、先ほど禁止エリアも全面解除になってしまいました」と、事務的に答えた。
「なんだと、誰だ。ふざけたマネをしおって!」みさきは怒鳴るように言った。
 陸奥はビクッと体を震わせたが、一度ツバを飲み込むと
「それが…残りの6人が全員この『本部』周辺にいたのです。盗聴の記録を追おうにも、先ほど陣一尉のおっしゃられた通り、電源が落ちてしまったので…。
予備電源は優先的にデータの保持にまわってしまいますので、全員の行動を洗うには、かなり時間がかかりそうです」と答えた。
 みさきは自分のデスクをどんっと叩くと
「そんな作業をする必要は無い! それより電源の確保とメインコンピュータの復旧を最優先しろ。技術仕官全員で対応するんだ。陣、全兵士を集合させろ」と命令した。
 陸奥はみさきの命令を伝達するため部屋を飛び出した。
 その陸奥と入れ替わるように入ってきた沼田を一瞥し
「一個中隊全員ですか? といっても、何人かは死亡したようですから3、40人しかいませんが…全員で出て行くのは、みっともないと思いますよ」陣はみさきに言った。
「『プログラム担当官は私だ…』と、言って命令するのも簡単なんだが…陣、正直に答えろ。結城真吾に勝てるか?」
 みさきは陣の反応を確かめるようにして言った。
「彼を殺してもいいのなら…勝てます」
 陣は表情をほとんど変えずに返事をした。
「奴がここを襲撃したという証拠が出るまで殺す事は許さん。あくまで『プログラム』として決着をつけさせるんだ。
残りの6人は…この『本部』周辺にいる。沼田を副官に、甲種装備の2個小隊を率いて南西にいる者を逃がさないようにしてくれ。私は陸奥を連れ、北東側に網を張る。
あくまで、生徒に決着をつけさせろ。殺す事は絶対に許さん、いいな」
 みさきは、最後の言葉を陣ではなく沼田の顔を見て言った。
「了解、甲種装備2個小隊をもって本部南西エリアを封鎖します」
 沼田は不気味な笑みを浮かべながら敬礼をすると、命令を復唱して部屋を出て行った。
 みさきは小さく舌打ちをすると、陣に電子手帳のようなものを手渡した。
「ゲームの終了と同時にアラームが鳴る。その時は直ちに優勝者の確保しろ。万が一ここを襲撃した者だとしたら、国家反逆罪で連行する」
 みさきは陣に命令をしながら、もう一つ同じ機械を取り出し、自分の首にかけた。
 陣はみさきの命令を聞いて「了解」と、短く答えた。
 ボディアーマーを装着したみさきは「朝宮担当官、準備完了いたしました」という陸奥の報告を聞くと、胸のペンダントを握り
「よし、行くぞ!」と答え、部屋を後にした。

【残り 6人】

終盤戦 完


   次のページ   前のページ   名簿一覧   表紙