BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


≪第五部 フィニッシュ≫

79

[吹けよ風、呼べよ嵐(ピンクフロイド)]

 沢渡雪菜(女子9番)は、目の前で起こった出来事を未だ理解できずにいた。
 彼女の最愛の人物、結城真吾(男子22番)が「本部」に向けて攻撃をしかけ、それにより大爆発が起こったのだ。
 真吾の親友である伊達俊介(男子13番)が、結果的に運んだプロパンガスの爆発と併せて「本部」の建物を半壊させていた。
「真吾、こんな…」
 質問をしようとした雪菜の口を真吾が塞いだ。
 胸ポケットからメモ用紙を取り出すと
『首輪を爆破させないように&俺達だと判らせないため、先に二階部分を破壊した』と書いた。
 雪菜が不思議そうな顔をしているのを見て、真吾は
『コードが上に向かって伸びていたから、大事なものは上にあるはず…』
 と、書き足して見せた。
 雪菜は改めて真吾の洞察力に感心した。
「雪菜、時間が無い。あっちを向いて」
 真吾がポケットから何かを取り出しながら言った。
 雪菜が言われた通りに背を向けたとき、「本部」の中から防衛軍の兵士が何十人と姿を現した。
 彼らの全員が明らかに戦闘用の装備を身に着けていた。
 雪菜は武器に詳しくないが、映画やテレビで見たことのある格好とほとんど同じであった。
 一般の兵士に混じって黒コートの男、上島裕介(男子3番)や樋川正義(男子15番)を射殺した中年の男もいた。
 雪菜の肩越しにそれを見た真吾は「やった!」と言って指をパチンと鳴らしたが、すぐに「チッ」と舌打ちをした。
 雪菜がもう一度よく見ると、朝宮みさきと名乗る担当官が出て来る所だった。
 兵士の人数を確認した真吾は、雪菜の手を掴むと林の中へと移動をした。
 あまりに強く手を引かれたため、雪菜の口から思わず小さな悲鳴がこぼれた。
 それを聞いて、真吾はようやく手の力を緩めた。
「ゴメン、痛かったか?」そう言いながらメモに
『ちょっと計算が狂った。担当官はあそこに残ると思ったんだけど…本部が復旧するまでどんなに早くとも二時間はかかるはずだ。それまでに全員を無力化する必要がある。』
 と、説明を書き
「ヘヴィだぜ」と言った。
 何が起きたのかは判らなかったが、雪菜は真吾の目をしっかりと見て
「真吾、私の事なら気にしないで。もう守られているだけの私じゃあない、自分の身を守る事は出来るから…私はあなたの事を信じているわ」
 と、力強く言った。
 雪菜の言葉に頷いた真吾は、兵士たちの動きを再度確認すると
「よし、じゃあ一丁いくか」
 と言って北に向かって移動を開始した。



 遠藤章次(男子4番))はD−6とD−7の境界辺りにいた。
 爆発音により、それまで失っていた意識を取り戻した。
「くっ、いつの間にか…気を失っていたのか」
 そう言うとバッグから水を取り出し、ぐいっと飲んだ。
 最愛の笹本香織(女子8番)を失ったショックと、五代冬哉(男子10番)を殺してしまったという罪悪感で、章次の心は限界を迎えていた。
 木下国平(男子9番)と商店街でやりあったあと、またフラフラと歩きまわり、6時の放送を聞いた時点で気を失ったようだった。
 章次が周りを見渡すと、南西の方向で黒煙が上がっていた。
「何が起きたんだ?」
 章次は、黒煙の上がっている場所を確認するために移動をした。
 森が切れたところから見下ろすと、そこには半分倒壊した「本部」が見えた。
「なんてこった。でも、一体誰が…」
 章次がつぶやいている間にも、完全装備の防衛軍兵士が次々と「本部」から出てきていた。
 3列縦隊に並んだ一団が指揮者らしき人物の指示で南西の方向に向かった。
「あの野郎は…」
 黒コートの男、陣京一郎一尉を目にした章次は、悲鳴をあげる体にムチを打って後を追った。
 章次の目に、怒りの炎が灯っていた。



 強烈な爆発音に慣れてしまったのか、横山千佳子(女子21番)は特に変わりなく歩いていた。
 彼女の姉である横山純子(女子20番)に、なんとかして会いたかった。
 一度は奇跡的に再会出来たのだが、また別れてしまったのだ。
 藤田一輝(男子17番)を商店街で討ちもらした純子が、千佳子を逃がしてくれた。
「教会に行っていて。あとからきっと追いつくから」
 純子はそう言ったが、教会のエリアには千佳子も行くことが出来なかった。
 当の藤田一輝と他の誰かが、銃撃戦をしていたのだ。
 あれでは、教会に近づく事も出来なかった。
 その上、千佳子自身も中尾美鶴(女子14番)に襲われた。
 御影英明(男子20番)に助けられたものの、全く反対の方向へと逃げてしまったのだった。
 姉の言葉通り行動した事を、今では後悔していた。
「純ちゃん…どこにいるの?」
 思わずつぶやいたその時、右手の草むらで何かが動いた。
 身を震わせた千佳子は、草むらの方を見ず駆け出そうとした。
「待って、千佳子」
 懐かしい声が聞こえた。
「じ、純ちゃん…」
 千佳子は姉を抱きしめ、子供のように泣き出した。
「泣かないで。誰かに聞かれると厄介だわ」
 純子は優しく言うと千佳子の涙を拭いた。
 そしてその手を腰に回すと一丁の拳銃を取り出した。
 グロック17
 元々東田尚子(女子16番)が持っていたものを、竹内潤子(女子10番)が奪っていた物だった。
 困惑した表情を浮かべる千佳子に無理やりグロックを持たせると
「いい、残りはあと6人よ。何としても私たちで生き残るの」
 と、純子は力強く言った。
「でも、優勝は一人よ。それに…あとの4人の中には結城君がいるわ。…無理よ」
 震えながら言う千佳子の言葉をさえぎるように
「大丈夫。お父さんはね、公務員ということになっていたけど、実は専守防衛軍に在籍していて、そこから出向していたの。そして、こんな時のために私達にある物を残してくれたわ。それを使えば…結城君の事も問題ないの。それに私のシナリオでは、沢渡さんが彼を殺してくれる事になっているのよ」
 笑みを浮かべながら純子が言った。
「お父さんが…」
 純子の言葉に安堵を覚えた千佳子は、新たな決心を胸に銃を握り締めた。



 中尾美鶴(女子14番)は薮の中に身を潜めていた。
 先ほどの爆発に只ならぬものを感じたためだった。
 案の定、爆発の直後から専守防衛軍の兵士が「プログラム」の会場に姿を現したのだ。
「何が起きたっていうの」
 少し苛立ちを感じ始めていた美鶴は、足音を立てないようにゆっくりと移動を開始した。
 移動中も数人の兵士を目にしたが、息を潜めて何とかやり過ごした。
 そして奇妙な法則に気が付いた。
 兵士たちは、それぞれ一定の間隔で立っているのだ。
 完全な装備をしているにもかかわらず、何をする訳でもなく、ただ立って周りを警戒しているだけだった。
 ───何かの警備だ
 美鶴はあらゆる可能性を検討し、ある結論に行き着いた。
 今まで目にした中で、一番弱そうな兵士に襲いかかった。
 その兵士 宮本豊は不意を突かれたため、腕をとられた状態であっけなく自由を奪われ、地面に転がされた。
「詳しい状況が知りたいの。教えて、何が起こっているの?」
 美鶴は周りを警戒しながら宮本の耳元で訊いた。
 中学生に軽くあしらわれた屈辱と、軍人としてのプライドから、宮本は歯を食いしばって黙秘した。
 郷を煮やした美鶴は、右手のカタールで宮本の右耳を削ぎ落とした。
「あぐうううううう」
 地面を掘り返す勢いで暴れる宮本を疎ましく感じた美鶴は、彼を始末しようとした。
 それを待っていたかのように姿を現したのは、プログラム担当官の朝宮みさきだった。
「情けない奴だ、中学生に遅れをとるとは…」
 そう言うと右手を振った。
 みさきの手から放たれたヨーヨーは、「本部」で見せたそれよりも遥かに速いスピードで放たれると、宮本の切り取られた耳を隠すように彼の頭部に食い込んだ。
 宮本は3秒ほど痙攣をした後、永遠にその動きを止めた。
「なかなかいい感じだったが…ちょっとやりすぎだな」
 みさきは、何事も無かったように形の良い唇に笑みを浮かべると、美鶴の方を見て言った。
「特別措置として、この周辺の9つのエリアだけを戦闘区域に指定する」
 と言い残して立ち去ろうとするみさきに
「あの…」と、美鶴は声をかけた。
 ───なんてきれいな瞳なんだろう
 振り向いたみさきの目を見て、美鶴は思った。
「なんだね」
 返答する声も澄んでいて、二日前のあの教室で惨劇を演出した人物とは、とても思えなかった。
 そのためか、美鶴もごく自然と質問を口にしていた。
「横山さんのお父様は、何をなさっていたのでしょう?」
 質問をされたみさきは、少し困ったようにうつむき、答えを探しているようだった。
「政府の情報局に在籍していた。お前には判らないかもしれないが、シビリアンコントロールをするための部署だ。ときどき防衛大学に講義にみえていたよ」
 みさきは、言葉を選ぶようにして慎重に答えた。
 美鶴は何かを悟ったかのように頷くと、頬を赤らめながら
「わ、私は、この『プログラム』を勝ち抜いて、あなたのように大東亜共和国に尽くしたいと思っています」
 そう言って駆け出した。
「私のように…か……」
 吐き出すようにつぶやいたみさきの胸ポケットで電子音が鳴った。
 みさきの上官である蔵神指令とのホットラインだ。
「朝宮です。はい…そうです。現在特別措置を施行の上、調査中です。はっ? 指令が…しかし哨戒艇の兵は……了解です…」
 通信を終えたみさきは、命令を反芻しながら森の中へと歩いて行った。

【残り 6人】


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